Ep-689 雨
洞窟から出ると、外は大雨だった。
ユカリは仕方なく、結界を張って歩く。
「.......」
「......」
二人は黙りながら歩く。
ユカリは、裏切りが真実だったことによるショック、コルはまた何もできなかったことに沈黙していた。
コルは力なく拳を握り締める。
だが、その拳はとても、虚しいものだった。
「........ねぇ、コル」
「?」
「コルは裏切らないよね?」
ユカリは振り向かずに尋ねた。
その問いは、またもコルに重く伸し掛かる。
コルは気付いていた。
ホロリンが進化していたことに。
種族名は不明だが、確かに進化していた。
「(裏切れば進化できる、だけど.....)」
究極の選択。
それは、コルにとって最悪なものだった。
主人を裏切り進化しても。
仕えるべき主人にはもう顔向けできない。
「........大丈夫です。俺の仕えるべき人は、ユカリ様だけですから」
「そう」
雨が降っていた。
ユカリたちはフォールナウトへと戻っていく。
だが、その道はぬかるみ、まだ小さいコルは未知の小さな段差に躓き、頭から水溜まりに突っ込んだ。
「うわっぷ!?」
「コル!?」
ユカリは慌てて結界を消して、コルに駆け寄る。
起き上がったコルの顔は濡れていた。
それが涙か、雨かは、ユカリには分からなかった。
「とにかく、都市に戻るよ」
「は、はい」
ユカリは右手に光を浮かべ、すぐそばにあった岩にそれを放つ。
「ポータルアロー!」
岩にぶつかった光は、どこかへ繋がるポータルを生成する。
ユカリはコルを連れて、その中へ入った。
「ここは......」
「ユカリ様! よくぞおいでくださいました!」
ポータルの先は、ダンジョン10層にある宮殿。
「服が濡れちゃった。私のはいいけど、コルのは一張羅だから洗濯してあげて。乾くと臭くなるし....あと、ちょっと休憩していきたいかな」
ユカリはアビスにそう言う。
アビスは頷くと、魔法陣を描いてヘッドメイドバットを一体呼び寄せる。
「なっ、ぐ、グランドマスター!」
「あなたは浴場のメイドに支度をするようお伝えしなさい」
「はいっ!」
メイドは急いで飛んでいく。
ユカリはコルを連れて、大浴場へ向かう。
更衣室は暖かく保たれていて、ユカリは男女で別れている入り口前で立ち止まる。
「コル、一緒に入る?」
「.......いいんですか?」
「見て減るもんじゃないし」
ユカリはコルを誘って女湯に向かう。
コルは若干躊躇するが、その後に続いた。
「........」
「緊張する?」
「...いいえ」
ユカリはさっさと服を脱ぐ。
衣擦れの音を聞きながら、コルはゆっくりと服を脱いだ。
「どうしてコルは、私についてきてくれるの?」
シャワーを浴びながら、ユカリはコルに尋ねた。
それは、ユカリにとってはなんてことのない質問だ。
けれど、コルには......とても、浴室でする話ではなかった。
「..........」
「答えたくないならいいんだけど」
ユカリは湯で身体を洗い流すと、お湯で満たされた浴槽に向かって歩き出す。
コルは反射的に目を逸らす。
「水球よ、コルを包め!」
ユカリはそんなコルに、容赦なく水球をぶつけた。
コルは一瞬溺れそうになるが、直ぐに暴れるのをやめた。
ユカリは自分を処分するつもりなのだと、即座に判断したからだ。
しかし、直ぐに水球は弾ける。
「ほら、身体流せたでしょ?」
「ユカリ様....!」
「早く入ろう、風邪引いちゃうよ」
コルは仕方なく浴槽に入る。
そして同時に、ユカリもまた深く傷ついていると気付いた。
いつものユカリなら、このような強要は絶対にしない、と。
「俺は.......俺は、ユカリ様の事が、す――――」
「ごめんね。私に従わせて」
「.....あ」
コルはユカリの笑顔を見た。
気丈に振舞っていても、その失望は深く昏いものだ。
「従う理由がないんだよね、知ってる。私がグランドマスターだから.....」
「......」
コルは言えなかった。
強く言う勇気も、元気もなかった。
ただ重い沈黙の中、水の滴る音が響いていた。
「あーあ」
ユカリはつぶやく。
場所は十層の宮殿のままだ。
「どうされたのですか? まさか、あの男に虐められている等という事は.....」
「リュートは紳士だよ、そんな事しない。ただ.....ホロリンと会ったからさ」
「あの裏切り者め......」
ただでさえ殺気立っていたアビスが、支配者の顔を見せ始める。
「ユカリ様の寵愛を受けていながら、裏切るなんて! ユカリ様、私ならあの愚か者を引き裂いて.....」
「やめて」
ユカリは心底嫌そうな顔で呟き、同時に何かに気づいたように眼を見開く。
「寵愛?」
「え....? はい、そうですが.....」
「本当にそうだったかな....」
ユカリは記憶を思い出す。
いつの間にか孵って、いつの間にか大きくなって、そして裏切って。
「まあいいや」
ユカリはそれ以上耐えられなかった。
だから、思考を放棄した。
「そろそろ戻るよ」
「お送りします、フォールナウトの付近には我々のダンジョンがありますから、そこから飛んでいけば着くはずです」
「うん」
ダンジョンの転送機能で、ユカリとコルはダンジョンの入り口に飛ばされた。
外はまだ、雨が降っている。
「雨、まだ降ってるね」
「そ、そうですね」
コルは気まずそうに応える。
ユカリは「最初からこうすればよかった」と呟いて、神聖陣を描く。
「水神が命じる、雨よ引け!」
歌うような声が響き、直後雨が小降りになる。
そして、やがて雨が止む。
雲の切れ間から光が差して、ダンジョンの外の森を照らす。
「〈魔皇之翼〉、コル、行こう」
「.....はい」
コルはユカリの腕に掴まり、共に空へと飛び上がった。
答えは出ない。
しかし、ユカリもコルも、止まるわけにはいかない。
その歩みの先に何があったとしても。
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