Ep-685 月夜の下で
「イグアス.....?」
「その通りですよ」
月明かりに照らされて、久々に会ったイグアスは妖しく映った。
私が困惑していると、彼はこちらに向けて歩み寄ってきた。
「積もる話もあるでしょう、こちらへ」
「え、ええ」
流れるようにテラスに誘われた私は、彼からグラスを受け取った。
持った瞬間、何か嫌な気配を感じた。
『継承者、毒が入っています』
「(ありがとう)」
でも、どうして毒なんて?
私はとりあえず飲んでみる。
当然ながら、毒耐性に無効化されて毒自体は消え去った。
お酒じゃなくてしっかりジュースか。
「お元気でしたか?」
「ええ」
「ずっとお待ちしておりました」
彼は意味深な笑みを崩さずにそう言った。
「誰を?」
「貴女を、です」
話の意図が分からない....あ、もしかして。
「もしあの約束の事を言っているなら....」
「まあ、まあ。物事には順序が必要でしょう、王妃様?」
「.......」
イグアスお兄ちゃんは、私にとって尊敬できる人だった。
だけど、今は――――邪悪な気配を感じる。
「俺は貴女との約束を果たすべく、努力を重ねてきました」
「....」
イグアスは、私にその努力の内容を語る。
でも、”的外れ”だ。
体を鍛えた。勉強をした。慈善事業に力を入れた。
だから、何?
「今こそ、約束を果たしていただくときです」
「....悪いけれど、私はジルベール第一王子と....」
「それは建前でしょう?」
「は?」
ゴメン、もう一回言って?
「何か良からぬことを吹き込まれ、甘い言葉で騙されただけでしょう、俺よりも信用に足るはずがない」
.....................................
..........................................................。
まあ、いいか。
話を聞いておこう。
「それで?」
「俺の取っている宿に向かいましょう、そこで一夜を共にすれば――――」
私は、イグアスの頬を叩いた。
流石にライン超えたよ。
「.......イグアス、私はあなたを振るつもりで来ました」
「???」
何を言っているか分からないといった様子のイグアス。
「幼い頃の約束は、もう無効です。私は私の愛する人を見つけたのですから。....約束を反故にするようで心苦しいですが、王妃相手に不貞を働くように提案するとは....本気ですか?」
「フフ、最早貴女の意思など関係ないのですよ.....そろそろ効いてくる頃でしょう?」
やっぱり、イグアス主導だったのね。
「大丈夫ですよ、ただ――――俺の子供を宿せば、婚姻は解消されます。あの醜悪な王子にこれ以上騙されずに済むんですよ、それで全てハッピーエンドではありませんか?」
......いや、ごめん無理。
自分をよく見せるために、他の人を落とすタイプは特に嫌いだ。
「......悪いですが、毒は消させてもらいました。私は中に戻りますから」
「ッ....待て!」
イグアスは私の前に立ちはだかった。
押し退ける事も出来る。
だけど...あまり強硬手段を使うと、後が怖い。
どうしたものかなぁ....
「何をやっている?」
その時、冷え切った声が響いた。
私の背後から、リュートが姿を現した。
更に、上からジェラルディンが飛び降りてきた。
「な、いつから.....」
「先ほどだ、ユカリに危害を加えるつもりか?」
「...お前には関係のない話だ」
そんなに私が惜しいのか、イグアスは格上のはずのリュートに強引な態度を取る。
「おい、寒いぜ? とっとと中に入ろうじゃんか」
「...........」
イグアスは黙り込んでいる。
当然だ、最初は感情が上回ったのだろうけれど、伯爵相手に何か言えるはずもない。
それに、彼は今必死だろう。
「(初めて見るタイプじゃないしね)」
ただ、理想のお兄ちゃんではなかったというだけの話だ。
彼は今、必死でリュートと自分を比べ、勝てそうな場所を見つけて虚栄心を埋めるのに全力を尽くしているのだろう。
情けない。
「戻りましょう、ここにいる価値もない」
「ああ」
「そーだな」
私たちは中へと戻るのであった。
それを、イグアスは虚ろな、しかし不気味なほど活気に満ちた目で見ていた。
「あの野郎、絶対何かやってくるぜ」
「だろうね」
中に戻った私たちは、イグアスについて話し合う。
パーティーはもうすぐ終わるけど、私たちはしばらくフォールナウトに滞在する。
絶対に何か仕掛けてくるはずだ。
「まあ、ユカリが奴との子供を作らせられる可能性よりも、イグアスが死なないかどうかの方が心配だな」
「それは...そうかも」
さっきのビンタだって、出来る限り威力を抑えたつもりだ。
怒りのままにやっていたら、イグアスは多分死んでいたし、屋敷は半壊していただろう。
この先更なる怒りを抱くことがあったら、街を破壊しかねない。
「ジェラルド」
「分かったって、俺が護衛に付くよ」
「....コルがいるから」
「コルもヤバいだろ、相手が死ぬぞ」
それもそうか。
力加減が難しい私と、敵は必ず殺すだろうコル。
一般人相手には相性が悪い。
ジェラルディンくらいの強さならちょうどいいか。
「あ、料理の持ち帰りって出来るのかな?」
「どうしてだ?」
「コルとシロにちょっと」
シロは普段、普通に売ってるお肉を食べてるから、たまにはいい肉を食べさせてあげてもいいと思う。
私のインベントリなら、冷めずに、腐らせずに持ち帰れるから。
『継承者、それは.....』
「いいじゃん、タダでしょ、タダ」
むしろ迷惑料で貰っていくべきだ。
私は傍にいたメイドに尋ねる。
「お料理の持ち帰りは出来ますか?」
「あ.....はい、王妃様。ただし、お持ち帰りになったお料理で健康を害された場合、当家は責任を持たない決まりになっております」
「分かりました、ありがとう」
「はいっ! あ、お待ちください。ただいま、お持ち帰り用の箱をお持ちします!」
「えっ」
そこまでしなくてもいい、という前にメイドはいそいそと走り去っていく。
そして直ぐに、紙製のランチボックスのようなものを持ってきた。
「こちら、お持ち帰り用の箱です! 本来はスイーツ用ですが....」
「ありがとう、お気遣いに感謝します」
私はメイドに感謝した。
これで、この場にはいないコルやシロにも報いる事が出来る。
「みみっちい.....」
「財力あるだろ....」
後ろから目線を感じるけれど、別に構わないもんね!
それに、わざわざ買ったり作ったりすると、シロはともかくコルは負い目を感じてしまう。
パーティーで貰ってきてやったよ! くらいが丁度いいのだ。
「どんなメニューがいいかなぁ...」
私はそれについて考えるのであった。
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