Ep-684 パーティーの始まり
二週間後。
フォールナウト近郊にある、ヘンズレイ子爵家の大屋敷に、一つの馬車が止まった。
その馬車から降りたのは、一人の優男であった。
「イグアス様、どうぞお降りください」
「ああ」
イグアスは、久々の出会いに胸を躍らせていた。
ユカリを呼んだのは、自分に会いに来たからだと思っているのだ。
「(自分から会いに行くのは嫌なんだろうな、プライドが高い所も可愛いよ)」
イグアスはそう思いつつ、子爵家の中庭を通る。
この日に合わせて中庭には机が置かれ、貴婦人たちがそこで談笑している。
イグアスはそこを一瞥するが、ユカリの姿はない。
「(主役もまだ出てきていない以上、当然か)」
登場順は貴賓→主役→それより上である。
この場にユカリがいないのは当然の事であると、イグアスは頷く。
「あら、ビフォア子爵よ!」
「なんてお美しい.....」
貴婦人達からの熱い視線を鬱陶しく思いながらも、イグアスは中庭を通り抜けた。
開かれた扉を潜り、大広間へと入った。
「おお、ビフォア子爵!」
「お目に掛かれて光栄ですぞ!」
多くの騎士爵や男爵たちが、欲深い目をイグアスに向ける。
だが、イグアスはそれを冷たい目で見下す。
「(出世にしか興味のない木っ端共が)」
子爵と男爵では、天と地ほどの差がある。
それも、伯爵などから見れば団栗の背比べではあるが、イグアスが下をこうして見下せるのも、当然と言えば当然の話なのだ。
イグアスは会場の適当な場所を探して、そこに居座る。
「お飲み物はいかがですか?」
「貰おう」
イグアスは給仕から飲み物を受け取る。
右手に嵌められた指輪を飲み物にかざすと、指輪の台座に嵌まった宝石が赤からピンクに変色する。
「毒はないか」
毒殺を恐れて、10年ほど前にイグアスが購入した魔道具である。
恐ろしく高価ではあったが....
「(ユカリと結婚する前に死ぬわけにはいかないからな)」
イグアスはずっと、昔にユカリと交わした約束を覚えていた。
その関係が疎遠になっても、何か事情があったに違いないと考え、ユカリに相応しい男になるべく努力を重ねてきたのである。
「(きっとあの新しい王子に騙されたんだろう)」
イグアスはそう考える。
カーラマイアの貴族は基本的に王族への忠誠心が薄いが、イグアスはその最たる例であった。
「グリド・ヘンズレイ男爵様のご入場です!」
その時、会場が静かになる。
パーティーのホストの登場である。
それに、イグアスからすれば格下に過ぎないが...下級貴族の中では最も影響力のある人物である。
無視は出来ないため、イグアスは軽く手を挙げて挨拶する。
「続いて、アルバン伯爵様とチェスター子爵様のご入場でございます!」
「なっ!?」
イグアスは驚いた。
なぜこんなパーティーに、自分より遥かに格上の貴族が現れるのか。
おまけに、アルバン伯爵といえばアルボン領の主。
こんな場所に現れる存在ではない。
「.....いや、ユカリの腰巾着か?」
ユカリは今や伯爵令嬢であり、王妃でもある。
ならば、一人でパーティーに参加するなど有り得ない。
イグアスは納得し、頷く。
「それにしても......」
アルバン伯爵とチェスター子爵。
どちらも比類なき美形であり、それを際立たせるファッションを身に纏っている。
二人が広間の真ん中に進むにつれ、まるで大海が二つに割れるように人が離れていく。
そして――――
「本日最後のお客様である、ユカリ・アキヅキ・フォール伯爵令嬢のご入場です!」
その瞬間、時間が止まった。
この場にいる全員が、ユカリを取るに足らない小娘だと思っていた。
だが、その場に登場したのは......
「こんばんは、皆様」
黒髪の中に、紫の髪飾りとイヤリングが揺れ、その全身は黒と美しいグラデーションの紫で飾り付けられていた。
黒いレースの手袋と、艶消しの黒の長靴下と逆に艶めかしく輝くハイヒール。
そんな最高の美しさを身にまとったユカリが、手を胸に当てて目を伏せる。
その瞬間、その場にいる全ての貴族たちは、ユカリを上位の存在だと認識し、畏敬の念を抱いた。
「(やっぱスゲーよな、ユカリって)」
ジェラルディンは全員が見とれているうちに素早く料理を皿に盛り、会場の端まで移動する。
その時に、ふとそう思ったのであった。
どうしよう。
本当にどうしよう?
私は困惑していた。
お母さんに乗せられてここまでやって来たけれど、こんなに注目を浴びるなんて聞いてないよ!?
「王妃様、ようこそいらっしゃいました! お目に掛かれて光栄でございます!」
「ええ、ありがとう」
「是非とも、今度は我が家に訪れてはくださいませんか?」
「.........考えておきましょう」
どいつもこいつも、面の皮が厚い。
いや、彼らも必死なんだろうけど......でも、正直うざい。
助けて、リュート.....
「おっと、そこの面々。王妃様は私と今後についてお話がございますので、退いていただけますか?」
その時。
あんまり聞きたくない声が聞こえた。
でも、イグアスではない。
ジェラルディンだ。
「こっちだ」
「う、うん」
ジェラルディンに助けられるなんて屈辱だけど、ジェラルディンは至極自然に私を壁際までエスコートした。
そこには、影と同化したリュートがいた。
「どうして助けてくれなかったの!」
「俺は格が高すぎるからな、ビビらせるのも可哀想だろう」
リュートは赤ワインを飲み干すと、言った。
かなり強いはずなんだけど、頬が紅潮してるくらいで全然影響がないみたい。
怪物め.....
「まあまあ、ホラ食えよ。ローストビーフだぜ?」
「うん」
私はジェラルディンの口を付けてなさそうなローストビーフを食べる。
丁寧に爪楊枝のような細い何かで食べやすくされており、肉自体もしっかり美味しい。
酒場の奴みたいな、味付けで無理やり美味しくしてるような感じではない。
「ワインが飲めないのが残念かな」
「そんなに美味い物でもない、それよりユカリ....お前は酔うのか?」
「どうなんだろう.....」
ただでさえ毒耐性はあるし、海神の権能と水神の加護で毒は効かないし...
酔うのかなぁ....?
「酔わないなら、ジュースでも飲んでいた方がまだ楽しめる」
「かもねっ」
飲めるようになってから考えようっと。
私は再び、パーティーの群衆に目を向けた。
「イグアス、どこにいるんだろう?」
「さあな」
当時と背格好も違うし、向こうから話しかけに来てくれないと分からない。
私はパーティーの熱気に嫌気がさして、外へ向かう扉の方へ歩き出す。
「.....ちょっと、外に行ってくるね」
「気を付けてなー」
外に出ると、暖かい会場とは違い、冬の初めの冷たい風が吹き抜ける。
火照った肌が急速に冷えていくのを感じながら、私はバルコニーに向けて歩き出して。
「月が綺麗ですね、王妃様」
懐かしい声を聴いて振り返った。
そこには、私の幼馴染、イグアス・ビフォアが立っていた。
彼の言葉通り――――本当に月が綺麗な夜だった。
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