Ep-679 故郷
「やっと着いた......」
「ユカリ? 泣いてるのか?」
「う、うるさい!」
馬車は、街の中心部にある古い屋敷の前にたどり着いた。
顔パスで入れて、馬車を止めてみんなで外に出た。
絡み付いていた蔦や伸びきった雑草などは綺麗に刈り取られていて、伯爵の住む家としてはギリギリ及第点、といった様子だけど。
私にとっては、二年ぶりに帰ってきた実家だ。
懐かしくて、つい泣いてしまった。
出発したときは、広い世界に飛び出したいだけの感情だったけれど。
俺が私になった時、心の片隅に望郷の念が少しだけ生まれ出でた事は忘れていない。
「あら、お客さんかしら......って!?」
その時、裏庭の方向から足音が聞こえてきた。
現れた人物は、昔からいるメイドだった。
彼女は私たちを一瞥して、直ぐに私の方に目をやる。
「た、大変っ! お館様! 奥様ーーーっ!!」
そして、急いで館内へと消えていく。
暫くすると、正面玄関がゆっくりと開く。
そこから現れたのは――――
「...お母さん」
「あら.......お帰りなさい、ユカリ」
「お母さんっ!」
エカテリーナ・フォール。
お父さんの妻であり。
私の――――お母さんだ。
「あらあら....皆の目もあるのに、いいのかしら?」
「――――はっ!」
私は素早く後ろを睨む。
ジェラルディンがニヤニヤしながらこちらを見ている。
後でしばこう。
「心配してたのだけれど、全然元気ね....そちらの皆さまは?」
「アルバン伯爵と、チェスター子爵、あっちは商人のアルセインだよ」
「お初にお目にかかります、フォール夫人。俺はリュート・アルバン。訳あって、娘さんに同行させていただいております」
「ユカリ、浮気はだめよ!」
「浮気....?」
本当に浮気する気があるなら、とっくに押し倒されてそうだ。
続いて、ジェラルディンとアルセインが挨拶を済ませる。
「ここで立ち話も寒いでしょう、中へ入りなさい」
「はーい」
私たちは、屋敷の中へ入る。
玄関の装飾は、過去のものよりはるかに豪奢なものに置き換わっているが、その雰囲気は今でも変わらない。
入った途端に感じた暖かさに、私は気づいたことを口にする。
「魔導暖房?」
「あら、良く気付いたわね。半年くらい前に入れたのよ」
効率的に全館を暖める魔導暖房は、燃費もそこそこ良く、本体が高価な事を除けば一般的な魔導装置である。
「ユカリ、ここから先はあなたが案内しなさい?」
「うん...皆、着いてきて」
私はお母さんと別れ、階段を上がって二階にある応接間に三人を案内する。
その際にメイドに、
「コル...獣人の御者がまだ残ってるから、呼んできて貰える? お茶は要らないから」
「はい、かしこまりました」
応接間に入った私は、椅子を全員に勧めた。
そして、インベントリから取り出したティーセットで、全員をもてなす。
「なるほど、ここではユカリは王妃でも、ただのユカリでもない訳だな」
「そう...だね」
この屋敷の中では、少なくとも私は次期家主として振る舞える。
三人はお客様であり、その関係は一枚の壁で隔てられている。
「それで、フォール次期当主様は、俺たちに何をお望みかな?」
リュートが揶揄ってくる。
私はそれを無視して、アルセインが淹れてくれたお茶を一口飲む。
緑茶によく似た、アルボンの茶葉だ。
この国の貴族階級では、何も珍しい茶ではない。
「.........ごめん」
「あっ!? どこに...」
「待て、ジェラルディン!」
私は空転・追憶で廊下に出る。
そして、バルコニーへと続く扉を開けようとして、立ち止まった。
目の前が潤んで、うまく鍵を開けられなかったのだ。
けれど、それを後ろから伸びた手が綺麗に開けてくれた。
「これで良かったか? ...我が娘」
「...お父さん」
私は目を擦って、後ろにいる人物...お父さんと再会した。
「うちのお父さん...です」
「娘と共に旅をしてくれてありがとう」
「...いえ、こちらこそ。娘さんには助けられてばかりで...」
お父さんとリュートが会話している。
ただ、ちょっと胃が痛い。
また愛人疑惑を掛けられないだろうか...
「ところで、ユカリ。この人たちと浮気はしていないだろうな?」
「えっ!? 全然...そもそも、ジル以外と付き合う気はないし...」
リュートが残念そうな顔をしているが、元々そういう話だからね。
私はジル以外そういう目を向ける事はないし、友達の関係を崩したくない。
それが最終的に関係の終わりに繋がっても。
「それならいいのだが」
「お父さんこそ、浮気してない?」
「当然だ。愛する人を裏切る真似はしないぞ?」
お父さんは外国の貴族...つまりトーホウ地方の名家の生まれだが、そのせいで当時王国ではかなり酷い扱いを受けたという。
そんな中、フォール家と結婚して、冷たい夫婦生活を送るかと思いきや、お母さんがお父さんラブを貫いたおかげで、無事カップリング成立、となったわけだ。
そんな事情を知っていながらも聞くのは、最近のことを心配してである。
「...無論、俺を誘惑しようと仕掛けてくる貴族もいるがな、エカテリーナ以上に美しい人などそうそういるわけじゃない」
「惚気を聞きに来たんじゃないんだけど...」
私とジルは別にそんな深い関係じゃないから、惚気の一つもないし。
お父さんとお母さんのラブラブ具合は小さい頃からよく知っている。
「まあいい...アルバン伯爵、ようこそいらっしゃいました、我が領へ」
「ええ。この交流が実りあるものになる事を祈っています」
表面上はにこやかなんだけど、
「娘が宣言してるから歓迎してやるよ」
「父親面しやがって、絶対ものにしてやるからな」
という会話に見えなくもないのは、物語の読みすぎかな?
「ジェラルディンは適当に遊べればいいし、アルセインは多分事業の事とか聞きたいことがあると思うんだよね」
「確か、アルセイン殿は商人だと手紙に書いてあったな」
アルセインは立ち上がり、お父さんに向けて歩み寄る。
「この身は下賤でありますが、是非ともその恵みを御分け願えませんか?」
「俺も元々は賎なる身分だった。細かい事は気にするな」
結局、お父さんとアルセインは別室で話をするという事で、後には私とリュート、ジェラルディン、そして遅れてやってきたコルが残された。
「どうする?」
「...とりあえず、部屋に案内してくれないか?」
「分かった」
私はコルに命じる。
「屋敷のどこかに、お婆さんのメイドがいるはず。執事代わりみたいなものだから、聞けば空き室を教えてくれるはずだよ」
「はいっ!」
コルが去っていく。
私はもうすっかり冷めた茶を飲み干して、コルを待った。
面白いと感じたら、感想を書いていってください!
出来れば、ブクマや高評価などもお願いします。
レビューなどは、書きたいと思ったら書いてくださるととても嬉しいです。
どのような感想・レビューでもお待ちしております!
↓小説家になろう 勝手にランキング投票お願いします。




