Ep-669 神様見習い
「う...」
気がつくと、深い闇の中にいた。
淀んだ空気が、言いようのない不快感を齎す。
でも、嫌じゃない。
これは、私の中にあるものだと分かるからだ。
〈ジジ...武器領域を解放〉
その時、不快な雑音と共に声が聞こえた。
そちらに目をやると、小さな、とても小さな光がそこにあった。
〈?領域を拡張...〉
〈?の???が不足しています〉
〈神化を実行〉
〈失敗〉
何をしようとしているのかは分からない。
でも、そんな事はどうでも良かった。
「ずっと気になってた...聞きたい事がある! どうしてあなたは、私と同じ......」
〈神化を実行〉
〈特定条件を満たしました。神化を実行します〉
言い終わる前に、視界は暗転する。
聞きたいことはいっぱいあった。
あの光が、私に力を与えてくれる存在なのに、どうしてあの声は私と同じだったのか...
「......っ!」
暗かった視界に、光が飛び込んできた。
あまりの眩しさに、一瞬目を閉じる。
何度か開け閉めを繰り返して、光に目を慣らす。
「ここは...」
私は、ベッドに寝かされていた。
すぐ側には、ジェラルディンが椅子にもたれかかる形で倒れていた。
「...もう」
朝日か、夕日か...それは分からないけれど、窓からはオレンジ色の光が差していて、そこそこの広さの寝室を不気味に照らしていた。
私はどうやら、愛すべき仲間を守れたみたいだ。
「ステータスはっと...」
何やら聞き慣れない単語を夢の中で聴いた気がしたので、ステータスを見てみる。
「ええ!?」
何やらおかしな事になっていた。
まず、今まで並程度だった各種ステータスが、何倍もの数値になっていた。
それから、種族も変わっている。
今までは超人族だったのが、神人族に変化している。
「とうとうここまで来ちゃったか...」
神にまでなっちゃうと、もうどこに行けばいいか分からない。
とりあえず、超人族の時よりは筋密度とか成長曲線が上がってるといいんだけど。
「ダンタリアンになんて説明すればいいんだろう」
あの人はすごい神嫌いだからなあ...
そもそも魔族を追い詰める原因になったのは上位神だし。
「継承者、お目覚めですか?」
「う、うん」
その時、枕元に置かれていた水瓶が波立ち、水神がそこから姿を現した。
何気に呼び方が変わってる。
「契約者、呼びはもうやめたの?」
「あなたは水神を継承する者、これまでの契約とは格が違います」
それもそうか。
契約ではなく、継承になったんだから。
水神と契約者という関係から、水神と継承者に。
「継承者、あなたは海神となりました。心境に変化はございませんか?」
「うん、大丈夫」
ここは海が近いから、とんでもなく強大な力を振るえる気がする。
でもそれは、海神を殺してまで守ったものを無碍にする行為だ。
「まさか、死の間際にこんな重役を押し付けるなんて...」
「大丈夫です、継承者。海神の伝承はほぼ失われて久しいのです。今のあなたでは、当時の海神の力の1割も振るえないでしょう」
「こ、これで1割...?」
全盛期の海神、どれだけ強かったんだろう...
「理解しましたか? 世界に信仰が、狂信が一人でもある限り、上位神というのはまさに世界を統べる存在なのです」
「怖いね...この力に溺れたら、私を止められる人間はいないって事でしょ?」
「そうなります」
もうこの地上に上位神はいない。
私が力に溺れたとして、例えばありとあらゆる武器とイケメンを集めて毎日宴をしても、誰も文句は言えないんだ。
「でも、私はこの力を支配には使わない」
「正しいと思います、継承者」
この力は人を押さえつけるためではなく、自分の大事な人を守るため。
まあそもそも、私がイケメンを集めて宴なんかしたら、ジルがキレて飛んでくるし。
「水神、海神は海の生物を従えられるの?」
「え...? はい、可能ですが」
「それは良かった」
この力を得て、私が最初に望むのは...
「ちょうど戦力を増強したかったんだよ、海の魔物たちと意思疎通ができればいいんだけど」
「不可能ではないと思われますが...」
セイレーンもスキュラも、魔物として存在する分には意思疎通不可能な怪物でしかなかった。
でも海神として交渉できるなら、軍門に降ってもらう事もできるかもしれない。
サハギンなら短時間なら陸上で動ける上に、あの水中、地上問わず素早さは是非とも活かしたい。
「彼らにも、私たちの生存圏を侵した罪を償ってもらわないとね」
「契約者、あなたは時に...海神より恐ろしいと思いますよ」
「そうかな」
そりゃあ、クラーケンに協力してもらってイカ焼きやたこ焼きを食べたいとは思ってはいるけども。
別に邪念ではない。
「そういえば、海神って海の中でも泳げるんだよね」
「はい...というより、今のあなたであれば海そのものと同じですから...物理攻撃を無効化できるかもしれません」
「ええ...」
流石にそれは強くないか、と思ったけれど、そううまくもいかないようだ。
私は人型だから、全身を海水化しないといけない。
海神のあの巨体なら、部分変化はできたけど...
「海水化すると、武器も持てないよね」
「はい」
幻獣対策になるかと思ったんだけど、これも扱いが難しい。
「結局、いつもと変わらないかなぁ」
「慎ましく、慎重に参りましょう」
水神がそう言い切ったところで、私のお腹が鳴った。
そういえば、最後にご飯食べたのいつだっけ...?
「ご飯食べに行こう、ジェラルディンも起こして...起きなきゃ置いていけばいいし」
「け、継承者! まだ真名を決めて...」
ん? 真名?
「真名って? 私の名前じゃダメなの?」
「継承者の名前は広く知れ渡っていますから、知るものの少ない新しい海神の名を付ける必要があります」
「...ああ、そっか」
神は真名を知られるのを嫌がる。
真名を知れば、その神の存在は真名を知る者の考えにも影響されるようになるからだ。
「...お父さんに決めて貰えばいいよ、どうせ次の目的地は、フォーランドだから!」
私は支度を整えて、外に出る。
陸から吹き付ける風が、美味しそうな匂いを運んできた。
「.........夕方、だね」
私は秋の香りを含み始めた風を全身に浴びて、私は歩みを早めるのであった。
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