Ep-660 神頼の証
時は遡り、数時間前。
ユカリは水神の神殿を訪れていた。
「契約者、あなたは身を清める必要があります」
水神の言葉を聞きながら、ユカリは禊の間に立っていた。
「あなたに力を授けたいのですが、今のあなたはあまりに抵抗が強すぎます。それ故に、より強化された私の聖水により、あなたの神聖力の適性を引き上げたく存じます」
「分かった」
「では、一度水を抜きます」
ユカリの目の前で、浴槽に溜まっていた水が綺麗に消滅する。
もともと水神の権能で生み出されていた水であるので、消すのも簡単なのだ。
「契約者、行きます」
「はい!」
水神が力を宝珠に流し込むと、金色に光り輝く水が浴槽に溜まって行く。
蜂蜜の様なその聖水は、浴槽に溜まり切ると止まり、ユカリを迎える様に輝きを収めた。
「さぁ、中へ」
「...はい」
ユカリはその中へ足を踏み入れた。
直後、激痛が走る。
「いっ!?」
「...申し訳ございません、契約者」
「だ、大丈夫...」
まるで熱いお湯に足を入れたときの様な、致命的な痛みがユカリを襲う。
しかし、ユカリは恐れる事なくその水に全身を浸す。
「加護は発動しています、遠慮なく頭も中へ」
「う...ん」
ユカリは頭もその中へ浸す。
すると、痛みがじわじわとした物へと変わり、全身が少しずつ暖かくなるような気分になった。
「......」
「さぁ、目を閉じて。あなたの力を高める儀式を行います」
水に沈んだユカリは横になり、全身から空気が泡となって出て行くのを感じていた。
金色の水が輝きを増し、ユカリの体を一時的に改変していく。
太陽神に渡されたプラン通りに。
「目を開けてください、契約者」
ユカリは目を開ける。
気付けば、金色の水は全て消え去っていた。
外気が、ユカリの肌に当たり彼女は震える。
だが同時に、心の底から温かみを感じていた。
「......何を、したの?」
「それには我らが答えようではないか、契約者」
太陽神が、神聖陣より現れる。
そして、ユカリの前に白く輝く結晶を見せる。
「これは...神聖力の塊...?」
「我らが神の力を全て注ぎ込んだ。これで、四氣相剋を使うことができるはずだ」
「そっか...!」
ユカリは気づく。
神の力はそのまま神聖力として取り込めない。
取り込めても、一つの神とならいざ知らず、複数の神々の力を受け入れると体内で暴発する。
魂の器に余裕のあるシュナであればそうではないのだが...ユカリの魂の器は様々な理由で隙間がもうない。
それ故、体を一時的に複数の神の力に耐えられるように改変したのだろう。
そうユカリは想像する。
「さぁ、これを砕き、力を得よ。多くの民を救い、伝説となれ」
「伝説になる気はないけれど...みんなは守らなきゃね」
ユカリは太陽神が放った結晶を受け取り、握りつぶす。
直後、大量の神聖力が体に流れ込む。
「かはっ...!」
その負荷に声にならない悲鳴をあげつつも、すぐに魔力と邪力を体に満たし、闘気でそれらの循環制御を実現する。
闘気が魔力を、魔力が聖力を、聖力が邪力を、邪力が闘気を抑え、互いが互いを滅ぼさぬように増幅し始める。
それに合わせてユカリの姿が変化していく。
「...よし」
ユカリは力を翼に注ぐ。
黒い翼が展開され、それが白く染まっていく。
「行こう、もう来てる」
「ええ、契約者」
海の怒号を聴いたユカリは、神殿の外へ向けて駆け出す。
「お、王妃様...その姿は...?」
「すみません、後で!」
ユカリは神殿の外へ出て、翼を広げる。
空へと跳躍し、海の方へと向かう。
「波が来てるね...」
「契約者、如何いたしますか?」
「勿論、こうするよ!」
ユカリは右手を翳し、叫ぶ。
「神聖武器創造!」
光の線が棒を形造り、その先で槌の形を作る。
直後、巨大な槌がユカリの手に現れていた。
絶対顕聖鎚である。
「行くよ!」
ユカリは一気に急降下し、顕聖槌を地面に振り下ろした。
直後、地面を光の粒子が伝い、波の前に巨大な壁がそそり立った。
「よしっ!」
そして、大波は壁によって遮られ、2回目の衝突で壁が破砕された。
しかし、波の勢いは完全に失われた。
砕けた壁の合間を縫って、サハギンなどの海の魔物が現れた。街へ向けて前進してくる。
「ここからが本当の戦いか...」
ユカリは呟くと、沖の方へと飛んで行った。
ユカリが去った街の中で、声が響き始める。
「あの光は.....?」
「奇跡の光だ!」
「水神の御業だ!」
「水神が守ってくれたのだ!」
直後、街全体に狼の咆哮が響き、同時に結界が街を覆った。
街の中央を騎士団の馬車が通過し、海岸の方へ向け動き出す。
「騎士団が動いているぞ!」
「全員帯剣してる、何かあったんだ!」
噂好きで事件好きなセステラロッカーネの住民達は、クスティ水道橋へと集まり、騎士団の向かった先を見つめる。
「ありゃあ...魔物かっ!?」
「物凄い数だ...海から上がってきたんだろう」
魔物など見たこともない人々は、その姿を恐れ後ずさる。
武器も戦う術も持たない彼らは、遠巻きに騎士団を見つめることしかできなかった。
だが、その時。
「おい、あそこ...」
「おい兄ちゃんたち、危ねえぞ!」
海に向かう道を駆ける、リュートとジェラルディンの姿があった。
二人は制止の声も聞かず、海岸へと降りて行く。
「俺たちが止めてくる!」
「任せな!」
漁師らしき数人が、橋を降りて行く。
それを見て、人々は思う。
「なあ、このまま騎士団に任せていいのかな」
「だよな、俺たちの街を、騎士団様だけに守らせるのもな...」
別の場所では、クロスボウを構えた冒険者達が、騎士団の間を縫ってくる魔物に矢を射っていた。
「なあ、これ撃っていいのか?」
「知らねえよ、撃たなきゃこっちに来るぞ!」
そして、
冒険者の奮闘虚しく、一体のサハギンが弾幕を抜けて飛び込んでくる。
「うわああっ!」
サハギンは海岸線から高台まで一気に跳躍し、持った槍を振り抜こうとする。
だが、それは空中で弾かれる。
「なっ!?」
「大丈夫ですかな?」
冒険者の背後に立ったのは、ハルファスだった。
「魔法士か、ありがたい...!」
「ええ、では...参りましょう」
次第に数を増す魔物に向け、ハルファスは複数の魔法陣を多重構築し対応する。
「な、なんかスゲーぞ...」
「あ、ああ!」
そんな様子を見ていた人間達は、我慢の限界へと達した。
各々が拳を空へと突き上げ、叫ぶ。
「家に行って武器持ってこい!」
「俺たちがこの街を守るんだ!」
「そして女もな!」
「てめえ結婚してるだろうが!」
「お前らに言ってんだよ!」
叫びは、喝采は、開戦の雄叫びへと変わる。
武器を持つ者は戦場へ、持たぬ者は武器を手に取るため家へと戻って行く。
セステラロッカーネ全ての海岸線へ襲い来る魔物達、それに対処するために。
「オラァ!」
「あ、あなたは...危険です、お戻りください」
サハギン相手に劣勢の騎士だったが、横から銛で魔物を倒す漁師に驚き、直後に避難を勧める。
「ダメだ、このままじゃあんたは死んでた。だったら、俺と戦おうぜ」
「......いいのですか?」
「あんたらが死んじまったら、俺たちも悲しい! それにあんたらにだって、帰る家があるだろ! セスティアの男は、誰かに守ってもらおうなんざ思っちゃいねえ...けどな、自分が守るわけでもねえ。なにしろ、小心者だらけさ、女にいいカッコしたいだけのな」
「で、では...?」
引き気味の騎士の前で、漁師は駆け出す。
そして、銛を上がってきたアーマークラブに投げる。
「一緒に守るんだ! そら、あんたにしか倒せない奴が来たぜ!」
銛はアーマークラブの外殻に弾かれる。
しかし騎士がアーマークラブに駆け寄り、殻の隙間から頭まで一突きすれば、アーマークラブはのたうちまわった後に動かなくなる。
「...な?」
「ええ、そうですね...」
漁師と騎士は、手を取り合い敵に挑む。
そんな光景が、海岸線のあちこちで繰り広げられた。
これによって、細く展開され防御力を失っていた防衛線は、一旦保たれることとなったのだった。
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