Ep-658 人身御供
それから二日後。
私はキール達と共に、元幻想海域へと来ていた。
海は霧に包まれているという事はなく、地平線まで見渡せる。
「......なぁ、お嬢さんよ」
「なに?」
キールが唐突に、私に尋ねてきた。
「...結局、今回はなにをする気なんだ?」
「説明したいところなんですけど...」
説明するとこの場にいる全員が私を止めようとするだろう。
だから、これは最後まで話さないことにする。
「あと、なんで魔物が寄って来ないんだ? ここは既に魔物の領域だろう?」
「私が聖力で守護しているので、聖なるものを忌み嫌う魔物は近寄って来れないんです」
「なんだそりゃ、ずるいな...海賊どもの島にもそれを掛けてやればよかったんじゃないか?」
「そこまでする義理はないですから」
今日はコルとカイゴンさんがおらず、船には私とキールと、あと一人だけだ。
そのためにわざわざ神聖力で結界を作って船を守っている。
「わざわざ伯爵様の次男様を連れて、こんな海域まで...? あんたたちの考える事はよく分からんな」
「ええ」
分からなくてもいい。
私は密かにそう思った。
船は海を滑り、海神の宝玉が示す場所へと辿り着いた。
「キール、止めてください」
「あ、ああ」
帆を畳まれ、船はそこで停止した。
私は収納空間から白い石で出来た柩を取り出す。
「お嬢さん、それは?」
「私が入る柩ですね」
「? 待て待て、死ぬ気かよ?」
「そうなるかもしれません」
船内で待機しているユージーンに儀式を執り行って貰えば、あとは海底に向けて沈むだけだ。
「ま、待てよ」
その時、キールが私の手を掴む。
最近、よく手を掴まれるな...
「あんたは、もう少し命を大切にしたほうがいいと思うぜ」
「はい、分かっていますよ」
「だったら、何で!」
なんで...なんでだろう?
セスティアの人間のために命をかける義理はないようには見えるが...
「全ては運命ですから。」
「そうかよ...」
もはや何を言っても無駄だと思ったのだろう。
キールは船室内へと消え、入れ替わりにユージーンが現れた。
「王妃様、本当に実行されるのですか?」
「うん、勿論」
「わかりました...」
私は水面の近くに置いた柩に入り、蓋を半分閉めた。
中から完全に閉める事はできない。
ユージーンに蓋が持てるかな...と心配になったが、蓋が誰かによって閉められた。
「?」
「......魔物だらけの海域に乗り出したんだ、あんたには後で追加料金を頂くぜ。絶対戻ってこいよな」
「...ええ」
キールとの約束を果たすため、私は静かに目を閉じた。
儀式が始まる。
「これより、海神様への生贄を捧げる儀式を執り行う!」
柩が海に完全に沈んだのを確認したユージーンは、そう宣言した。
そこに、キールが掴み掛かった。
「おい、生贄ってどういうことだ!」
「黙ってください」
「黙っていられると...」
キールに、ユージーンは冷たい目で忠告する。
「あのカイゴンという男も、あなたの友達も、あなたの暮らす街も。全て滅茶苦茶にされるよりは、こうするしかないんです!」
「ふざけんなよ...それしかないわけないだろ!」
「私だって辛いんです、王妃様をこんな事のために死なせるような事があれば...ですが、他に代役などいません!」
「だったら滅ぶ! ジジイだって受け入れてくれるはずだぜ!」
二人は船縁でしばらく掴み合いの争いをするが、文官寄りのユージーンがキールに勝てるはずもなく、床に叩きつけられた。
「ぐ...」
「女一人生贄にするのを黙って見てるなら、俺たち...いや、セスティアの男なら喜んで死を選ぶぜ!」
「何千人も死ぬよりは、一人の命の方が大切だとでも言うのですか...?」
「そうだっ! 俺たちは別に死にたくない、なんて思っちゃいない! いいか、セスティアの魂はな、海に還るなら死を恐れない心だ!」
魂が海へと還るなら、どんな死も恐れるものではない。
その概念は、ユージーンが初めて聞くものだった。
当然だ、貴族がそんな非効率な考えを口にするはずがない。
平民だけに通じるものなのだろう。
「でしたら...私は...儀式の継続を続行します!」
「なっ...!?」
「私は貴族です、セスティアの魂は平民に通じるもの! 万を犠牲に一を救う決断は、あなた方には出来ても私にはできない! なぜなら私は...貴族だからです!」
「この野郎...貴族ってのは血も涙もねえんだな、やっぱり!」
「多くの人間の命の責任を持つ、船長の経験があるあなたなら分かるのでは?」
「海じゃ気を抜いたやつ、運が悪い奴は死ぬ! だけどな、それは船長のせいじゃねえ! 海がちょっとばかし寿命を間違えただけなんだよ!」
二人は激しく言い争う。
そして、ついに。
「がっ!?」
「あ...」
キールの拳が飛んだ。
ユージーンは吹っ飛ばされ、少し後退して船壁にぶつかった。
「お、俺は...そんなつもりじゃ...」
「いいんです...儀式は終わりました」
「なっ!?」
ユージーンは口内でこっそり祝詞を唱え続けていたのだ。
キールが騙されたと気づき、怒った時...柩が水面へと上がってきた。
「なっ!?」
「何!?」
二人は驚き、同時に急いで柩に駆け寄るのだった。
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