Ep-653 最後の神殿
船は無事に、嵐の海域を抜けた。
「親分、生きてるかい?」
「あぁ......姐御がいなかったら、こんな海域二度と行かねぇ」
船は帆に風を受けて進んでいるが、甲板に倒れていない者は誰一人としていない。
疲れ果てて、眠るなり動かないなりしているのだ。
私はふと気づいて、インベントリから拾った宝玉を出してみる。
「契約者。その宝玉から、海神の力を感じます」
「本当?」
「ええ、聖力を注いでください」
「うん」
私は宝玉に聖力を注いでみる。
すると宝玉は、遥か南方の一点を光の線で指し示した。
「.........これは?」
「この方向に行けば良いのだろう、ユカリよ」
「太陽神......」
私の肩に手を置いたのは太陽神だった。
太陽神は宝玉に手を触れた。
「.........なるほど、今まで隠されていたのだろう。第八の神殿ともいうべきものが、海域の中央部に現れているぞ」
「......!」
私は海賊たちに回復魔法をかけてやってから、南へと向かうように指示を出した。
船はゆっくりと動き出し、水の上を滑り出す。
「それで? ただそれを伝えにきたわけじゃないでしょ、太陽神」
「......その通りだ」
太陽神は頷く。
「あれの翻訳結果を持ってきた」
「! 聞かせて」
太陽神は紙を取り出し、それを私に見せた。
翻訳結果は、だいたいこんな感じだった。
「『遥か昔、大いなる海の災厄が訪れし時。一人の少女と水の神がその身を捧げ、現れたる海の神を宥めたり。海の神は怒りを収める事はなく、我らの使命たるは少女を贄とし、海神に捧げることである。全ての海に住まう者たちは、海神の元へ集結する、その時が来れば、この海は荒れ、終焉へと向かうだろう』」
海神。
ついにその描写が、私の目の前に現れた。
そしてさらに、儀式の大まかな内容も。
「...もしかして、私が生贄にならなかったから」
「怒っているのかもしれんな」
「......そんな勝手な!」
別に私はどうなってもいいけど。
なんでこんな時期に......
「最後の神殿に行こう」
「行って、どうするのだ?」
恐らくは、儀式のやり方は最後の神殿にある。
「私が生贄になればいいでしょ?」
「......契約者、死ぬおつもりですか? 断じて許容できません」
「うーん...ちょっと、違うかも」
私は海神に会う。
話ができればきっと、説得もできるはずだ。
「...我らがいれば、ユカリを殺させなどはしない。例え太陽神が今代で尽きようとも」
決意は固まった。
あとは、解決に向けて進むだけだ。
船は半日かけて、海域の中央部に辿り着いた。
「...何にもないけど」
澄んだ海の底には、平坦な地形が広がっているのみであった。
私が不思議そうにしていると、太陽神が言った。
「宝玉を掲げてみよ」
「う、うん」
宝玉を言われた通りに掲げてみる。
すると、宝玉の光が急に膨れ上がり、海底に向かって放たれた。
直後、砂の中から巨大な塔が出現する。
塔は海から飛び出し、天に向かって真っ直ぐに伸びた。
「!?」
「やはりな、行くがいい...ユカリよ!」
「うん!」
太陽神は海中では活動できない。
だから太陽神は、私にエールを送ることしかできない。
彼の応援を受け、私と水神は海に飛び込み、塔の入り口へと向かう。
「一体何層あるの...?」
入り口はさらに海底にある。
塔の上にも入り口はなく、窓すらないので登るしかないのだが...
「...契約者」
「なに?」
扉の前にたどり着いた時、水神が私を呼んだ。
私がそちらを向くと、水神は口を開いた。
「あなたは恐らく、神々の犯した大罪を知らないのでしょうね」
「大罪?」
「...いいえ。私の口から語るべきことではないでしょう。あなたはいずれそれを知る。その時、あなたが神という存在をどう思うか......私はあなたに託します、ユカリ。全てを」
名を呼ばれて、私は少し驚く。
「神という名は、夥しい罪と、怨嗟と、人々の骨の上にある存在のようなものです」
「...わかった。きっと折れないよ、どんなことがあっても」
私はそう言って扉を潜った。
塔はとにかく大きかった。
しかし恐ろしいのは、その一層一層にびっしりと文字が壁に描かれていること。
その全てを記録するのも一苦労だ。
「古代の人は、こんなに文字を彫って何を伝えたかったんだろうね」
「分かりません。ただ.......契約者、彼らは”滅ばなければならなかった”のではないかと、私は思います」
「.....どういうこと?」
「これまでの遺跡......違和感を感じはしませんでしたか?」
確かに。
滅んでから沈んだというよりは、沈んだ後に放棄されたような感じだった。
でもその都市の全てに、確かに人のいた痕跡があった。
けっして、沈められるために作られた都市ではなかった。
「.....そういえば、全部の翻訳文の末尾、翻訳不能な単語が一個あった気がする」
「前の文章と繋がらず、単語としては成立するものの文章に組み込めなかったものでしたか?」
「そう」
私は急いでインベントリから髪を出して、文章を繋げてみる。
紙がふやけないように、水神が私を気泡で包む。
「........海の、神よ、過去と、未来を、生きる、勇ましき者に、祝福を......」
文章が繋がった。
何でもない文章だったけれど、私の心は何か温かいもので満たされた。
「........」
「契約者、重く捉える必要はありません。恐らくこれは、必然だったのでしょう」
「必然?」
「あなたが私に協力を持ち掛け、私があなたの手を取った。その瞬間から、あなたは古代人たちの遺志を継ぐ、所謂――――「尻拭い」をする運命となったのです」
尻拭いか。
それも悪くないかな。
そもそも、海神の宝玉を手に取れたのも、私と水神が一緒にいたから。
全ての因果は繋がっていたのだ。
「さあ、行くよ! 最上階へ!」
「....はい」
水神は頷いた。
それから、微笑んで言った。
「契約者、この階の記録は行わなくても良いのですか?」
「あっ!」
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