side-S5 幻の飲食店
ずっと昔に没になった話をリサイクルしたので、
時系列的には52話周辺です。
こういう話も書いていけたらな、と思っています。
「幻のレストラン?」
俺は思わずそう聞き返した。
ゲーム時代はそう言ったイベントがあったかもしれないが覚えていない。
俺を驚かせたい一心でそう口にしたベルには失礼だが、
眉唾だと言わざるを得ないだろう。流石に...
「ベル、流石にそれは眉唾でしょ」
「でも、最近そういう話を聞くのよ...主に商店のお客さんが話しているのを聞くわ」
「いや、そういう話を信じるほうがどうかしてると私は思うんだけど」
「...古のものを調べる学者としては些細な話をも見逃せないものなの!」
「今日予定が———」
「調査にっ!行くわよ!」
否定してレベル上げに行こうとしたが、回避失敗で強制1日ルートになってしまった。
ゲーム時代ベルのイベントはやった事が多分無いはずだが、きっとこういうイベントばっかだったんだろうな...
◇◆◇
「まずはお店の情報を集めるわよ!」
「はいはい...」
まずは情報収集ということらしい。
ベルは街の中心の開けたところにつくなり、
「とりあえず...そうね、60刻砂後にこの場所に集合ね!それまでに情報を集めること!」
「りょうか~い」
ベルは商店のお客やあちこちで井戸端会議を開いているおばちゃんたちに聞きに行ったのだろう。俺は俺で信用のできるソースを当たろう。
俺は王都の街並みをしばらく歩き、路地裏に入った。
すると路地裏に入るや否や、屋根の上から人影が降りてくる。
「姐御、何か用ですかい?」
「実は、幻の飲食店について———」
「ああ〜、そういや最近よく聞きやすねえ。そういうのは酒場をあたった方がいいと思いやすぜ。今は昼間なんで暇だと思いますんで」
というわけで、ハンスの部下であろう男と共に酒場へと移動する。
扉を開けるや否や、怒号が聞こえてきた。
「コラ、イアン!こんな朝っぱらから酒を飲みに来るとはね!親父が泣くよ!」
「違うぜ!今日は姐御が必要としてる情報を貰いにきたんだ」
「タダで情報を貰えるとでも?」
「そこをなんとか!」
そこに俺が出ていくと、怒鳴っていた女将さん…後で知ったがアンナと言うらしい。が目を見開いた。
「あら!イアン…こんな可愛いお嬢ちゃんを誑かすなんて」
「ちげえよ!この人こそ我らが姐御ユカリ様だぞ!」
「...その目、マジみたいねぇ...分かったわ」
「情報を欲してるんだ、話だけでも聞いてくれねえか?」
「...さっきも言ったが、タダとは言わせないよ。あんたは酒でもなんでも1杯、お嬢さんはジュースでも頼んでおくれ。こっちも経営がかかってるんでね」
そういうわけで、俺とイアンはそれぞれ...俺はオレンジ(この世界でもオレンジらしいが蜜柑は無かった)ジュース、イアンはかなり酒精の強い酒を頼んで呑んでいた。
話を聞く前にがぶ飲みしていたのに酔う気配すら無いとは、相当酒に強いのかも?
オレンジジュースは通常のものと違い、ハーブのようなものが混ぜこまれていて、非常に美味しかった。たかが160オルクとはいえ払った価値はあったな。
「今日訊きたかったのは、幻の飲食店についてだ」
「ああ、あの事か。てっきり敵対組織のアジトの場所とか内部の裏切り者の情報とかを訊かれるかと思ったよ。王都を占めるハンス解放団にしちゃ随分とちゃちな話題を取り扱うねぇ」
「これは、私個人のお願いなので...」
「ふむ、じゃあ教えてやるよ。その話は嘘だ。アタシも店が開いてる時にバイトに任せて見に行ったことがある。だが、あそこは昔からただの廃墟だ。場所も教えてやるから確かめて来な」
女将さんは、そう言った。
やっぱ眉唾か...でも、ただの眉唾ならベルがあんな真剣に探さないよなあ...
とりあえず、教えてもらった場所へ行ってみることにした。
「あっ、ユカリも来たんだ」
イアンと別れ、指定された場所へ行ってみる。
だが、まあ道中がきついの何の。
まさか戦闘以外で空転術を使わされるとは思わなかった...
入り組んだ建物と建物の間を潜り抜け、いくつもの段差と階段と梯子を乗り越え辿り着いた先は、建物(年季が入っていて、人気が無いことから多分廃墟)に囲まれた場所にある廃墟だった。建物の一階に店が入っているような形だったのだが...
「法螺貝亭...休業中か」
「でもこの看板随分と...色褪せてるね」
やっぱりあの女将さんの言う通り廃墟であった。
窓から中を覗くと、何で潰れたのかと思うほど何処か懐かしく、そして美しい内装が見えた。料理が不味かったのだろうか?...しかし、仮に不味かったとしたらここまで内装を整える金はなかったはずだ。金持ちの道楽ならこんな場所に店は出さないだろうしな。
「....昔はどんなお店だったんだろうね」
ふと、ベルが呟いた。
それは俺も興味があった。
どんなお客さんが通っていたのか、店主はどんな人だったのか。
しかしそれはもう叶わない。
ここには何もない。帰ろう.......
「ベル、噂は嘘だったね」
「うん、帰ろう.....」
俺たちは肩を落としてその場を後にしようとした時...
周囲の時間が一瞬止まった。
後ろを見ると、店の前に老いた男...まあ爺さんが立っていた。
「夜に来とくれよ」
それだけ言うと、爺さんは店の中へと消えていった。
そうか、夜営業なのかもな...
店の中も覗いた限り妙に綺麗だったし、廃墟とか言って失礼だったなあ。
「どうしたの?ユカリ」
「...夜に来てみよう」
「分かったわ、深夜営業かもしれないものね」
俺たちはその日は普通に帰った。
夕食はあっさりとしたもので軽めに摂り、夜に備えた。
8時になるまでベルと一緒にトランプをして過ごした。
部屋に置いてあるベルの私物である魔力時計が8時を指したので、俺たちは
店へと向かう事にした。
「掴まって。テレポート!」
そうして店の前に転移した俺たちは驚きの光景を目にした。
なんと、店は明かりがついており、店の中にはたくさんの客がいたのだ。
周りの廃墟と思っていた建物にも明かりがついており、活気を感じさせた。
店に入ると、さっきのお爺さんが俺たちを出迎えてくれた。
「よく来てくれたのう」
「メニューをください」
「ほいよ」
席に着くと、お爺さんが直接メニューと水を持ってきてくれる。
「爺ちゃんはウェイターしててもいいの?」
「ああ。儂の可愛い娘が調理を担当してくれるからのう...お陰で楽をさせてもらっているわい」
そう言って爺さんは寂しそうに笑った。
しかし寂しさは一瞬で消え、次の瞬間には満面の笑みに代わっていた。
「で、何にするんじゃ?」
「えーと......じゃあ、私は貝のパスタを」
「私は....」
貝のパスタかあ...美味しそうだな。俺もそれにするか。
それと、メニューの端にあった貝のスープも一緒に注文する。
「うわ、そんなのあったんだ!私も貝のスープを!」
「そうか、わかった。飲み物は頼むか?」
「えーと、じゃあおまかせで!」
「はいよ」
注文を取ると、店主は奥に消えていった。
することも無いので、俺は周囲を見渡す。
「ねえユカリ、ちょっとこの店変じゃない?」
周囲のものを見渡していると、突如ベルがそう言った。
何故?という顔をするとベルは言った。
「なんかここにいる人たち、ファッションが一世代くらい前のなんだよね.....新しいのを買えないほど困窮してるならこんなそこそこ高いお店でご飯なんて食べないし...」
「確かに」
言われてみれば、周囲の人たちの恰好は、王都で道を歩く人たちとは大きく違う。
確かにちょっと変だな...
「おいおい!これでも俺たちのファッションは最先端なんだぜ?」
「最先端...?」
「お待たせしましたー!ご注文の料理が来ましたよー」
疑問が俺たちの中で大きくなり始めた時、後ろから声が聞こえた。
恐らく店主の娘であろう少女が、俺たちに料理を運んできてくれたのだ。
いい匂いが鼻をくすぐり、食欲を沸かせる。
置かれた皿には、美味しそうな貝のパスタが乗っていた。
量も申し分なく、サイドメニューのはずのスープもとても美味しそうだ。
ジュースはおまかせにしたお陰で昼間も飲んだオレンジジュースだが。
「じゃあ、食べようか...もぐもぐ」
「......美味い」
貝の種類は分からないが、泥抜きがなされていてジャリジャリせず、貝汁があふれて旨味が口に満たされる。それをパスタと一緒に食べると、もう止まらなかった。
濃い味ゆえに飽きも来るけれど、それはスープを飲めばいい。
オレンジジュースは昼間飲んだのと同じくハーブが混ぜ込まれていて、良いアクセントになってくれる。
しかも...
「一見さんにゃスープのおかわりは無料だ、好きなだけ食ってけ!」
「「おかわり!」」
「若者はいいな!儂もこれくらい食べたいよ」
「お爺ちゃんがこれくらい食べるようになったら私が困るわよ」
スープのお代わりも自由ということで、俺たちは心行くまで貝を堪能した。
しかし、時間もお金も有り余るほどあるとはいえ、腹は有限である。
満腹となった俺たちは、食後のコーヒーを飲んで帰ることにした。
「じゃあ、今日のところはこの辺で帰らせていただきます」
「お勘定を」
俺たちは入り口のカウンターにてお代を支払い、
店を出ようとした。
が、ふと後ろから大量の視線を感じた。
客が全員、俺たちを見ているのだ。
「また来いよ!」
「待ってるからな!」
「また来てね!」
「待ってるわよ!」
「まってるよー!」
店の客が、全員で俺たちを歓迎してくれたのだ。
また行こうかな...そう想い、俺とベルは店のドアを開き、外の暗闇に足を踏み出した。
◇◆◇
「はっ!?」
いつの間にか、寝てしまっていたようだ。
俺は机に突っ伏して寝ていた。
一体どこで寝ちゃったんだ....?
俺は顔を上げ.........言葉を失った。
「ここ...........法螺貝亭の中か」
隣ではベルが同じように寝ていて、その上に毛布が掛けてあった。
俺の上にも同じように毛布が掛けてあった。
もしかするとあの後、俺たちに何かあって倒れてしまったのを回収してもらったのかな?
爺さんたちは店に住み込みではないようだし、今日は俺たちを置いて店を後にしたのかもしれないな。
「んみゅう.....」
「ベル、起きて」
俺はベルを起こし、状況を説明した。
ベルは半信半疑の様子だが、他に説明がつかなかったので仕方がない。
外に出ようと移動し、さっき通ったカウンターの前を通ってドアを開けようとしたが...
「.....さっきはこんなに建て付け悪くなかったような」
「というかノブが錆びてるね」
もしかして....
やっぱりこれは.......
ベルが何とかドアを開け、俺が外に出ようとした時、はっきりと聞こえる声で店内から
声が聞こえた。
「また来とくれよ、儂は待ってるからな」
振り向いたが、月明かりに照らされた暗い店内が見えただけであった。
幽霊に幻覚を見せられたのかとも思ったが、
腹はしっかり膨れている。
やっぱり、本当に店はあったのか......?
後日俺は例の酒場に行って、女将さんに話を聞くことにした。
「女将さーん」
「おや、この間のお嬢さんかい。どうだい、噂は嘘だっただろ?」
俺は女将さんに爺さんに夜に来いと言われ行ったら店は開いていて、美味しい料理を堪能した後帰ったという話をしたが....
「馬鹿言うんじゃないよ!私も昔は法螺貝亭で働いてたんだ、舐めんじゃないよ?」
「法螺貝亭で....?失礼ながら、何をしてらっしゃったので?」
法螺貝亭には優秀な料理人と店主兼ウェイターがいた。
店自体もそんなに大きくは無いし、この女将さんが働ける場所は無いはずだ。
「私はあんたの言うジジイ...お父さんのお手伝いで店の料理を作ってたのさ。もっとも、ジイさんが病気でポックリ逝っちまって店は畳まざるを得なかったけどな。...ああ、そうそう。お嬢さんが昨日頼んだオレンジジュースも、ジイさんがこうした方が美味いってんでやってたのさ」
「でも確かに、そこで...」
「ああ、良いよそういうのは。仮にそんなことあったとしても、アタシの中ではあの店はもう終わったのさ。今も昔も変わらない、ウチの酒場に来るような奴らが美味い料理を食って騒ぐ場所。だけど.......」
そこで女将さんは笑って言った。
「もし本当に爺さんを見たのなら、ダチでも連れてもう一度行ってやりな。爺さんは騒がしいのが大好きだったからな」
結局真相は何一つわからず、
幻のレストランはどこまでも幻のレストランであった。
その日俺は、ジュースを注文し、その味を楽しんで帰った。
ユカリが居なくなった店内で、女将は呟いた。
「女好きのジイさんらしいよ、全く...幻の飲食店法螺貝亭...一番そこへ行きたいのは自分の娘だって、何で分からないのかねぇ...」
眼に涙を浮かべて呟いていた女将だったが、突如入り口に気配を感じて顔を上げた。
そこには、今は亡き父が立っていた。
「ッ....!」
「どうしたんですかい、カミさん...」
しかし、父だと錯覚していたのは実はイアンであった。
イアンは真昼間に仕事をサボり、1人で呑みに来たのだ。
「...........昼間っから」
「すいませんって!一杯だけ!一杯だけならいいでしょ!?」
不機嫌に言葉を紡ぐと、イアンは平身低頭謝り図々しくも席に座った。
女将は何故イアンが父に見えたのかを考えながら、彼のためにグラスを出すのであった。
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