Ep-649 新生海賊団
立ちはだかった水神に、ユカリは濁った眼のまま問う。
「どうして?」
その時、神聖陣から飛び出した太陽神がユカリにタックルを食らわせる。
黒龍刀がユカリの手から落ちて、船の床に転がり落ちる。
「っ.......」
「ユカリよ、お前は今まともな状態ではないぞっ!」
ユカリはタックルを食らって、船壁に激突する。
そのショックか、ユカリの目に光が戻って来る。
「ユカリよ、お前は今.....あの刀に潜む邪龍の干渉を受けていた」
「黒龍.....」
太陽神は強い口調でユカリに詰め寄る。
「お前は、仲間をも手にかけようとしたのだ!」
「!」
「そして、人を殺める事に何の忌避も抱いていませんでした。明らかに異常でした。ですので私はあなたを止めました」
「............」
ユカリは周囲を見渡す。
船の残骸や、誰のものとも分からない人のパーツが散らばっていた。
「......ッ」
自分がこれをやったのかと、ユカリは自分に問う。
「......眠らせておけばよかったのに、どうして」
「契約者、見た所あなたは精神操作に高い耐性を持っているが、高出力の洗脳を無防備な状態の時に受ければきっと思考を乱されてもおかしくありません」
「.........」
考えてみればおかしかった、とユカリは少し前を振り返る。
自分なら魔王魔術なり、大規模殲滅用魔術なりで船団ごと眠らせる事も出来たし、一騎打ちを申し込んで親玉を倒すことだって出来たはず。
最初からおかしかったのだと。
戦うべきではなかった、殲滅すべきなどと思うのは間違いだったのだと。
「――――敵は殺さねばならないと思うのは間違いじゃない。実際に敵意を向けられれば、生かしてやろうなどとは思わないはずだ」
ユカリの背後に現れた軍神が、ユカリを背後から抱きしめる。
ユカリはそれを振りほどかなかった。
「....だがなユカリ、お前は敵を殺すばかりではなく、その殺意を味方にも向けた。戦士の禁忌を犯したんだ」
「.........」
「案ずることはない、お前はまだ罪を犯してはいない。戦とは、自分が守りたいと願ったものを守るために、数千の罪なき命を血で濯ぐモノ。味方に手を掛けない限り、その全ては正当だ」
ユカリは軍神の優しい言葉にはあまり影響されなかった。
どうあろうと、殺す必要のない命を奪ったのだ。
「――――それとも、罵倒でもして欲しいか?」
「....ううん、大丈夫」
ユカリは軍神をそっと振りほどく。
軍神は一瞬残念そうにした後、呟いた。
「今この世界には死神がいない、死ねばあらゆる人間は行く場所もなく彷徨う。善も悪も大した差はない、裁く神は――――死んだ」
「どうして?」
「すまない、事情は話せない。だが、殺したのはルシファー、前世のお前だ」
「えっ?」
ユカリは驚いた。
そして、過去の自分がどうやってそれを成し遂げたかも理解した。
魔弓ミスティルティン、「神」を殺す事に全てを捧げた弓。
「死神は死の霧で魔都を覆いつくし、自らが「邪悪」と判定した魔族を、罪もない魔族を殲滅しようとしたんだ。それをルシファーが制止し、その手で神を殺した。......皆、罪を犯さなければいけなかったんだ」
「....でもそれは!」
「悩んでる暇はあるか? お前は救うんだろう、セスティアを、仲間たちを、この王国を!」
軍神の背後に、無数の人間達が現れる、
全員は半透明の姿だが、ユカリには軍神の率いる英霊だとすぐにわかった。
「彼らは皆罪人だ、殺したくもなかったが、殺す以外なかった。殺してしまったからこそ、躊躇わなかった。罪を罪で塗り重ね、後悔を血で洗った。それでもなお、魂にこびりついた罪悪感は拭えなかった。彼らは皆、満足しては逝けなかった。」
「私も、そうなるの?」
「いいや。俺が言いたいのは、貴様のそのちっぽけな罪なんて、俺の率いる英霊と比べれば大したことはないということだ。こいつらは皆、地獄で永遠に苦しむべき大罪者ばかりなのだからな」
軍神の背後で、英霊たちが不満そうに口を開き始めた。
実体化していないために声は聞こえないが、侮辱されたことに腹を立てているのだ。
「彼らの犯した罪はもう、拭えない。だがお前はどうだ? お前自身はまだお前を救うことができる。だから.....」
「......セスティアを救って、それで償えと?」
「お前が罪に悔いる意志を持っている間は、お前は善良だ。死者に対し慈悲を掛けなくなった時、お前はきっとその罪全てを抱え悪となる」
その時は、ユカリについてきた神は皆悪であるユカリの敵に回るだろう、そう軍神は警告した。
「....うん、わかった」
ユカリは頷いた。
今は落ち込んでいる暇はない。
ここで足を止めれば、もっと大勢の人間が死ぬ。
救えるのに救えなかった命が、もっと多く失われる。
それに.....
「私の罪が私を追い越したら、みんなが私の罪を命で償ってくれる。それが分かっただけでも十分だよ」
「ユカリ.....」
自分が罪人になったら、容赦なく殺せ。
それもまた異常な発言なのだが、軍神は諦念を抱いた。
「この場にいる海賊たちに聞いてほしい!」
ユカリは拡声魔法を使って、海域全体に声を響かせる。
「お前たちの首領は死んだ! 私が勝者だ! お前たちのルールは知らないが、敗者は勝者に従うべきだ。よって....ゴルスの元に集結せよ! 新しいリーダーはゴルスだ! 理解したか?」
逆らう者は誰もいなかった。
災害に「従え」と言われて首を横に振る者などいないように。
「.....強いってのも、大変なんだな」
「....そうですね」
船に帰ってきたユカリの表情を見て、キールが何かを察したのかそんな言葉を口にした。
それを耳にしたユカリは、微妙な表情でそう答えたのだった。
その後、ゴルス達のもとに残った海賊船八隻が合流し、死者はそこまでの数ではなかったために新生海賊団として生まれ変わったのだが、それはまた別の物語である。
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