Side-S1 王宮暗部の調査
だいぶ先ですが王都学院編が終わって王都王宮編に移る時の伏線です。
もしかすると所々宗次郎の没ネームである藤吉郎に名前を間違えてるかもしれません。
俺の名はクリフ。
王宮暗部の一人だ。
もっとも俺の名前などどうでもいい。
暗部は名を持たないからな。
俺は今、陛下からの密令を受けている。
「…報告書に記載された情報をもとに、かの人物を探せ」
「…承った」
一瞬俺は硬直した。
これでも俺は、暗部でも名の知れたエージェントだ。
そんな俺がよりにもよって騎士団の真似事を?と思ったものだが、
報告書を読むにつれそんな気は失せた。
「…飛竜と下等翼竜を単独撃破…?さらには複数の高位魔法を使い、並外れた肉体能力と空間機動を持つ…か。」
ははは、何の冗談だ。
ついに王直属の暗部も酒場でまことしやかに囁かれる噂を信じるほど愚かになったか。
そう思っていたが、複数の目撃証言があり実際に飛竜と下等翼竜の死骸が発見されたようだ。その情報を元にその冒険者を探せと言うことらしい。
いいじゃねえか、面白そうだ。
そう思い、俺は自宅から飛び出す。少しでも早く情報を集めるために。
◇◆◇
情報はすぐに集まり、驚くほど容易に謎の冒険者の正体は掴めた。
というのも、彼女がしたことが王都中でいくつも大きな噂となって囁かれていたからである。
「何故か9人メンバーなのにセブンスと呼ばれる名称のクランの…マスターでは無いのか…これだけ強くて何故マスターでは無いんだ?」
「うーむ、個人依頼でポーションを3時間で500個作成?眉唾だろこれ」
「学生なのに報酬の高い依頼よりCPの溜まりやすい依頼を受けているのか。将来を見据えていて立派だな」
「なっ…!?エルダートレントの素材を納入だと!?…一体どうやって」
「ふむふむ、複数の武器を所持してそれで戦うのか…」
沢山の噂の中には、信憑性が十分にあるものもあり、それらを聞いて酒場で情報収集をしたりした結果、学院の生徒であることがわかった。そして、王立図書館に毎年保管される学院名簿に照らし合わせた結果…載っていなかった。
と言うことは招待生徒である可能性が高い。
そして、招待生徒名簿を学院側に請求し調べた結果...その名はユカリ・アキヅキ・フォールであるということであった。
分かったのはそれだけだったが、これで調査を打ち切るようではただの密偵で終わってしまう。まずは、彼女の背後にある実家を調べなければ。
そう結論付けた俺はエルドルム地方行きの飛行船を予約し、それに乗る。
暗部をやっていて一番楽しいのは調査に逸脱していなければある程度は経費で落とせることだよな、やっぱり。
魔導飛行船内での飲食などは全て経費で落とせる。
俺は普段は絶対に食べられないであろうメニューを堪能し、エルドルム地方へと到着した。
ひたすらに田園が広がり、慎ましい暮らしを送る農民や王都のことを人伝いにしか知らない平民が暮らす地方だ。ここの領主はトーホウ地方からフォール家に婿入りした宗次郎という貴族で、トーホウ地方独特のシステムによって領民を飢えさせずかつ収入を得るという奇跡のような運営を行っているそうだ。...これも俺が今まで調べてきたような欲にまみれた馬鹿がいないからこそ出来るんだろうな。
しかし、任務を遂行しなければいけない俺にはのんびり観光する暇などない。
急ぎ謎の冒険者ことユカリ・フォールの地元での情報を集めなければ...
と調査を始めた俺だったが...
「何故、何も情報がない...?」
そう、ユカリ・フォールは不思議なほど何も情報がなかった。
一瞬、名簿を間違えて認識したのかと思ったほどだ。
わかっているのはただ一つ。1か月ほど前...つまり飛竜と下等翼竜の事件の少し前ほどに、家族を狙って襲撃してきた魔族を撃退した、それだけである。
つまるところ、ユカリ・フォールは15年前に誕生し、そこから何も大きな出来事を起こさず15歳になり、家族を襲った魔族をいきなり凄まじい力で撃退したということになる。
————ありえない。
何度そう思ったか。しかし、全ての証拠がそれを示している。
もしや、フォール家は娘であるユカリの痕跡を何一つ外に漏らしていない?
ともすれば、ユカリは父か母どちらかに疎まれている可能性がある!
それがわかった俺は思わず怒りの咆哮をあげた。
国が総力を上げて歓迎するような才能を持った人物をひた隠しにして目立たないようにしてしまうとは!個人の感情で国を左右することは絶対にあってはならぬことだろう...
「...今夜はゆっくりとくつろぐ予定だったが、そんな事をしている暇はないな」
怒りに燃える俺は、その場で帰る支度を整えこの数日間にわたる調査結果を報告書に纏めるためにメモをした。そして、すぐに出発した。
魔導飛行船乗り場は閑散としていたが王都行きの飛行船はしっかりと止まっていた。
「すまないな、王都行きの飛行船に乗りたい」
「はい、わかりました...身分証はお持ちで?」
「ああ...これだ———ん?」
魔導飛行船に乗船するための手続きを済ませていたところ、大きな重低音を響かせながら魔導飛行船が入港してきた。ここではいつものことなのだろうが、あまり飛行船には乗らない(殆どが極秘調査なので徒歩か乗合馬車での移動だ)ので珍しく、注目してしまった。
「こんな時期にも飛行船は発着するのだな」
「ええ。王都の学院の生徒が里帰りなどでよく使うんですよ」
飛行船が完全に停止し、タラップが降りる。客は殆ど居ないようで、数人が降りただけだった。しかし俺はその内の1人に目を奪われた。遠目に見ただけで印象に残る顔、ユカリ・フォールその人物だったのだ。
「すまない、キャンセルしてくれ」
「え…?はい、分かりました」
俺は飛行船に乗らず、ユカリ嬢を追うことにした。
上手くいけば何故家族がユカリの能力を隠蔽したのかも分かるはず。
飛行船乗り場から出て、田舎道を歩くユカリを追跡すること数十分、領主の館の前に辿り着いた。俺は門番がユカリに集中している間にスキルを使った。
「聴覚強化!」
そして門の陰で耳をそばだてる。
すると、すぐにユカリ嬢と宗次郎の声が聴こえてきた。
「あ、父さん」
「どうだ?元気にやってるか?」
「聞いて。僕、学院で…」
その後数分間学院の話が続き、俺もうんざりしてきた頃、話が終わった。
どうせ宗次郎の方も聞いていないんだろうな…
「おお、素晴らしいぞ!昔は普通の子だと思っていたが、最近まで実力を隠していたんだな…全く末恐ろしい」
その言葉を聞いて俺は耳を疑った。
まさか、ユカリ嬢の力は隠されていたのではなく開花していなかった、もしくは自力で隠していた?最近開花したのなら飛竜や下等翼竜を倒せるはずがないので、今まで家族にすら隠していたというのか…
その時、俺は謎の冒険者ユカリの真の恐ろしさを感じ取った。
コイツはヤバい!…と直感が告げていた。家族にすら真の力を明かさず、恐らく片手間に飛竜と下等翼竜を倒し、その力を持ってして決して自分からは名を広めようとしない…
(一体何だってんだ…こいつは)
俺は今まで遭遇した事のないタイプの実力者を見て、恐れを感じた。
こんな奴を放置していたらいつ国家がひっくり返されるか分かったもんじゃ無い。
その日のうちに訝しむ飛行船乗り場の職員に予約を入れ、当日便で王都へと帰還した。そして飛行船内でまとめ上げた報告書と嘆願書を提出した。
「出来る限り早くユカリ・A・フォールを王宮に取り込むべし」
と…
俺はそう嘆願書に書き込んだ。
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