Ep-136 本選8 グラッド対ヒショー(前編)
前編を付けるのを忘れてました。
「よろしくお願いします。」
「よろしく頼む」
どう見ても騎士と分かる男と、
どう見ても執事としか思えない女が、互いに洗練された所作で挨拶をする。
一見両者のその動きは、既に始まっている試合の挨拶なのだろうと観衆は予測した。
だが、それは違う。
互いが次の動きに移るための、事前動作として挨拶をしたに過ぎないのだ。
シャキン、ガッ
直後に、音が鳴る。
前の音は騎士........グラッドが剣を抜き、剣が擦れる鋭い音。
そして、後になった音は果物ナイフが騎士の鎧に弾かれる音だ。
そのナイフを投げたのは......当然、ヒショ―である。
ヒショ―は闇の剣.......まあ、[闇剣]そのまんまを使い、黒い剣を生み出す。
その剣を持ち、グラッドに肉薄した。
グラッドは......兜で顔は見えないが、余裕と言った風に剣を受け止め、カウンターに出る。
素早く籠手でヒショ―の腕を殴りつけ、剣を落とさせる————まではいかなくとも、力を弱まらせた。そして、そのまま剣を振り上げる。
力が抜けていた剣は、そのまま手をすっぽ抜けて上へとかっ飛んだ。
その隙を確実に突き、グラッドが剣をヒショーへと突き出した。
誰もが、確実に入ったと思った一撃だったが、
何か軽い物と重い剣がぶつかるような音がして、グラッドが剣を引く。
「.......どこから出したッ!?」
ヒショ―はどこからか銀色に輝くトレイを出し、それで剣を防いでいた。
…..いやいやいや、まずどこに仕舞ってたかより....
あんなもので剣突が防げるかなぁ...?
俺が疑問に思っていると、ムスビから伝言。
《ヒショーからの連絡です。『執事の務めですので』》
「執事ってなんだっけ?」
執事とは、貴族家に属する
ある程度の雑務をこなしたり、メイドなどを総括する代理メイド長のような役割を持つ役職だったような気がする。
少なくとも、果物ナイフを並行に飛ばしたり、本職の剣士の剣突をトレイで弾いたりする役職ではないような。
戦いは近接での鍔迫り合いへと変化する。
だが、ヒショーが持つ武器が何か変だ。
(ガラスの欠片?)
そう、まるで誰かが落としたグラスの欠片を、つまんで来たかのようなガラスの欠片だ。
それを見つけたのか、グラッドが怒りの空気を漂わせる。
「バカにしているのか?」
「いえいえ、執事は剣を持つべきではありませんから。それを先程実感しました」
「神聖なる決闘を、そんなクリスタルの破片などで穢すとは.....!許せん!」
「これも立派な武器、剣にも勝る凶器ですよ」
「その余裕も、そこまでだぁ!」
グラッド...さん、騎士みたいな人柄かと思ってたら意外と....雄々しいんだな。
先程より素早く鋭くヒショーに攻撃を加える。
だが、ヒショーは普通のガラス片で、大型の魔物すら屠れるであろう一撃を受ける。
受け流したとしても、ガラス片では砕けてしまう。
一体どうやっているんだろうか...
《解析の結果、あれはグラス片に間違いはありませんが魔石です。》
魔石のグラス!?
魔石は確かに、食料や飲料に影響を及ぼし旨味を増させたり、味に深みを持たせたりと多彩な用途があるが、ダンジョン産だろうか........?
《自分で割ったものも覚えてないの?ガリア家から貰ったグラスを叩き割ったのはユカリじゃん》
「一々覚えてないよ、そんなこと......」
確か、王様なんて捨てて俺と結婚しねーか?っつってグラスが贈られてきたことがあったっけな。
でもあれを割ったのは俺じゃ無くてアレックスだろ。
「ガリア家の変態長男にユカリは渡さねえ!」って言ってクレルと頑張ってお断りの文を考えてたのを思い出した。
あ、そうか。
アレを片付けたのが、ヒショーなんだ。
でもなんで、まだ持ってるんだ............
「せぇぇぇぇぃ!」
「単調ですが、人体に打つには素晴らしい一撃ですね。流石は騎士様です」
「貴様......どこまで人を愚弄する.......!」
ヒショーは秘書兼執事のクール系女の子で、
前世だったら求婚してたかも。
でも、ヒショーはそういう事もあるようだが全部断ってるらしいから、
俺も断られて終わりかな......
なんて俺がバカなことを考えている間にも、戦局は移り変わ—————らない。
グラッドが冷静さを取り戻し、いったん距離を取ったからだ。
でも、剣士の戦いなんてワンパターンだしいずれ決着はつくだろうな。
「おっと」
突如、ヒショーが身を捩る。
そこを、何か見えないものが通過していった。
陽炎のようにそこだけが歪んでいたのでわかった。
でも、良く避けられたな。
「ほう、避けるか」
「剣の柄を態々こちらに向けて、それに刃の速度も遅い。当たると思っておられるのですか、騎士様?」
「........確かに、そうだなッ!」
グラッドは素早く剣を地面から引っこ抜くと、ヒショーに向かってぶん投げた。
そして、ヒショーに向かって跳んだ。
何が狙いかと思ったが、グラッドは多分二本目の剣を隠し持っている。
剣が邪魔になってヒショーにはそれがわからない。
そして、グラッドは一本目の剣を難なく捨て——————
「貰ったあ!」
ない!
飛ばした剣に追いついて、柄を握ってヒショーへと振り下ろす。
ヒショ―は当然それをガラスの破片で受け止める、が.....
「頭はこちらの方が上のようだな?」
一本目の剣を今度こそ素早く捨て去り、
グラッドは懐から、二本目の剣を取り出す。
長さ的にも、懐に入るはずのない剣だ。
そしてそれを、閃光のような速度でヒショ―に振るう。
ヒショーは意表を突かれ、慌ててトレイでガードするが、
防御しきれず、魔石片とトレイの両方を取り落としてしまう。
「っ!?」
そして、それを拾おうとした隙にグラッドはヒショ―にタックルする。
ヒショーの軽い身体が吹っ飛び、地面へと落下して仰向けに倒れる。
そして、グラッドは跳躍する。剣を振りかぶって.......
(立て、ヒショー!立つんだ!)
心の中でどこかの眼帯のオヤジのように絶叫してしまうが、
ムスビがそれを打ち破るように言う。
《問題ありません》
そして、グラッドが着地し、剣を振るう。
脚と剣が同時に接地し、闘技場に微弱な振動が走る。
だが............
「あ..........バ.....カ..........な!?」
グラッドが、確かに振り下ろした剣が血しぶきを発生させないことに気が付き、視線を下ろして固まった。
そう、剣先はヒショーに受け止められていた。
それも、人差し指と薬指で摘まむように。
「ぐ、ぐおおお.....................」
「いかがいたしましたか?騎士様」
倒れたまま、ヒショーがにやりと笑った。
なめられ誇りを傷つけられ、そして自分の力量を嘲笑われた。
これでキレない騎士はいないよな。
グラッドは滅茶苦茶に剣を振り回し、それに連動して結界に一直線状に罅が入る。
だが、ヒショーは笑ったまま振るわれた剣を器用に避ける。
観客も既に洗練されてきており、逃げるくらいなら最初から見に来るなという姿勢で、誰一人逃げる素振りは見せない。
「あの執事服のやつ、すげえな......」
「ああ。俺も予選から観戦してるんだが、あの闇の剣を滅多に使わねえ。あんなもの使わなくても充分に強えんだ」
「なるほど........」
などと話し合っている。
まあ実際、ヒショーは俺よりも強い。
単純な強さだけならSランクよりはるかな高みにいるし、
忠誠心は多分内心俺じゃ無くてナイトに捧げているが、裏切ることは無いだろう。
執事としての実務にも問題ない。
理想の部下だね、上司が楽できる。
でも俺にカリスマはないのでナイトに頑張ってもらおう。
「そこです」
突如、ヒショーが、バク転しながら飛び上がる。
そして、グラッドの兜を.........蹴り上げた。
ガランガラン...........
「きさ.....ま!?」
「冬とはいえ、暑いかと思ったので、脱がさせていただきました。何か?」
グラッドの素顔が露になる。
やだ、超イケオジ.........じゃなくて。
その頭には竜の角のようなものが生えていた。
おまけに、顔もやけに色白でその眼はまるで悪魔の瞳のように不気味なものだった。
「魔族だと!?」
「魔族だ!」
「魔族!?」
観客席から声が上がる。
だがそれは、魔族であることを非難する声ではない、
むしろ........
「魔王様のおつきだったりするのかね?」
「ああ、あのボコボコにされた魔王だっけ?」
「そうそう」
だが、観客の声が聞こえないのか、言葉が通じないのかは分からないが
グラッドは顔を憤怒で染め、ヒショーを睨む。
「許さん.......私を愚弄しおって......!」
「いえいえ、皆さんは貴方を褒め讃えているのですよ?誇りに思ったらどうですか、騎士様?」
「黙れええええぇぇ!魔神様から頂いた、この角を莫迦にするな!お前をさっさと殺し、この場にいる全員を殺してくれる!」
「出来るものなら......やってみてください、騎士様?」
ヒショーが放つ魔力が変化する。
グラッドが背中から蝙蝠のような翼を出す。
それに対応するように、ヒショーの着ている執事服が、蝙蝠の翼に戻り、広がる。
「お、オイ........」
「執事服の方も魔族だったのか!?」
「いや....けど、角も無いし....」
魔物が理性を持たない、というのは一般的なようだな。
竜は動物よりとして認識されてるようだし。
まあ、それはともかく.........
《後半戦、開始だね》
(そーだな)
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