side-8 大晦日と新年
正月話は投稿しません。
正月話は正直まず本編でトーホウに行かないと成り立たないので......
王城にて。
ラーンハルトと宗次郎がチェス盤を挟んでいた。
ラーンハルトは既にかつてトーホウで宗次郎と共に戦った時のようなワイルドさは消え去り、
寝巻のままである。対して宗次郎は、かつてのような動きやすさだけを求めた不潔で露出の多い恰好ではなく、整えた髪に上質なコートを着込んでいる。
「チェックメイトだ、陛下」
「おお、始めた当初はいつも僕が勝っていたのに......最近は負けてばっかりだ。そろそろポケットマネーが全部持っていかれそうだよ」
「噓をつけ、今のはナイトを後方に出してルークを邪魔できただろう」
「あ、そういう手もあったね。でもここはビショップを動かしてルークを取ろうとしたんだけど、ポーンが邪魔でね.......早めに引退してよかったよ。身体の方はともかく頭はどんどん鈍ってきている」
「普通は逆だぞ、陛下」
「さっきから陛下陛下と........昔みたいにランと呼んでよ」
「断る」
にべもなく断り、宗次郎はテーブルの上に置かれた紅茶を飲み干した。
それを見てラーンハルトが顔をしかめる。
「砂糖も入れずによく全部飲めるね」
「陛下はトーホウの茶も嫌いだったな?好き嫌いは健康に良くないぞ」
「うるさいなあ、老後は好きなものを食べ好きなものを飲むんだよ」
そう言いながら、ラーンハルトは砂糖入れから角砂糖を4個取り出し、紅茶に入れる。
そして飲んだ。
「過糖病になるぞ?」
「なっても引退の身さ。息子たちも、ほぼ間違いなくジルベールで次の王位は確定だしね。」
「そうか......」
「ところで、君んところの娘さん。君に似て騒動の種だねえ」
「すまない、数か月くらい前までは大人しかったんだが....」
「猫を被るのに疲れたんじゃないかな?うちの第六王女も...........っと。そういえば、いつも持ってる刀はどうしたんだい?」
たしかに、普段から宗次郎は、貴族のよく持つ儀礼剣の代わりに、愛刀を腰に差していた。
しかし今日は、全く別の色の柄の刀を差している。
宗次郎はフッと笑い、言った。
「俺もそろそろ引退する時が来たようだと思い、娘に譲った」
「そうか..........どうする、続きやる?」
「受けて立とう」
二人はラーンハルトが読んできた給仕が持ってきた軽食と、紅茶を肴に再びチェスを始めるのであった.......
王都、エストニア邸........
の屋上。
「アレックス、あの空の向こうってどうなってるんだろうな」
「ついにバカになったのか?お前はそういう事言うタチじゃないだろ?」
「だよな~」
アレックスとクレルは、ココアを飲みながら星を眺める。
ここまでならいつも通りなのだが......
「アレク、前々から言ってるがお前は家督を受け継ぐ身、田舎貴族の三男などと付き合うでない........と言いたいところだが、ここは父親として言おう。実にイイね!イイフレンドだ!」
「親父.........」
「ヴォルフさん........」
屋根の上に足を延ばして座る、元々の家主、ヴォルフ・エストニアだ。
壮年の男がココアをちびちび飲んでいる姿は、中々に見ものである。
そして、梯子を上ってシュナとユイナが屋上へと現れた。
「うーーーーーーん、よいしょ!」
「何故こんな場所でココアを飲まれるのですか?中でも良いでしょうに........」
「アレックスの家では一年の最後の日を過ごすとき、代々こうしてるんだってさ」
「その通りだ!懐かしいな、俺も................」
一生懸命ヴォルフが会話に割り込もうとするが、沈黙に飲み込まれる。
そして沈黙は数分間続いた。
「なんか....いいね」
数分の沈黙の後、シュナが発言した。
「そうだな..........俺が親父と和解してなかったら、今年もまた、暗い将来に絶望しながら過ごしてたな.......」
「私は特にそういうの無いけど.....まあ、クレルかな。なんだか目に見えて明るくなったから」
「俺は......まあ、そうだな.......」
「クレルさんはユカリさんがかつての恋人に似てるから元気になったんですわよね?」
「ちょっ...........」
「俺もクレルも、シュナも........ユイナは知らないが、皆助けられてるな。ユカリに.....」
「アレク......いい加減ユカリ嬢に婚約を申し込め!」
「俺にはユイナがいるって前々から言ってるだろ!」
「アレックスさん.........困りますわ、私の前で........」
「おーおーお熱いこって。ユカリは俺が頂く」
「クレル?.......私じゃダメなの?」
「...........すいませんでした」
夜は更けていく..............
そして、学院、女子寮にて........
「ユカリちゃん、どんどん食べて!」
「ずずずずずずず」
「へえ、タツミが買ってきたからどんな珍味かと思ったけど......意外と美味いじゃない」
ユカリ、タツミ、ベルで年越しの蕎麦をすすっていた。
トーホウの文化で、蕎麦を作って食べるのだ。
この中で蕎麦を知らないのはベルだけだが、ベルにも好評だ。
王都ではスープスパゲティなども食べられるので、麺類は理解が深いのだ。
「私が来たのは数か月前だけど...........まあまあ色々あったね」
「でも........悪くはなかったわよ。可愛い後輩ができたし」
「定期的に騒動に巻き込んでくれる、楽しいルームメイトが来たから、私は全面的に良いわね...........それにしても、ダンタリアンとリンドはどこに行ったのかしら」
「二人で旧魔王城に行って、お酒飲んでるらしいよ」
「へえ..............」
しばらく、全員無言で麺を啜る。
そして.......
「ありゃ.....無くなっちゃった」
「まだまだあるよ~」
「ずずずずずず.......」
ユカリは、おかわりを要求するベルを眺めながら麺を啜り、
昔のことを回想した。
それは、自分がオークストーリーオンラインを始めた1年後の大晦日であった。
その時は、確か..................
アケミ先輩と年越しそば(その場で300%経験値を獲得する)を一緒に食べた記憶がある。
俺はその頃はまだ、レベル273だったので、俺も特別な立ち位置にいたわけではなかった。
懐かしいな................
ふと俺が我に返ると、麺は全て皿から消滅していた。
何だこれは!?新手の攻撃か?
とりあえず、お代わりを貰おうか。
そう思い、俺は言った。
「おかわり!」
「ええ、どんどん食べてね!」
俺のおかわり宣言に、タツミはにっこり微笑んだ。
◇◆◇
そして、数時間後...............夜が明けた。
昇る朝日を眺めながら、魔王城の.....かつての王座の間で語り合う二人がいた。
『朝日か..............生きていた頃はなんとも思わなかったが、いざ死んでみると.....不思議と美しく感じるものだ』
「そうだな........我....いや、俺も朝日など気にも留めていなかった。こうしてお前と酒を酌み交わしてもみなければ、意識することもなかっただろう。」
そう言ってリンドは、瓶ごと酒をラッパ飲みする。
それを見てダンタリアンが見るからに呆れた顔をする。
『よくもまあそんなにガバガバと飲めるものだ』
「竜はこれくらいで酔ったりせぬものだ」
『そんなに飲むと明日に響くぞ』
「だから酔わぬと言っておろうが」
二人は争いながら、新年の陽の放つ光を眺めていた..............
いつも、こんな小説を読んでくださりありがとうございます!
来年はちょっと忙しいので投稿ペースが落ちるかもしれませんが、来年もよろしくお願いいたします!
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