SEP-06(B) アレックスの栄転(後編)
後編なので短めです。
予約投稿の時間を間違えて大幅に遅れてしまいました!
すいません!
「私はお前の体質を知っていた」
父は剣を振りかぶりながらそう呟く。
だが、俺は信じられない。
家族や家臣、使用人にまで蔑まれた俺の助けを無視したのはお前だろう!
「信じられるか!」
「信じる必要はない。私はお前に期待していなかった。何故ならお前は”勇者”だからだ」
「何だって?」
勇者?
何を言ってるんだ?
「お前が生まれた時、王家の秘宝が反応した。あの時生まれた赤ん坊は平民を含めてもお前だけだった。お前は確かに勇者だ」
「戯言を!」
俺は剣を振り上げ、跳ぶ。
そのまま剣を振り下ろす。
しかし父は自身の身長の3倍はあろうかという大剣をしっかりと操り、剣を弾いた。
「我が家では勇者をどうしてやることもできない。だから私はずっと悩んだ。妻子にもきちんと長男として扱えと言った。お前と話をしてみようと思ったこともあった。だが、お前の憎しみに満ちた顔を見てそんな気持ちも引っ込んだ。学院から招待状が来た時、これはチャンスだと私は思った」
「俺を追い出すいいチャンスだとでも思ったのか!?持て余した息子を押し付ける!」
「違う!勇者であるお前はいずれ戦乱に巻き込まれる運命となる。以前に生まれた勇者で、大きな戦いに巻き込まれずに死んだ奴は一人たりとも居ない!だから私は、学院で経験を積ませ、仲間を集め、いずれ来る戦乱に備えてくれるだろうとお前を送り出した!」
「じゃあなぜエストニアを名乗るなと言ったんだ!それに俺が勇者だからって、次男に家督を譲る必要がどこにある!」
「お前がエストニアを名乗れば、必ず無才の二つ名がついてくる。貴族に縛られず、平民として経験を積み、仲間を集めるのが望ましかったのだ。それに、いずれお前は大きな戦いに巻き込まれる運命にある。エストニアを次代に継ぐために、お前に家督を渡すわけには行かなかった...だが、良いだろう。お前はこうして勇者の力に目覚め、家に戻ってきた!さあ、この一撃にて勝負を付けようではないか!」
そこまで叫ぶと、父は何かを放つような態勢に入った。
これは...避けられない!
俺の直感がそう叫んだ。
ならせめて、相殺を...
「甘いお前は憎むべき私に、多少言葉を交わした程度で情けを掛けているな!...調子に乗るな!この攻撃を相殺すれば、次の一撃にてお前を葬ってやる!さあ、どうする!」
「はぁぁああああ!」
そうだ、情けなんてかける必要はない。
こいつは俺への苛めを止めようと思えば止められたのに、その勇気も無かったバカだ。
「こおおおおおおぉぉぉ!ギガントスラッシュ!」
「流星斬!」
父が思い切り剣を振った直後、遅れて俺が流星斬を放つ。
二つの斬撃は衝突することなく互いに届き...
俺にも斬撃が届く。
...が、痛みも苦しみも感じない。
見れば、父の放ったギガントスラッシュは軌道を大きく外れ、俺のすぐ横の壁を粉々に破壊して止まっていた。
「じゃ、じゃあ父上は...」
まさか俺に自分を殺させる気だったのか!?
......え?
俺の放ったメテオスラッシュもまた、父に当たらずその背後の壁を抉って止まっていた。
「はは.....は.....」
結局俺は、ケジメをつけに来たのに、何一つ為せなかった...
帰ろうか。
そう思った時、倒れた父が僅かに動いた。
「ッ!」
「ふはは...そう構えるな。家督は....お前に譲ろう」
「油断させるための罠か?」
「どうしてそんなに猜疑的になってしまったかは分からんが...私は本気だ。兄弟にも勇者のことは黙っていたが...話す。お前を苛めた主犯の妻も...追い出す。もうエストニアの外聞など知ったことか...私は、私の意志で生きる...」
「本気か?父上、俺に家督を譲ってしまえばあなたの言う通りに俺が戦死したときエストニア家は終わる。派閥は崩壊し王国は大混乱になるだろう」
「...........大丈夫だ、王宮でお前は黒髪の少女と共にいたと聞いている。彼女と共になら。お前は決して戦死などしないだろう?大丈夫だ、婚約にケチは付けない」
「え?」
ユカリのことを言ってるのだろうか。
確かに俺はユカリと一緒にいたが...ユカリにはクレルが居るだろう。
だが...クレルとユカリに一緒になられると何か悔しいな....まさか、これは...
「ぶっ...はははは!若いな、アレックス・エストニア。お前はあの少女に恋をしているのだろう?聞けばあの少女には二人の貴族が付いていたと聞く。一人はお前、もう一人は....」
そこで父は言葉を切ってニヤリと笑う。
「相手を蹴落とすのは我がエストニアの本懐、頑張ってものにせよ」
「はい、父上...」
思わず答えてしまったが、俺にはユイナが...
いや、ユイナとはただの友達だ...
けれど、ユカリと俺が結ばれたらユイナはきっと悲しむ...
一体、どうすりゃいいんだ?
◇◆◇
三日後、俺はエストニア家を継いだ。
正確にはブラウトに譲られる予定だった家督が俺のものに戻っただけだが、
それでも実質的な長男の座を取り戻した。
ブラウトは俺と再び会った時、姿勢を正して言った。
「兄貴...立派になったな。すまん、あんなことを言って。偶然手に入れた将来のエストニア家長の座が惜しくなって...すまない。」
「いや、お前にも立場があった。父はいずれ俺が大きな戦いに巻き込まれると言った。その時は頼んだ。」
俺が死んだら、ブラウトはきっと再び家長に舞い戻れるだろう。
すっかり改心したらしい本人がそれを望むかは分からないが。
シェリーは再び会ったが、俺の母に当たるジェリィと同じく無言で部屋を出ていった。
父ヴォルフは、妻を実家に追いやる手続きを進めていた。
この件でエストニアの評判は地に墜ちるだろうが、俺が頑張って何とかしよう。
俺はやっと、過去にケジメをつけられたのだから。
あの黒髪の少女、ユカリ。ユカリ・フォールのおかげで。
アレックスはユイナと”友達”でユカリのことを”好き”
ユイナはアレックスのことを”好き”
クレルはシュナと”恋仲”でユカリのことを”内心好き”
シュナはクレルのことを”好き”
うーん、ドロドロだ...
元とは言えば勝手にやってきて関係を滅茶苦茶にしていく美少女ユカリが悪いんですけどね...




