EX-5 王宮作法に苦労はつきもの
ネタバレは特にありません。
出来たら感想を頂けると幸いです。
「ユカリよ、そうではない」
「わ、わわ.......はい、こうですか?」
王宮の食堂で、ユカリとジルベール王子が食事をしている。
ナイフとフォークをユカリは上手く使って食事をしているのだが、時折ジルベールが作法の違う箇所を注意している。
「そうだ、それで良い」
「分かりました」
ユカリは、見慣れない料理に苦戦しつつも、その美味しさに目を見開いていたり、予想だにしない味に面食らったりする。
ジルベールはそれに見惚れるあまり、自分の食事はあまり進んでいなかった。
「ジルベール王子」
「王子はいらぬ、どうした?」
「これは一体、何という料理なのですか?」
「これは.......ああ、フィンソルと言ってな、海で採れる珍しく美味な魚を蒸して、そこに厳選した野菜と甘酸っぱいソースをかけたものだと聞いている」
「ありがとうございます、殿下」
「殿下はいらぬと言っているのが聞こえんのか?」
「は、はい」
ユカリは物珍しそうにフィンソルに挑戦する。
それに悪戯心を掻き立てられたジルベールは、真新しいフォークとナイフでフィンソルを素早く切ってやる。
「あ、ありがとうございまふぎゅ!?」
「どうだ? 美味だろう」
ジルベールは綺麗な動作で突きを放ち、ユカリの口に魚を差し入れた。
俗に言う、「あーん」である。
「ふぇ、殿下、ごくん........このような行為は、未婚の男性がするものではないと思いますが!」
「そんな事はどうでもいいだろう、いずれそうなるのだから」
ジルベールはユカリの反応を見て癒されるような気分になる。
傍から見れば下劣な貴族と同じ下品な行為だが、ユカリが満更でもなさそうなので咎めるものは居ない。
「......まだそうだと決まったわけでは」
「そう.....だな」
ジルベールは一瞬考えた。
脳裏に浮かぶ、自分ではなく自分の地位を愛している王妃候補を思い浮かべた。
彼女らがユカリを排除するために動かないなどありえない。
それに、ユカリ自身がジルベールを愛しているとは限らない。
好意と愛は、同じようで全く違うからだ。
「で、ジルベール様、この料理は何と言うのでしょうか?」
「? ああ......これはサルファと言って、王国から大きく離れた砂漠で、香辛料をいくつか混ぜたソースを改良したもので........そうそう、パンに付けて食べると美味しいと聞いた」
ジルベールはこれをあまり好まないが、今回はユカリの好みを知るために、あらゆる料理が並んでいるので存在している。
「カレーみたいなものか......」
「何だ?」
「いえ、何でも無いです」
ユカリが呟き、恐る恐るサルファを食べ始める。
「ユカリよ、それはダメだ」
「ダメですか?」
「手はこう....伸ばしてはダメだ、この場合器を寄せてやるのは私の役目だな、すまない」
「いえ、殿下が謝る必要はありません!」
「何故畏まる? ユカリよ、私が王子であることを畏れているのなら、王子であるこの私がお前に命じる————畏まるな」
「は、はい」
ユカリはピンと背を張る。
ジルベールはそれを見て、苦笑する。
「畏まるなと言えば畏まる.......畏まれと言えば緩んでくれるのか?」
ジルベールは困ったように言ったのだった。
「食器をお片付けいたしますね」
すっかり料理が消えた皿を、給仕が片付けていく。
そして、テーブルの上から茶を除く全ての食器が片付けられた。
「これで終わりでしょうか?」
「いや、まだだ」
ジルベールは微笑む。
長らく他人に向けたことのない、微笑みを。
「デザートをお持ちしました」
食後に令嬢や貴婦人たちが好んで食べるという菓子が、ユカリの前に並ぶ。
それらを前に、ユカリは平静を保とうとするが、目の動きだけは誤魔化せない。
「好きなものを取って食べると良い」
「ジルベール様は?」
「私は甘味は好まないのでな」
そう言ってジルベールは、茶を一杯呑む。
貴族が好んで飲むのはフルール地方の紅茶だが、ジルベールはアルボン地方の緑茶を飲んでいる。
食事とよく合うのだ。
幼い頃は、トルマリン王子ともハオンの厳山風靡茶とアルボンの緑茶どちらがいいかと争ったこともあった。
「.......! 美味しい、です」
「それは良かった」
ユカリは茶色のケーキを切り分け、一口食べてから顔を綻ばせる。
「(功績、実力、容姿......全てを併せ持つ彼女が、ガトーショコラなどという普遍的な菓子で笑顔を見せるとはな.........やはり、彼女ともっと一緒に居たいものだ)」
ジルベールはユカリの様子を観察しながら、そう思った。
ふと、ジルベールの脳内に黒うさぎが浮かんだ。
黒うさぎは、もぐもぐとケーキを食べて美味しそうに眼を閉じる。
「あの.......ジルベール様?」
「はっ!? な、何だ?」
黒うさぎがユカリに戻った。
ジルベールは動揺しつつもユカリの声に応える。
「このお菓子は.......何と言うのでしょうか?」
「..........ああ、雲菓子だな」
「綿菓子とは違うのでしょうか?」
「ああ、それは魔道具で作られた菓子。素材が高く、あまり出回らないが........美味だぞ?」
ユカリは早速、白い雲のようなケーキを口に運ぶ。
だが、それらは口に当たることはない。
口の中で、雲のように消え去り、甘さだけが残るからだ。
「————————ッ!?」
「(予想通りの反応だな、用意してよかった)」
ジルベールは安堵する。
この女性であれば、慣れたように完食しかねなかったからだ。
その驚愕を見て、ジルベールは心から幸せを感じた。
ユカリが帰った後、ジルベールは執務を再開する。
これでも一国の王子、ユカリに割く時間のために公務を溜めているのだ。
「殿下、ご報告が」
「オスカー、入れ」
先日任務の為に外へ行かせたが、失敗してのこのこ戻ってきた騎士である。
ジルベールは何か理由があったのだろうと思い、聞かなかった。
「セーラ・J・ドミニクが殿下への陳情を数回にわたって出していますが、如何なされますか?」
「無視してよい」
「しかし、元は王妃候補序列1位、無視なされると..........」
「お前も分かるだろう、私はセーラ嬢は苦手だ」
セーラも美しいが、何より態度が高慢で、自分が美しいと理解している者特有の計算高さを感じるのである。
ハッキリ言えば、スペックは高いが生涯を共にするにはキツイ女性である。
「対して、ユカリは実にいい」
「愚かな私めに、彼女のいい点を教えて欲しいものですね」
「ふふふ........ユカリはな、何をするにも自然なのだ」
「自然........と言いますと?」
「驚く、笑う、戸惑う—————それらの反応が、とても自然で、喋っているとこちらまで笑顔になれる」
「そ、そんな理由ですか.........?」
「まあ、そうだな。後は、彼女が貴族であり、功績も実力も容姿も優れていることもある」
「一部ではあなたを洗脳した魔女などと囁かれていますが......?」
オスカーが疑うように言った。
ジルベールはその問いに、
「洗脳....か、確かにそうかもしれんな、暗部の提出した肖像画を見た時、私はその美貌に洗脳されたのかもしれんな」
「なら、神殿に行って正気に戻してもらわなければいけませんね」
「全くだ....まあ、戻せるものならばな」
ジルベールとオスカーは、顔に笑みを浮かべた。
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