Ep-761 封神の間
「ん...」
ユカリが目を開けると、既に戦闘が始まっていた。
炎と炎がぶつかり合っている。
「...ここはっ!?」
すぐに意識を取り戻したユカリは、前に立つコルを見た。
自己判断で進化したようで、底上げされた鬼火を使って戦っている。
その相手は、全身が炎で出来ている龍だった。
「コル! 〈水流防護〉!」
咄嗟に聖技でコルを守ろうとするユカリだったが、それが発動しない事に気づく。
続けて、神聖技も試したが発動しない。
それならと魔皇剣を出そうとしても、出ない。
ならその身体でと動こうとすると、地面から生えた鎖がユカリをその場に留めた。
「なにこれ...!」
『神なる者に罰を与えます』
その時。
パレシアの声がその場に響く。
『我々のように、大切な者が目の前で無様に死ぬその様を見届けなさい。そして慟哭するのです、かつてあなた方が我々にしたように』
「...っ!」
何という憎悪。
パレシアの信仰の裏には、神族に対する憎悪が眠っていた。
その成果がこれだというのだ。
『足掻きなさい、喚きなさい。その傲慢が齎した罪なのです』
「くっ...神聖術じゃない、邪術の類かな...」
ユカリは膝を折る。
抵抗できない、この術式を発動するのにかけた年数が違いすぎる。
この砂漠に満ちる魔力を練り上げ、数百年かけて作られた結界を、自分の力だけで破ることはできない。
「だけど...!」
「うぉおおおお!!」
眼前で戦うコルは、無意味に鬼火を撒き散らす。
その上で、駆けてガントレットで炎の龍を殴る。
けれど、実体のない龍を壊すことはできず、反対に焼かれていた。
「グゥグゥガ様...」
コルは炎の龍の中で、練り上げた鬼火を放つ。
だが、炎を焼くことはできない。
「流転紅炎!」
コルの体が炎を纏い、炎の龍の中で舞い踊る。
だがしかし、炎で炎を倒すことはできないのである。
「コル!!」
「ユカリ様...」
「ごめん、私は今、なにもできなくて...」
「分かっています」
パレシアの声は、コルの元にも届いていた。
『あなたは今から生贄となるのです』
『傲慢なる神に捧げる生贄』
『喜ばしいことでしょう?』
『あなたは人のために死ぬことができるのです』
『美しいでしょう?』
『神の尊厳を貶めるために犠牲となれるのです』
と。
コルはそれをおぞましいと思ったが、パレシアが聞く耳を持つとは思えなかった。
だからこそ、こうして戦っていた。
無意味な戦い、それは本人が一番よく理解していることだ。
「ユカリ様、俺が死ねばあなたを縛る鎖が解けるとは限りません」
「うん、分かってる」
「その時は、許してくださいますか?」
「...待ってて、必ずこれを解いて見せる」
ユカリは神眼と魔眼を同時に開き、術式を読み解こうとする。
そして気付いた。
術式は、周囲の空間にも埋め込まれているという事に。
このピラミッドのような神殿そのものが、術式を動かすコンピューターなのだ。
「こんな規模のもの...いや、やってみせる」
干渉することはできる。
人間の作ったものが、二つの神の権能を持つユカリに敵うはずがないからだ。
少しずつ解いていけば大丈夫だ。
けれども...
「ぐっ、ぉおおおおお!!」
コルがそれまで持つとは限らない。
コルの体が、炎の龍の顎門の中で焼き払われる。
その服が焦げ、肌にも火傷が及ぶ。
「コル!」
「ユカリ、様...」
コルは諦念を抱く。
このまま戦っても正気はない。
相性が悪過ぎたのだ、と。
『美しい友情』
『反吐が出ます』
『神族が、友情などと』
『我が身可愛さしか、あなた方の中にはない』
『苦しめ』
『苦しめ』
『絶望に打ちひしがれなさい』
声が響く。
それは、パレシアのものだけではない憎悪を含んでいるようにも思えた。
神が人にしてきた所業を、海神と戦ったユカリは良く知っている。
「くそぉ...! こんな所で、俺は...」
ユカリの信頼に報いる。
彼女に救われた身で、更なる強さに至る。
そう決めたはずだったのに...
コルは自分の無力を呪った。
そして...
「コル! 避けて!」
「っ!」
炎の龍がブレスを吐いた。
それをまともに受けたコルは、炎の中で自分の死を悟る。
目を閉じ、せめて笑って...
『諦めないで』
コルはその瞬間、背後に誰かの気配を感じた。
『あなたの勇気は、何より強い』
「だれ...?」
『わたしの全てを、あなたへ』
「えっ!?」
ユカリが腰につけていた宝玉が、強い光を放つ。
蒼く清浄な光が。
ヘルの魄石が、輝いていた。
「ヘル...様...」
「うん、分かった」
ユカリは頷くと、宝玉を掴んで掲げた。
「コル、抵抗しないで!」
「わかりました!」
宝玉の輝きが収まり、一点に収束されて放たれる。
それは焼かれるコルの核へと吸い込まれ、そして光を放った。
「ウォオオオオオオオオッ!」
直後、コルの周囲が凍りつき、砕け散った。
炎の龍のブレスが消え去り、そこにはコルが残った。
「全てわかりました...」
コルの体に変化が起きる。
その体が、少年から青年の背丈へと。
腕に氷を纏い、それは爪を持つ手に。
背に氷の翼を背負い、そこから繋がるように氷の尾が現れる。
足も氷で覆われて、爪のついた足へと変わる。
そして、コルの目が青白く変わり、その頭にはふたつの氷の角が現れた。
まるでニーズヘッグをその身に纏うかのように、コルはそこに立っていた。
「なにこれ...進化...?」
「そのようです」
コルは、それに驚いていた。
無理やり進化する、あの感覚ではない。
コルの持つ可能性ではなく、どこか別の素質を引っ張ってきてコルがそれを纏ったような格好なのだ。
名をつけるなら...魄殻進化とでも言うべきだろうか?
「行きます!」
コルは全身を震わせる。
熱された空気が、それに合わせて一気に冷気を帯びた。
「俺は...負けない!」
再びブレスを吐いた龍に対して、コルはその両手に冷気を収束し練り上げた。
「氷竜弾!」
吐かれた炎は、圧倒的な冷気の前に勢いを失って消えていく。
コルは全てを受け止めたあと、それを炎の龍に向けて放った。
「やった.....」
「まだだよ!」
「はっ、はい!」
炎の龍はその全身を冷やされながらも、再び火勢を増してコルに襲い掛かった。
コルの翼が、コルを空へと打ち上げ回避させる。
「私も.....」
ユカリは目を閉じ、自らの魂の深遠に迫った。
その間にも、コルは戦っていた。
放った氷の礫が、炎の龍の身体を貫く。
コルの冷気が、術式を凍らせ機能させなくしているのだ。
この神殿の機能で強化されている炎の龍は、コルによって封じられようとしていた。
「ユカリ様を!?」
その時、炎の龍がコルの横を駆け抜けた。
動けないユカリを狙おうという魂胆なのだ。
「させない!」
コルは全身に冷気を纏って飛ぶ。
氷の翼が二倍に伸長し、魔力を受けて加速する。
冷気の嵐を纏ったコルは、炎の龍を追い抜き、その眼前に立ちはだかった。
「お前もここまでだ!」
そして、炎の龍を巻き込むように再び突進した。
炎の龍は一瞬吹き散らされたように見えたが、すぐに炎が再びちらつく。
「どうすれば.....」
「勿論、こうするんだよ」
直後。
ユカリを縛っていた鎖が砕け散る。
術式の解除が簡単ではないと悟ったユカリは、自らの内にあるあの空間へと入り、剣の柄に手を触れることで拘束を解除したのである。
「神の怒りに触れた者に、存在する資格は須らく在りはしない。生生流転、流れよここに――――水よ、彼の者を捉えよ、その流れをこの場に留めよ」
直後。
炎の龍を水球が包んだ。
コルはそれ目がけて氷竜弾を放ち、凍らせた。
「うぉおおおおおお!!」
そして、跳躍。
全力の殴打で、凍った水球ごと破砕したのであった。
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