Ep-756 到来する砂嵐
集落に来てから三日後。
そろそろ出発しようかと私たちが検討していたところ、そこにジングがやってきた。
「ユカリさん、旅立つのは少し後にしたほうがいい」
「どうして?」
何か理由があるのかと私が尋ねると、彼は当たり前のようにこう言った。
「砂の嵐が来る」
「えっ、嵐が来るの!?」
風もないのに嵐は来るんだ...私は驚く。
ジングは頭を掻きつつ、捨てられた子犬のような目で私を見た。
「すまないんだが...砂嵐対策の御呪いを起動するのを手伝ってくれないか...?」
「え? いいよ」
「助かる」
ジングは私を、地下にある一室に案内してくれた。
そこには、壁に魔法文字が刻んであり、そのうちの三つが欠けていて効果が発動しないようになっていた。
「子供が...イタズラしないように...っ!」
ジングはすぐそばに積んである長方形の石の柱を掴み、持ち上げて壁の穴に嵌め込む。
奥まで嵌め込まれたことで、その石の左右の面に書かれていた魔法文字が正しく左右の魔法文字と合致した。
なるほど、イタズラ防止のために重くしてるのね。
「ほいっと」
「え...力持ちなんだな...」
私は二つの柱の魔法文字を確かめると、それを片手で一つずつ持って壁の穴に嵌め込んだ。
それによって、魔法文字の列が力を持って起動する。
一応私、竜を投げたり盾で殴打から庇ったりしてるので筋力はあるのだ。
「で、これでいいの?」
「あ、ああ...その石は特に重いはずなんだけどな...」
「確かに、子供には持てないね」
少なくとも数人は必要だけど、普段なら地下には人がいるはずだからすぐに気付かれるだろう。
私とジングが地上に上がると、すでに嵐が来ていたようで砂がビシバシと生成された結界に当たっていた。
「地下におられたのですね」
「ああ...ハルファス」
「結界を張ろうかと思ったのですが、不要なようでしたね」
「うん、流石にここの住民ともなると対策はするみたい」
それにしても...不自然だ。
砂嵐が巻き起こるのに必要なのは強風。
だけどここは閉鎖された世界で、風が吹くことは殆どないはず。
「この強風で魔素が荒れてて私はできないんだけど...魔力探知は使える?」
「術式を組めば或いは」
「嵐の原因を特定して。場合によっては他の魔王と協力すること」
「了解」
私たちはこれからこの砂漠を移動するのだから、毎回砂嵐に襲われていては行動できない。
ここは探知に長けているハルファスかダンタリアンに協力してもらい、嵐の原因を特定しなければいけない。
「そういえば...ユカリさんらは...旅に出るん...だったよな」
「うん」
「...俺もついていっていいか?」
それは、予想もしない言葉だった。
彼がついてくることにメリットはない、それは向こうもわかっているはずだ。
それでも私にそう言ったということは、その覚悟は向こうにもある、って事だよね...
「どうして?」
「心境の変化...ってやつだよ、ここに残った時は、孤独でもよかった。ここで一人で暮らしてる時は、寂しくても仕方ないと思えたんだ。だけどよ...こうやって人に会えたんだ...あの時は一人でも良かった。だけど今は...一人になるのが、怖い」
言い切った彼に対して、私は何も言えなかった。
ここで何があったのかは知らない。
けれど、孤独でも構わないと思うようなことが彼にはあり、その傷が塞がるのに時間を要した。
傷が塞がった後に私たちが来て、彼の孤独は埋められた。
けれど私たちは永遠の定住者ではなく旅人だ。
「付いていっても構わないか...? これでもこの砂漠の生き物には少しだけ詳しい自信はある」
「...仲間と相談する」
私はとりあえず無難な道を選び、その場を足早に去ったのだった。
嵐が止んだ夜、私はみんなにジングの事を話した。
彼が望んでいること、それから全体での役割、ベルなどは嫌悪感などはないか、等だ。
私はあの三人組と旅をしてるけれど、ベルにとっては慣れない男との旅になるはず。
嫌だったりしないかなと思っていたのだけれど、
「いいわ。変態だったら殴り飛ばすけど」
そういえばこの子はシュナと同じ人種だった。
遺跡探索で食って行こうとしてる人がそれくらいのことを恐れるわけはないけれども。
「他、異論なし? ダンタリアンとか」
『気付かれないように魔力鑑定を行いましたが、ただの魔族でした。よって問題はないかと』
なるほど、それなら問題はないか。
「物資的には大丈夫なの?」
「ん? 全然問題ないよ」
ベルが聞いてくるけど、そもそも私のアイテムボックスには過剰なほどの食料が貯蔵されていて、生活用品もちゃんとある。
ダンジョンで作って持ってきてくれるけど、私が消費しきれないので起こる必然である。
魔物の食べる量を基準に三食作られたら、そりゃあんな量にもなるんだけどね。
「むしろ、死ぬまでに消費し切れるかが課題だね」
「そうなのね...減らせとは言えないの?」
「言ってもいいけど、段階を踏まないと無理かな」
とりあえず魔界から帰らないと。
誰とも連絡がつかない状況だ。
「層を跨ぐと魔術リンクが切れちゃうんだよね」
完全に別空間のようだ。
あと何層あるか分からないけど...いつか脱出しないと色々問題が起きる。
私は少し考えて、次の議題を提起するのだった。
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