Ep-752 その罪を祓おう
「......え?」
私の手は、ヘルの体をすり抜けた。
何が起こったか分からない私の前で、ヘルはゆっくりと起き上がった。
「.....大丈夫ですか!?」
『問題ない.......わたしは、コルに救われた』
コルが....?
凄いや、やっぱりコルって、私に出来ないことが出来る。
彼には即物的な強さではない、別の強さがあると感じた。
『ここに在るのは、わたしの残滓。――――コルは、旧き王の友、あなたになら......わたしを完全な形で救えると言った』
「完全な.......でも、私は」
私が使えるのは聖力。
かつてヘルが死にたくないと足掻く原因になったものだ。
「.....聖力を使うのは、憚られると思ったんだけど」
『.....わたしは思った、これをどういう感情として示せばいいのか......そう』
――――あなたになら、浄化されても構わない。
ヘルは暫し考えた後に、そう言った。
その真っすぐな眼差しを見て、私は察した。
もう、選択肢はないのだと。
完全浄化を彼女は望んでいる。
それほどに、彼女にとって犯した罪は重く、大きいのだと。
「――――分かった」
「ユカリ!? いいの!?」
その時、ベルが叫ぶ。
「浄化って......殺すって事でしょ!?」
「そう」
「人は殺さないと思ってた、でも違うのね」
ベルは納得のいかない表情を見せる。
私を心配しているのかもしれない。
でも――――
「私は人を殺したよ」
「....えっ?」
「仕方なかったとは、言わない」
セーラを殺した。
結果的に彼女は私に対して協力的になり、それが新たな力の芽生えに繋がった。
でも、殺した事実に変わりはない。
だから私は、指摘されればそれに向き合う。
「水神の座を受け継ぎ、海神の宝冠を戴く我が命じる!!」
「――――炎神の王座に座す我が命じる!」
私が声を張り上げた時、背後からプロメテウスが叫ぶ。
やっぱり神じゃん。
とはいえ、問い詰めるのはまたあとにしよう。
「理よ屈服し、我が力の全てを以て彼の者を――――」
「理よ屈服し、我が力と共に浄化の助けとせん!」
プロメテウスの力らしい何かが、私の中に入り込んでくる。
この力を使えという事らしい。
「――――浄化せよ!」
巨大な神聖陣が足元に開く。
暖かく清浄な光が、神聖陣から湧き上がってくる。
「.....思い残すことは?」
『ない.....と、言いたいが........あれを』
ヘルはある場所を指し示す。
そこには、ニーズヘッグの後に残った拳大の石があった。
「あれは?」
『魂の魄核。あれは、コルと共鳴している、もしコルがその力を必要とすれば、力を与えるはずだ........だから、必ずコルへと届く場所へ』
「分かりました」
空間収納にはしまうな、と言う事らしい。
「加工する分にはいいんでしょうか?」
『小さくならば、構わない。大きく削ると、機能が失われる』
「分かりました」
『.....それと』
「はい」
まだあるの?
そう思っていた私だったけれど、次の言葉で目頭が熱くなった。
『今まで、ありがとう――――ユカリ』
「うん.....分かった」
旧き王の友ではなく。
ユカリとして私を呼んでくれた。
もう十分だ。
神聖陣が光り輝き、その場から邪悪な存在を消滅させる。
聖力は悪魔を確実に浄化する。
それは半魔であっても不変。
『あたたかい.......』
「......」
『あなたの使う光は暖かい、あの冷たい光とは違う』
「......そう、なんだ」
次の瞬間。
風が吹くようにして、ヘルの体は崩れ去った。
後には、彼女がずっと着ていた服と装身具だけが残されたのだった。
ヘルを浄化した私たちは、氷の地に唯一残された、ヘルの家の土台という土に彼女の服と装身具を埋葬した。
都市に残った塔の機能を破壊した後、出発することになった。
幸いにも、昇降機は西にずっと行った場所にあると、浄化の為に神聖陣を開いたときに逃げ去っていったバーンとゴッツが教えてくれた。
「....ねぇ。ユカリ」
「良かったの、と聞くならお門違いだよ、ベル」
「分かってるわ、そうじゃなくて....」
「......あの人は天国に行けるのかしら?」
「あんなの信じてるの? ベル」
「...あんなのって、一応ユカリは聖女でしょ!?」
一回転生したからか、天国の存在はどうしても信じられない。
….とはいえ、この世界の魂が循環しているのなら、魂を浄化する機構があるはず。
聖力で浄化されたのなら、それに入る事はなく『天国』を通過するだろう。
「.......と思うよ」
「そう、ならいいわ」
ベルが何に納得したかは分からない。
でも、本人が望んだならそれでいいと、私は思う。
人は死に方を選べない、でも彼女は選んだ。
殺した罪は消えなくても、そこに本人の望みがあったなら、少なくとも誰に糾弾されたとしても私は揺るがない。
「.....ユカリ様、俺は上手くやれたんでしょうか?」
「よくやったよ、どうやったかは知らないけど.......きっと、ヘルは私に自分は救えないと思ってたはずだから」
コルが成功させる前後で、彼女の態度は全く違った。
それは、彼女の中ではまだ私はルシファーだったからだろう。
ルシファーは彼女を救えなかった。
だけど、コルを見て彼女は何かを感じた。
そして、コルが言ったらしい「ユカリ様があなたを救える」という言葉。
彼女は、私をユカリとして信じてみる事にしたのだろう。
「見えた!」
氷山から、昇降機の柱が突き出しているのが見えた。
私たちはそこに駆け寄り、魔術で氷を溶かして中の昇降機に乗った。
「....さようなら」
もうこの世界に、雪は降らないし、冷たい風も吹かない。
彼女がいないからだ。
昇降機が作動し、上の世界への旅が始まる。
次はどんな世界だろう?
それでも、一つ思えることはある。
この悲しさしか感じさせない世界よりは、遥かにマシだろうと。
「....って思ったけどさぁ、これはないんじゃない?」
「暑い.....別の意味で地獄ね、身体を壊しそうだわ」
数十分後。
私たちは早くも下に戻りたくなっていた。
昇降機で上がった先の世界は――――砂漠だった。
それも、蜃気楼が出来るほどの物凄い暑さの。
ああ、ここを進まなきゃいけないのか.....
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