Ep-742 終わりなき苦しみ
苦しい。
でも...この苦しみは。
全て、わたしの自業自得だ。
「寒い」
わたしは呟いた。
その昔のことだ。
まだ魔界と人間界の隔たりが薄く、行き来が激しかった時代。
わたしは半魔としてこの世に生を受けて、人間達に迫害されながら生きていた。
それでも、わたしは人の暖かさを知っていた。
多くの人はわたしを迫害し、遠ざけようとした。
でも、数少ない人たちは、わたし自身を見てくれた。
悪魔と人間のハーフであっても、優しさを持つことができると教えてくれた。
けれど...
「悪魔が、人間を利用してきたのに今更擦り寄るのか?」
人間に家を燃やされたことで、わたしは人里から離れて、魔物に囲まれた地で自給自足の生活を送った。
けれど、人間というのは「食い潰す生き物」だ。
人里から離れても、彼らはいずれ資源を食い潰し、魔物たちの領域を侵し、そのうちわたしが住む場所のそばに、巨大な都市ができた。
彼らは好き勝手に森へと入り、そしてわたしは見つかってしまった。
「半魔のガキを捕まえたぞ!」
「こんな小さいのに何ができるんだ?」
わたしは街の中心に連れ去られ、そこで服を剥がれて晒し者にされた。
人間たちは、わたしに見せ物としての価値以外の何も期待していなかったようで、食事は与えられた。
それでも、雨風に晒されて、わたしは心まで冷え切った。
冷え切った心が凍りついたのは、きっとあの事件があってから。
「おお! 大神官様がいらっしゃったぞ!」
「なんと神々しい...」
「神様も一緒だ!」
光の下位神を連れた大神官が都市を訪れ、晒し者になっていたわたしの前に現れたのだ。
でも、わたしは愚かだった。
「おお、なんと穢らわしい魔力か、今すぐ浄化してしまいましょう」
この時、わたしは思った。
なんで死ななければいけないのかと。
一方的に悪と断じたのは人間の方なのに。
勝手に森に押し入ったのは人間なのに。
わたしはただ、生きていたいだけだった。
なのに、悪魔であるというだけで、どうして生きる権利を奪われなければいけないのか、と。
その途端、わたしの心は燃えるどころか...凍てついた。
わたしに眠っていた、氷の魔術の高すぎる適性が、大神官と神を瞬時に凍らせて砕き、都市を氷で埋め尽くした。
再び太陽が登った時、人間だったものは赤黒い水となって溶け落ち、わたしは自由になった。
なって、しまった。
わたしはその地を雪と氷で封じ込め、凍りついた心を、癒えないその心を癒そうとしながら日々を過ごした。
贖罪は生きることでしか償えなかったのだ。
「どうすれば、よかったのだろうか...」
わたしは人間たちの間で、ヘルと呼ばれるようになった。
それは、わたしが凍らせた都市の名前。
ヘルの魔女、それがいつしか都市の名前だと忘れ去られて、わたしはヘルになった。
以前の名前など思い出せない。
だからわたしは、ヘルになったのだ。
「こんな力など...欲しくはなかった」
あの時死んでいれば、全て楽だった。
わたしのせいで、あの場にいた人間たちは死んだ。
こんなことをされてまで、人間の善意を裏切れないわたしは愚かだろうか?
人の中にある暖かみに期待をしてしまうのは、馬鹿な事だろうか?
いや、それは愚かではない、とわたしは思う。
思えるからこそ、嫌になるのだ。
今更、何を悔やんでも仕方がない。
わたしが凍らせた地に踏み込んだ生物は、程なくして凍り付いて死ぬ。
花に水をやろうとしても、流した水はすぐに凍てつくだろう。
花を愛でれば、芯まで凍りついた花は崩れ落ちる。
だからわたしは、心を凍らせて生きた。
覚醒した氷の魔術は、わたしの時間を凍らせ、わたしは永遠に生きる事になった。
死ぬことも考えた。
けれど怖かった。
そんな風に過ごして、気付けば百年が経っていた。
百年が経ってから、わたしの城に訪問者がやってきた。
軍勢を引き連れてやってきたのは、悪魔が暮らす世界『魔界』の王。
サマエルと名乗った、まさに悪魔とも言うべき大男は、わたしに言った。
『このような腐った世界に見切りをつけ、我等の住まう地へ住居を移し、平穏に暮らさぬか?』
『だが...わたしの氷の力は、世界そのものに害になるのでは?』
『問題ない、その力を引き剥がす術を、我は持っている』
サマエルの言葉は本当だった。
わたしはわたしの罪の象徴である都市をまるごと魔界に移設し、そこで粛々と暮らした。
氷の力を別の器に移したことで、吹雪も収まり、わたしは雪や氷の悪魔たちとしばらくの幸せな時代を過ごした。
だが、数百年後。
何が起きたのか分からないが、魔界に大変動が起きた。
他の領域には行けなくなり、氷の器が衝撃で暴走した結果、この地は氷で埋め尽くされた場所となった。
わたしは何とかそれから逃れたものの、住んでいた都市や氷の器からは引き離された。
しかし、かえって良かったのかもしれない。
わたしは永遠に罪悪感を覚えさせられる場所から離れ、小さな家で毎日を過ごした。
心を永遠に傷つける存在がなくなった事で、わたしは穏やかになった...と思っていた。
けれど...
「なぜ...今更になって...!」
わたしは訪問者たちの手によって、間接的とはいえ再び罪と向き合わなければならなくなった。
彼女たちは古き王の友であり、その魂の本質を覗けば、少女に転生した古き王サマエルの最も親しい友人、魔神の息子とも言うべきルシファーであるとわかった。
彼女たちははぐれた仲間を探しており、その仲間は氷の中で溶けて一体化した悪魔たちの狂気によって暴走してしまったという。
そして、彼女の仲間が暴れた場所こそが...わたしの凍らせた都市。
『忘れるな、おまえのその罪を』
過去から、わたしが囁きかける。
生きたいなどと、わたしに不相応な願いを抱いた結果起きた大虐殺を。
わたしがそう願わなければ、彼らは死ななかったのだから。
「...だが、向き合う準備は、できた」
都市をもう一度見る必要もない。
わたしは、希望の光を見つけた。
古き王の友よ。
わたしの力を託し、わたしは贖いを死という最大の対価を支払って終わらせる。
それを逃げだとは誰も言わせぬ。
せめて、古き王の友との不言の誓いを果たすまで。
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