Ep-737 一日
朝、私はベッドの上で目覚める。
この家にはベッドは一つしかないが、簡易ベッドなら私もインベントリで持ち歩いている。
物置を借りて、そこでコルと一緒に寝ている。
コルは二日目で目を覚まし、今はヘルの手によって治療を受けながら生活している。
私たちもただ飯食らいというのは心苦しいので、ヘルの生活を手伝っている。
「わぁ...」
私はヘルに教えられた通りの道を進み、氷の下にある世界を見た。
あの家の下の、緑に光る水の水源は川だった。
氷の下を川が流れている。
ゆったりとした流れなのに、凍ることも氷が張る事もない。
私の仕事は、水の下にいる生物を捕まえる事。
「本当にいた...」
名前はバスラタ、氷に溶けた僅かな栄養を溜めながら生きる魚らしい。
もともと魔界にいた訳ではなく、飼いきれなくなった悪魔が放したところ、各層に分散したらしい。
「水よ、捕らえて運べ!」
水の中にいる時点で、私の手の中である。
五匹程度捕まえたところで、私はヘルの家へと戻った。
「ヘル、これでいいですか?」
『ありがとう』
頼まれてやっている訳ではなくて、何かできることはないかと聞いたら、この階層だけで出来ることを教えてくれた。
それもいろいろな場所に行ける事を。
逸れた仲間がいる事を心配してくれているのかもしれない。
「それにしても、ここには不思議なものがたくさんありますね」
『...そう、だ』
氷だけかと思ったけれど、ここの氷は私が知っているものと大きく異なる。
まず、地層を形成する分厚い氷。
この氷は、表面を覆う普通の氷と違って、炎程度では融解しない。
熱した金属をぶつけてようやく溶け出す程に硬く凍りついている。
次に、ヘルが燃料にしている薄緑色の氷。
火に焚べると、湯気を出しながら燃えるのだ。
どうも、中央にある結晶が燃えているらしく、それを氷が包んでいるみたい。
ただ、結晶の見分けはほとんどつかなくて、氷の色と同化している。
大体は一箇所に固まっている。
「次は何をしますか?」
『休んで。わたしはあなたたちに対価を求めている訳ではない』
「ですが...」
『ここに人間が来るのは、わたしがここに来てから数百年、無かったこと。...わたしはあなたたちを歓迎している』
そうは言うけれど、どこにでも行けるはずなのにこの階層で暮らしている一人暮らしの少女、そこに居候する時点で、ちょっと気まずいよね。
「もう少しバスラタを獲ってきます、凍らせれば長持ちするはずです」
『.........すまない、旧き王の友...』
申し訳なくなって誤魔化す私に、ヘルは申し訳なさそうに言った。
私は氷の道を一人歩いて、また川にたどり着く。
そこで、少し気になった事があった。
...川の上流、下流にはそれぞれ何があるんだろう?
これほどの水量だし、地上に降水があるとも思えない。
私はとりあえず、下流に向かって進むことにした。
進んだ先には、通路の終わりがあった。
穴の下に、水が落ちていく。
流石にここに落ちるのはリスクがあるので、私は上流の方へ向かう。
上流の方は結構長くて、二時間ほど歩いたところで私は断念、ヘルの家へ戻ったのだった。
ベルたちの一日は、朝から始まる。
氷を破壊して作られたハルファスの塔の中で目覚めたベルは、通信を回復しようとしているダンタリアンを最初に見る。
「まだダメ?」
『低魔力地域であるのと、この氷自体が魔力を吸収する性質を持っているようだ』
「そうなのね」
氷の正体を知らないベルたちは、なぜ氷が魔力を吸収するのかまでは分からないようだった。
ベルはダンタリアンを放置して、階下へ降りた。
そこでは、ハルファスがスープをかき回していた。
ベルは昨日、ハルファスに「自分の分のためにスープを消費させるのは心苦しい」と訴えたのだが、
『私はこれでも一つの軍隊を率いていましたから、予備の備蓄はそれなりにあります、魔力で作った食事はあなたには味気ないでしょう、心配は不要です』
と返されたのだ。
ハルファスの過去や、率いていた軍隊はどこに行ったのか、ベルは知りたくても聞けない。
聞いたとして、ハルファスはユカリ以外にその重たい口を開くことはないのだろう。
ベルはそれに疎外感を感じ、居心地が悪くなってさらに階下へと降りた。
普段の彼女なら、そんな事は感じなかったのだろうが...
「外に出られるのですか?」
「...ええ」
「お供します」
「いいの?」
「構いません」
氷の通路に沿って作られた拠点から出たベルは、昨日来た道を引き返す。
引き返した先には、魔法的なビーコンが設置されており、反対側には未探索の通路があった。
「うん、何もないわね」
「何かお探しですか?」
「変わったことがないか探してただけよ」
「でしたら、問題ありません。ダンタリアン殿がそういった異常は即座に発見してくださいます」
「...そう、そうね」
それなら自分の居る意味はあるのだろうか?
そう思いつつ、ベルは塔への帰り道を戻るのであった。
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