Ep-735 氷の魔女ヘル
お世辞にも美味しく無いお茶を頂いた後、私はコル達を回収してから少女の家に戻った。
聖力によるマークは、低魔力空間でもしっかりと残っていたので、空転・追憶で戻った後、家までの道を戻るのは簡単だった。
『それが、仲間?』
「全員ではないですが、そうです」
『そう、詳しくは聞かない』
先程のように暖かく出迎えてくれた少女は、私たちを舐めるように見てくる。
「...なんですか?」
『旧き王の友、それにわたしと同じ存在と...犬?』
「アン!」
シロが誇らしげに軽く吠えた。
ビクッとなる少女。
私は慌てて、誤魔化すように提案する。
「...そうだ、自己紹介をしませんか?」
『そう、ね』
「私はユカリ・アキヅキ・フォール...あなたが知る通り、ルシファーの魂と記憶を受け継ぐ者です。こっちはシロ、こっちの起きないのはコル」
『俺はバーン!』
『俺はゴッツ!』
『......わたしの名前は、ヘル。ヘルって、言うの』
ヘル?
なんだか、聞き覚えのある名前だ。
地獄を意味するその言葉を、名前として名乗る者はそういない。
だからこそ異質で、耳に残る。
「ヘル?」
『わたしはヘル、冬の魔女。その証拠に、この氷の世界はわたしが作ったもの』
ヘルはそう言って、胸を張る。
だけど、もしそれが本当なら。
「あなたは、人間なのですか?」
『違う、わたしは...魔人。魔神の祝福を受けた人間、過去のあなたのような、完全では無い存在』
焦って言葉選びを間違えたが、相手は気にも留めなかった。
出てきた言葉は、魔人という呼称。
魔族を指すわけでもなく、魔物を指すわけでも無い。
初めて聞いた呼称だ。
「完全? どういう事ですか?」
『...魔人は、魔神の祝福を受けただけ。旧き王の友、あなたのように自由では無い』
「...?」
やはり、分からない。
自由ってどういう事だろう?
手足も動くのに、目だって見えるし耳も聞こえる。
それなのに、自由じゃないって事?
『...旧き王の友』
「...できれば、ユカリと呼んでください」
『ユカリ、わたしはこれから食事にする、一緒にどうか?』
「...いいんですか?」
『わたしは魔神の祝福がある。別の階層に行き、食事を調達することができる、だから食料には余裕がある』
よく分からなかったけれど、魔神の関連者なら悪魔に襲われることはないらしい。
.....その割に、私達結構襲われたような?
その疑問に答えるように、ヘルが口を開く。
『あなたは別。あなたは完全な魔神の――――だ。でも、旧き王があなたを試している。階層を移動するあの装置を護っているのは、旧きあなたと共に歩んだ者たち』
「......」
有り得ない。
私は自分がそう考えている事に気づいた。
だって、ルシファーは魔族だ。
魔神の関連者である事はハッキリと分かるけれど、魔人や悪魔ではない。
だからこそ、今まで戦ってきた守る者達の記憶は、ルシファーの遺した記憶には無い。
そして同時に、認められない。
私が殺したあの悪魔たちは、少なくともルシファーを知る者だった。
『――――ルシファー、友よ。我を殺して何になる?』
『――――お主は高潔じゃが、少なくとも友の言いたい事は理解しておらぬ。それを理解したとき、お主は旧き王、サマエルの真の友になるじゃろう』
『......見事、也.....』
ベヒモスは正確には殺した者の中には入らないが、ルシファーを知る者だった。
思えば、魔界が生まれた話に話題を誘導され、ルシファーとサマエルの間に何があったかは教えてもらえなかった。
脳裏に、知らない記憶が過ぎる。
『――――XXXXX、お前は自由でいいな』
頭が痛い。
一体、何が――――
『どうした?! ユカリ――――』
「ぐぇ...」
私はそのまま床に倒れ込み、意識を失った。
「ん.......」
重い。
身体が重い。
何かと思って眼を開けると、目の前にヘルの綺麗な顔があった。
「んぇ!?」
『む.....どうした?』
「ど、どうして.....」
いつの間にか、私は肌着だけになって、ヘルに抱き着かれる形でベッドに寝かされていた。
別に朝チュンとかそういう訳ではなく、ただそうなっているだけだ。
『ベッドは、一つしかない。ユカリ、わたしは耳がいい、傍に居れば、異変に気付ける』
「そういうものかな....」
『あと、ユカリのそばは、安心する。人間の、匂いがする』
「えぇ!?」
助けて許して! 私には婚約者がいるの!!
と内心で叫んだが、すぐに大した理由が無い事に気づいた。
この魔界で、今まで人間に出会ったことはない。
零層ですら、元々は人間界に繋がっていないことを考えると、ヘルは会いたくても人間には会えなかっただろう。
だから.......この関係は不純なものではない。.......と思いたい。
「ヘルは、元は人間なんですか?」
『わからない。わたしは幼いころからこんな見た目で、人間たちからはあまりよく思われていなかった』
多分、私の想像が正しければ.....ヘルは、獣人族の祖先だと思う。
以前、魔王VS勇者の構図が出来ていた時代、獣人は今より獣に近い身体だったとハルファスから聞いた覚えがある。
それより以前の時代から生きているなら、きっと亜人なんて呼称もない時代。
「バケモノ」なんて思われていてもおかしくない。
「.......」
『ゆ、ユカリ?』
私は静かにヘルを抱きしめた。
私よりずっと大変な思いをして来たのだろう。
「ヘルは....暖かいですから」
『それなら、いくらでも....』
私はヘルを抱きしめたまま、彼女を抱き枕にするようにして眠った。
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