西の果てへの道筋は
「待て待て待て……状況を整理しよう」
「整理する、ってほどのもんじゃないっスけどねェ」
二日酔いする程飲み上げた私を待っていたのは、男と同衾していたという事実だった。ぶすっとした顔をしながらその男ーーカインはのそりと起き上がり、ベッドに腰掛け私を睨む。
「旦那ァ……昨日のこと、どこまで覚えてるんスか?」
じっとりとした目で私を睨むカインは、ため息を吐きながら問いかける。
「確か……俺が魔王? になるとか、お前さんが参謀、将軍……? だかになるとか」
「『相談役』ッスよ! で、金が無くなっちまった俺を同行させてくれるって」
そう言われて私はガシガシと後頭部を掻く。言われてみれば、そんなことを言ったような気がしなくもない。きっと私と同じ程飲んだであろうカインは二日酔いの素振りも見せずにけろっとしている。私もそれなりに強い方ではあると思っていたが……。しかし、私に話しかけてきた時には既にカインも顔が赤くなる程飲んでいたはずだ。お互いに酒が抜けている状態で、もう一度冷静に話し合う必要がある。
「あの時は酔っ払ってたからなぁ……」
「じゃあなんスか、俺の占いは無駄だったってことっスか」
不貞腐れたようにカインは言う。私は苦笑いを浮かべながらそれに答えた。
「そういう訳じゃないんだが、素面でもう一度占ってくれないか? 酔っ払ってたから都合がいいように見えただけかもしれん」
「旦那ァ、俺は十の頃からこの占いをやってるんですぜ? ちょっと飲んでたくらいじゃ、ハナクソほじるより簡単なんスよ」
むくれるカインを宥めつつ、いいからいいからと私を占うように促す。彼は渋々といった体で目を擦りながら私の目を覗き込む。暫くして彼が発した言葉は自信に満ちていたものだった。
「……やっぱ、間違いねェっスわ。旦那、ドえらいことになるっスよ?」
「詳しく話してくれ」
先を促すと、やはりカインが視た未来は私が玉座に座っている姿だったそうだ。王だろうが魔王だろうが、私はそんな器ではないと思うのだが。
「なぁ、お前さんのその占い、どれくらい当たるんだ?」
「カ・イ・ン! っス! ……俺の占いは、邪魔さえしなきゃあ間違いなく当たるっスよ」
『お前さん』と呼ばれることに憤慨しつつ、カインは胸を張ってそう答えた。
「カイン、占いってのはどのくらい先が視えるもんなんだ?」
「そうっスねェ……占う相手とか覗き込む時間によってまちまちっスけど、大体数瞬から数日って感じっスね。強烈な運命の持ち主なら、その運命が視えるっス」
確か、カインは実力を証明するために食堂の給仕娘の数瞬先を視たはずだ。ビールを持った客と衝突して彼女がビール塗れになる未来を、カインがそれを阻止した。確かに一旅人が王、それも大陸を渡った先の魔王になるなんて相当強烈だろう。しかも、邪魔さえ入らなければ私が魔王になることは間違い無いという。
「俺のその姿は、どのくらい先の未来か分かるか?」
そう尋ねると、カインは顎に手を当てて大袈裟に考え込んだ。暫しの後、皺が増えてないからそう遠くない未来だと答えた。大陸の東端に辿り着くまで順調に行っても半年は掛かる。その上土地勘の全く無い東大陸の魔族領だ。そう単純に事が成るとは思えない。その上ーー
「俺が魔王になったら、勇者に殺されるんじゃないのか?」
「そう、そこなんスよねぇ……どうしたもんか」
魔王、そして魔族ーー海を隔てた東大陸に住む魔族は幾度となく西大陸へ侵攻を試みており、西大陸に住む我々只人は、古来から魔族の侵攻に備えてきた。
只人に比べ無尽蔵とも言える魔力を有した魔族は、例え少数であっても我々にとって脅威である。各国は優秀な若者を勇者候補として招集し、育成が終わった者から西の果てシャミューズ王国へ派遣して魔族の侵攻に備えていた。今までは水際で魔族を排除することを基本としていたが、近年では根本的な対処をするため勇者を旗印にして魔族領への侵攻ーー魔王の排除を目標に勇者を育てているそうだ。
「呪いを解くためならなんだってする気でいたが……殺されるってわかってるなら魔王になんてならんぞ」
「ん〜……でも旦那、魔族領には行くつもりなんでしょ? とりあえず行くだけ行ってみて、なるだけなってみて、それから考えればいいんじゃないっスかねェ。相談役として、なんぼでも占いますんで!」
あまりの能天気さにがくりと肩を落とす。しかし、悩んでいても状況ーー私の呪いは改善されない。カインの言うことにも一理ある……気がする。それに、邪魔さえしなければ占いは必ず当たる。裏を返せば、魔王になろうとさえしなければそんな未来は生まれないはずだ。
そして、カインの占いも状況によっては非常に有効に作用する。例えば行き先を決定しようとする時に占いを行えば、これから起きるであろう困難を事前に回避することだってできるのだ。
私は深呼吸を数回繰り返すと、カインの目を真っ直ぐ見つめる。私の真剣な眼差しに、彼もごくりと生唾を飲み込んだ。
「わかった……なるならないは別として、一緒に行こうじゃないか」
「ヒュ〜!! さっすが旦那ァ!」
右手に拳を作り、天に掲げてそう吠えるカイン。旅は道連れ、とは古くから言われているが、こいつと一緒なら案外楽しくやれそうだ。そう思っていると乱暴に部屋の扉を叩かれた。
「アンタら! 朝飯食わんのか? 残ってんのアンタらだけなんだ。もう下げちまうよ!!」
この宿の女将の怒気を孕んだ声に、私もカインも背筋を伸ばして階下の食堂に向かったのだった。
◇
「で、旦那。まずはどこに行くっスか?」
朝食を頬張りながらカインは尋ねる。私は少し考えた後、最短距離でシャミューズに向かう旨を伝えた。するとカインは眉間に皺を寄せながらこう答えた。
「こっから最短距離だと、ブリューネル王国を通るっスよね?」
「あぁ、途中砂漠越えがあるが、それでも一番早くシャミューズに着くだろ?」
「旦那ァ、ブリューネルに行ったことは?」
「えぇと……確か、10年前にシャミューズからブリューネル経由でケントバインに戻ってきたが」
シャミューズで見習い船員として働いていた10年前、そこで呪いについて有益な情報を得られなかったこともあり、見切りをつけてこの国に戻ってきた。そう答えると、カインは水を一口飲んでこう言った。
「10年前ならいざ知らず、今このご時世じゃ簡単にブリューネルに入れませんぜ?」
「……どういう事だ?」
私の問いにカインは得意げな顔を作って答える。
「あっこ、シャミューズと戦争する気満々なんスよ。ウチら……まぁもう辞めてやったスけど……旅芸人だろうが商人だろうが、余程の事がない限り国境越えできませんぜ」
「シャミューズとか!? ……なんでまた」
「なんでも、シャミューズの海岸地域は既に魔族に占領されてるとか。魔族からシャミューズを解放する! って触れ込みっスけど、目的は森でしょうね。」
「森……森林資源か」
カインはウィンナーを頬張りながらこくこくと頷く。私がかつて通った時もブリューネルの森林地帯は切り開かれていたが、この10年でそれが更に進んで隣国に攻め込まざるを得ない状況になっていたのか……。
「ブリューネルは昔っから戦争の強い国でしたけど、鉄器を作るための薪が足りなくなったんじゃないっスかね? それで戦争の前に、怪しげな連中を国に入れないようにしてるんだと」
「カイン……お前さん、意外と賢いな」
「意外とってなんスか!」
そう言ってむくれた顔を作りつつも、どこか誇らしげだったカインだったが『さっさと飯を食え』と言わんばかりの女将の目線に残りの朝食を掻っ込んで咽せるのだった。
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