旅は道連れ……?
「さっき、カウンターから戻ってきた男がいるだろ?」
『稀代の呪い師』カインは得意げな笑みを浮かべながら、今さっき席に着いた男を顎で指し示す。その男は直接カウンターに注文に行ったらしく、右手にはビールと思われるジョッキが握られていた。
「俺があの娘を足止めしてなきゃ、あの男と正面衝突! ビールをおっかぶってたってワケよ。俺があの娘の未来を視て、救ってやったのさ」
そう言って胸に手を当てて、サーカスのピエロのように頭を下げてみせた。私は顔を上げたカインの得意げな顔に苛立ちを覚えつつビールを一口飲む。
「……結果論だろ? たまたまそうなっただけじゃないのか」
「アンタ、疑り深いねぇ! 『当たるも当たらぬも占いの常』ってよく言うけどさ、俺に関しちゃあ間違い無しよ! それが今なら料理一品。お値打ちだろ?」
「悪い結果だったらどうする? 開運グッズでも売りつけるのかい?」
そう言うと、彼はにんまりと笑いながら胸ポケットを探る。が、目当てのもがなかったのか体中のあちこちをまさぐる。しかめ面を見せたものの探し物を諦めたのか再び笑顔を浮かべてみせる。
「まぁ、そん時は俺の的確なアドバイスを格安で……」
「……話はここまでだな。ま、暇潰しにはなったぞ」
そう言って再びテーブルに広げた地図に目を落とす。するとカインは地図と私の間に割り込むようにして無理矢理話を続ける。
「だあぁ! わかった、わかりましたよ! 取り敢えず視る! んで、その内容次第でオゴるものを決める! どうよ!?」
彼のしつこさに根負けし、私は溜息を吐いて彼に向き直る。一先ず『取り引き』を継続させることができた彼は安堵した顔をし、酒に酔って赤くなった目で私の目を覗き込む。少しだけ真面目な顔付きになった彼はじっと私の目を覗き込む。占いなんて所詮術師の話術次第だ。彼が本物でも、そうでなくても……面白い話ができるようなら料理の一品ぐらい奢ってやってもいいだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、カインの顔色がどんどん青ざめていく。充血していた両眼をごしごしと両手で擦り、何度も何度も私の目を覗き込む。……占い相手の動揺を誘う術だろうが、文字通り顔色を変化させるのは例え演技であってもそうそうできることではない。彼の顔色変化術に感嘆しながら彼が最初にどう切り出すか楽しみにしていると、私の予想を越える行動を始めた。
彼はその場に立ち上がると襟を正してぴんと背筋を伸ばす。その顔付きにはおふざけの色など微塵も無い。そして私に一礼した後、右手を胸に添え片膝をついて予想外の言葉を発する。
「閣下、私はこの身も心も貴方様に捧げます。閣下に終生の忠誠をーー」
あまりの行動に呆けた顔を晒す。するとカインは顔を上げて私に催促する。
「なんかこう……騎士的な、そういうのあんだろ! 肩になんか当ててさ!」
「任命的な、か?」
そうそれ! と、ぶんぶんと首を縦に振り私の言葉を肯定するカイン。何がどう視えたことにするのかはわからないが、私も酒が回ってきて面白がって乗ってやることにした。残っていたビールを一息で飲み干すと席から立ち上がり、彼の肩に空になったジョッキを当てる。
「そなたを、そなたを……おい、何に任命するんだ?」
「なんでもいいだろうがよぉ! アンタのためならなんだってやるぜぇ!!」
なんでも、と言われても困ってしまう。取り敢えずこの場がうまくまとまり、彼の『占い』の結果を聞きたい私は適当に彼を任命した。
「じゃあ……うん、相談役だな。相談役に任命する」
「相談役!? なんだよ、それ……めっちゃ滾るな! なんか、裏の黒幕みてぇ! はい、謹んで拝命致しますよぉ!!」
先程までの恭しさはどこへやら、破顔する彼は椅子に座り直すと組んだ両手を顎に当てて、さも大物占い師の如く彼の視た結果を告げる。
◇
「まず、アンタ……は不敬だなぁ。おっさん、名前は?」
不敬、と言いつつ私をおっさん呼ばわりするカインに苛立ちを覚えつつ名を名乗ると、長いだの略し難いだのと言い始めた。
「アンタもおっさんも不敬だしなぁ。兄貴、って言うには歳が離れてるし……」
「兄ちゃん、いくつなんだ?」
そう問うと彼は元気よく21! と答えた。年相応の落ち着きを持つべきだと思うが……いや、私も同じようなものだったな。カインはうんうんと頷くと、話を続けた。
「じゃあ『旦那』だ! なんなら様を付けたっていい」
「やめろ、ムズ痒くなる……」
首筋を何度か掻く真似をすると、カインはゲラゲラと笑う。一頻り笑った後、真面目な顔を取り繕って占いの結果を話し始めた。
「まず、俺が視たのは、ア、おっ……旦那の、そう遠くない未来だ。そこで旦那は、デカイ椅子に座ってたんだ。王冠を被って!」
……私は自身の呪いを解くための旅をする予定だ。テーブルに地図を広げていたし、それを見ていたカインもてっきり旅に関する予言めいたことを語るのかと思っていたら全く予想もしていなかったことを告げ始める。困惑しながらも黙って相槌を打って先を促す。
「で、だ。旦那はなんか……どエラい所にいるんだな。広くて天井が高い所だ。そこには大勢が並んでるんだ。旦那の両脇には女が一人ずつ。斜め後ろには……俺が立ってた」
人の未来に自分を割り込ませる図々しさに、思わずニヤニヤと意地の悪い笑顔になってしまった。しかしカインは私の笑い顔など気にも留めない様子で語り続ける。
「で、その脇に立ってる女なんだが……どエラい美人でナイスバディで……ツノが生えてる」
「あっはっはっは……! いや、悪い……! ば、バカにするつもりじゃないんだが、おっかしくて!」
とどめの一言についに堪えきれずに大声で笑い声を上げる。てっきり旅路の不安を煽って適当な助言をして料理をタダ食いするつもりなのだろうと思っていたが、まるっきり予想が外れてしまった。しかし久しぶりに腹が痛くなるほど笑えた礼に、約束通り料理を奢ってやることにした。
◇
それからのことはあまりよく覚えていない。久々に大笑いしたせいか、私もタガが外れたように飲んでしまった。話の細かいところは覚えていないが、とにかく楽しかったのは覚えている。
どうやって宿に帰ったかも覚えていないほど飲み上げたが、ベッドで目を覚ましたところを見るにそこまでの無茶はしていない。……はずだ。
鈍い頭痛は昨夜の酒のせいだろう。だるさが残っているのは服を着たまま眠ってしまったせいだ。自分自身に回復魔法を何度も掛け、頭の中がはっきりしてきたところで身を起こす。と、起き上がるためについた右手に違和感を覚えた。ぐにぐにとした物を押し潰した感触と、ぐぇっ! という短い呻き声。
……恐る恐る毛布をめくると、そこにいたのは昨晩一緒に大騒ぎをした片割れ、カインだった。慌てて自分の身体を確認する。着衣の乱れは、無かった。
「旦那ぁ……昨夜はお楽しみでしたねぇ……」
バカよせやめろ! 身体中に鳥肌が立つのと同時に私はベットから飛び退いた。上擦った情けない声が出ないよう、咳払いを一つしてカインに問う。
「なんでオマエがここにいるんだ……?」
「はぁっ!? ひどくないっすか!? 旦那が泊めてくれたんでしょ! 『行くとこねぇなら俺ンとこ来い』って!」
深酒のせいでどうにも記憶が曖昧だ。そんなこと、言ったような気もするし、言ってないような気もする。
「旦那が言ったんすよ!? 旦那は魔王になる! んで、俺はその道中の相談役になるって……昨日決めたじゃないっすか!!」
畳み掛けるようにカインが発した言葉に、私は目を大きく見開くことしか出来なかった。
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