表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

呪い師との出会い

 道中で一泊し、隣街に辿り着いたのは太陽が西の山際に差し掛かった頃だった。月に一、二度魔境で得た魔獣の革や魔核を現金化するためにステラを伴って訪れていたが、彼女は勇者候補として王都に行ってしまった。もうこの街に二人で訪ねることもないなと感傷に浸りながら街の『紹介所』の扉を開ける。

 紹介所は職業の垣根を越えた人材派遣所であり、形態に僅かな違いはあるものの大陸各国の大抵の街に存在する。私のような流れ者には大変ありがたい存在だ。今後の路銀に当てるべく魔境で得た素材を売却するため売却カウンターに足を向ける。

 ステラ達一行は昨日のうちにはこの街を通過していたようで、職員と彼女達についての世間話に花を咲かせた。彼女を迎えにきた聖騎士達の横柄な態度はこの街でも改められることはなく、紹介所を利用する労働者と小さな衝突があったそうだ。ステラに変な影響がなければいいが……と心配していると、素材の鑑定結果が提示された。細々としたものが多かったが、それでも今まで溜め込んでいた素材を全て放出したこともあって大銀貨2枚と小銀貨3枚になった。額面の大きな硬貨は使いづらいため、このうちの小銀貨1枚を大銅貨10枚に両替してもらい、懐の財布にそれらを収める。この先の旅路を考えるとあまり贅沢はできないが、この街にも暫くは来ることがないだろう。最後の贅沢とばかりに、私は紹介所を後にし宿を取ると、労働者で席が埋められた食堂に向かった。





 食堂は今日も盛況で、唯一空いていたテーブルに腰掛けると軽く手を上げ給仕娘を呼ぶ。大銅貨2枚を彼女に渡し、ビールと今日のおすすめを持ってくるよう頼む。釣りは取っておくといい、と微笑むと、じゃあお客さんの分を最速でお持ちしますね! と彼女も笑顔を浮かべる。その笑顔にだらしない顔になった私の脛を蹴る少女は、もういない。

 一人しんみりとした心境になりつつ厨房に向かう給仕娘を目で追うと、大きな異物が目に入った。まるで駄々をこねる小僧のように手足を広げて仰向けに倒れている一人の男だ。どうやらただの酔っ払いらしく、周りで食事をしている者達の誰一人として彼に意識を向けていない。給仕娘も酔っ払いを完全に無視しており、声を掛けることなく仰向けの彼の横を素通りして厨房に入っていった。まるで最初からそこに置かれた置き物のような扱いの酔っ払いだったが、私のビールを運んで来た給仕娘が通り過ぎる時に彼女の足を撫で、彼女から腹部を踏みつけられていた。



「お待たせしました、先にビールです!」

「ありがとう。……なぁ、『アレ』はなんなんだ?」



 テーブルにビールを置いた給仕娘にそう問うと、彼女は溜息を一つ吐きこう答えた。



「あぁ……旅芸人らしいですよ。この間まで一座が興行してたんですけど、なんでも彼は置いていかれたみたいで」

「旅芸人、ねぇ……」



 ありがとう、と一言答えて運ばれたビールを一口飲む。ステラの成人の儀には各国を巡る旅芸人一座が村にもやってきたが、あの酔っ払いがその一員だったのだろうか? 置き去りにされた彼に少しの同情を抱きつつ、料理が来るまでの間に地図を広げて今後の行程を検討する。

 この地図を使い始めてかれこれ10年以上になる。自分自身に掛けられた呪いを解く旅の途中、得られた情報や街道の詳細を細かい字で書き込まれた自慢の地図だ。

 20年に及ぶ放浪の末、呪いに関して得られた情報はほとんどなかった。この大陸で有益な情報が得られないのなら、新天地に向かう他ない。解呪の可能性があるとすれば、まだ足を踏み入れたことがない、海を隔てた東大陸の魔族領か……この地図には我々の住む西大陸と、魔族領に向かう途中の中継島までしか記載されていない。中継島までは見習い船員として働いていた頃に何度か上陸したことはある。その時の伝手を頼れば島までは行けそうだな……そんなことを考えながら国境を越えた先にある港町までの最短ルートを指でなぞっていると不意に声を掛けられた。



「あぁ、ダメダメ! その道は今封鎖されてっから」



 地図から顔を上げると、いつの間にやらテーブルの向かいの椅子に軽薄そうな若い男が座っていた。横目で厨房に目を向けると、先程まで横たわっていた『置き物』は無くなっていた。コイツか……と胡乱な目を向けると、彼は不敵な笑みを浮かべ、胸を叩いてこう言った。



「稀代の呪い師、『先読みのカイン』が占ってしんぜようぞ!」

「まじないし、ねぇ……」



 得意げな大声でそう言う彼は、たった今テーブルに運ばれた料理に釘付けだった。



「なぁ、おっさん。占ってやるからその料理を俺にくれないか?」



 そう言う彼を無視して、チーズのかけられた鶏肉を一口に頬張る。あぁっ! と情けない顔をする彼に、口の中の物を飲み下した私は尋ねる。



「占いって……兄ちゃん、何も持ってないじゃないか。水晶玉とか」



 胸の前で水晶を撫でるような仕草をする私に、彼は待ってましたとばかりに胸を逸らし、吸い込んだ息を大きく鼻から出す。その顔に苛立ちを覚えつつも彼の答えを待っていると、隣のテーブルの客から笑いながら話しかけられた。



「インチキだよォ! 厄介払いされた奴なんだ、程度が知れてるぜェ?」

「ハッ! これだからトーシロは」



 インチキ者扱いされた彼はそれを鼻で笑い、身を乗り出し顔を近づけて自論を語り始める。



「いいかい? カードを使う奴は三流。アンタが言う水晶玉を使う奴も、俺から言わせりゃ二流だな」

「随分自信があるんだな。で? 兄ちゃんは何を使うんだい?」

「……『水晶玉』だ!」



 苛立ちを隠さない私の表情に一瞬たじろいだ彼であったが、咳払いをすると彼ご自慢の『先読み術』について説明を始める。



「いいかい? 人間には持って生まれた水晶があるんだ。俺に二つ、アンタにも二つ。なんだか分かるかい?」



 そう言いながら、先を促すかのように自分の目元を人差し指でとんとんと叩く。若造の手に踊らされているようであまりいい気分ではないが、戯言に乗ってやるのも大人の務めか。



「目玉、か?」

「その通りッ!」



 目元を叩いていた指をパチンと鳴らして彼はそう答える。



「俺とアンタ、四つの水晶玉だ。『インチキ呪い師』の、デカいだけの水晶とは比べ物にならないんだぜ?」



 インチキ呼ばわりされたことを根に持っているのか先程話しかけて来た酔客に得意げな顔を向けるが、彼はもうこちらのことなど気にもとめずに連れ合いと談笑していた。

 がくりと肩を落としたカインであったが、気を取り直して私に向き直ると再度胸を張り、その若い声色に威厳を付けるように勿体ぶりながら話し始める。



「いいだろう! 普通じゃただじゃあやらないが、アンタには俺の力を見せる必要があるようだな……!」



 そう言いながら彼は手を上げて給仕娘を呼び出すと、注文もせずに彼女の尻を軽く撫でた。パカン! と音を立てたのは、彼女が持っていた盆がカインの額に叩きつけられたからだ。面ではなく、縁で。赤くなった額をさする笑顔のカインは、私にあの娘をよく見ているように告げる。

 肩を怒らせて厨房に戻っていく彼女を見送ると、カインは同意を得るように、なっ? と声をかける。何がなっ? なのか。眉間に皺を寄せる私に残念な物を見るような目線を送り、顔に手を当てて大仰に天を仰いだ。



「……冗談なら外でやってくれないか? 考え事がしたんだ」

「なぁ、アンタ。説明が必要か?」

「……一から百まで」


そう言うと、カインは渋々と言った体で先程の行動について説明を始めたのだったーー

少しでも面白いと思っていただけましたら、下記のフォームからブックマーク、感想、評価をお願いします!

こちらも並行して更新いたします。

https://book1.adouzi.eu.org/n6330et/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ