新たな旅へ
「師匠、もっと私に力があれば、お父さんを助けられたのかなぁ……」
いつもは賑やかなステラだが、昨日の出来事が堪えたのだろう。帰路につく彼女はぽつりとそう呟いた。
「……死者蘇生は不可能じゃない。ただ、死後時間が経過すればするほど成功率が落ちる。お父さんの場合は……」
私は彼女の問いに短くそう答えた。彼女の倍の時間を生きているはずなのに、掛ける言葉が見つけられない。身近な人の死を目の当たりにしたこのない私が何を言っても薄っぺらい言葉にしかならないと思ったからだ。そんな私の背中をバシバシとステラが叩く。
「なんで師匠がへこんでるのさ! ……師匠がいなかったら、私もお母さんも生きてなかった。それに、お父さんもずっとずっと彷徨ってたんだよ! ……ありがとう」
ステラは無理矢理笑顔を作ってみせる。私はそんな空元気を出す彼女の頭をワシワシと撫でる。彼女は細めた目の端に溜まった涙を指先で拭い、並んで歩いていた私の前に進み出ると振り向いて力強く宣言した。
「決めた! 成人したら、旅する治療師になる! この村の人たちだけじゃなくて、たくさんの人たちを助けられるように」
◇
彼女の父の葬儀は村を挙げて執り行われた。彼の肉体は天に還ったので棺には彼が最期に着ていた服が納められ、指輪は銀の鎖を通してステラの母の首に飾られた。
「エリオットさん、本当に、ありがとうございました」
葬儀の後ステラの自宅に戻った彼女の母は、泣き腫らした目を隠しもせず私に向かってそう言った。ステラが帰宅し、彼の死を告げられてから泣き続けていたのだろう。血色の悪い顔色をしているが、口元にはいつも通りの笑顔を作ろうとしているのが見て取れる。ステラが空元気を出していたように、彼女もまた空元気を出して普段通り振る舞おうとしている。
「いえ、俺は何も……礼を言われるようなことは」
私一人でアンデッドに遭遇したならば、躊躇なくその朽ちた肉体を焼き払っていたことだろう。不浄の存在に慈悲をかけることなどせずに。彼の魂を救ったのは、ステラの浄化魔法だ。彼女はあの場において、今まで使うことが出来なかった周囲の魔素を利用した魔法の発動法を習得したのだ。礼を言われる資格は、私には無い。空元気で作る彼女の顔を見ることが出来ず、テーブルに置かれた花茶が上げる湯気を見るとはなしに見ていた。
「私、主人が家を出てから、初めて泣きましたのよ」
その言葉に顔を伏せたまま唇を噛むと、彼女は顔の前で手をぱたぱたと振ってその言葉の意味を語り始めた。
「決して責めるつもりは無いのです。主人が魔境に向かってから、私の心は止まったままでした。主人のお葬式を挙げることが出来たお蔭で……ようやく前に進めます」
カップから目を上げると、目を潤ませた彼女と目が合った。無理矢理作る笑顔ではなく普段通りの微笑みの彼女は15歳になる娘がいるようには見えない若々しさを――
「ん゛っん゛~~~っ!!!」
わざとらしい咳ばらいをするステラと、彼女の母の肩越しに目が合った。じとっとした目でこちらを見る目は何やら言いたげだったが、私を睨みつけたまま砂糖菓子の乗った皿をカップの近くに置いた後、私の隣の椅子に座った。
「で、お母さん! 治療師の件、いいでしょ?」
『治療師の件』とは、成人の儀を終えたら旅に出て、様々な地で癒しの力を必要としている人々を手助けする――来月15歳になる彼女が心に決めた将来の夢だ。この村で病人や怪我人を癒してきた彼女の実力は既に高く、どこに行っても通用する。私がこの村に来て5年、旅人や冒険者としての知識・技能を教え込んできた甲斐もあり、どこに出しても恥ずかしくない自慢の一番弟子だ。彼女の問いに母は花茶を一口啜り、答える。
「止めたって、どうせ飛び出していくんでしょうね。……年に一度は帰ってらっしゃい」
「それじゃあ……!」
ぱぁっと明るい笑みを湛えた彼女は勢いよく私に抱きついた。私は彼女の頭を撫でると、胸ポケットに仕舞っていた髪飾りを取り出した。銀製の花を模したそれを彼女に着けると、嬉しそうに微笑んだ。
「少し早いが、旅のはなむけだ。気に入ってもらえたら――」
「ありがとう師匠! 一生大事にする!」
へへへ……と笑いながら頭に着けた髪飾りを撫でる姿を、彼女の母が目を細めて笑う。
「サネカズラ、ですか?」
「よくご存じで。……ステラ、この髪飾りには再会の祈りが込められてるんだ」
「再会……? どういうこと?」
ステラは私の言葉に怪訝な表情を浮かべる。
「生きていれば必ず会える――そういう祈りだ。ステラはこの先治療師として、旅人としてあちこちに行くだろう? 危ない目にも遭うかもしれない。その時に思い出してほしいんだ、ステラの身を想っている者がいるってことを」
神妙な顔つきで私の言葉を聞くステラであったが、大きく息を吸い込んだ彼女は、強い意志が灯った目で私と彼女の母を見つめると、最強で最高の治療術師になる! と告げた。
その時であった。玄関の戸が勢いよく開かれ、この街の教会司祭が転がり込み、息を切らしながらこう言った。
「す、す、ステラ! お主が次の勇者になるぞぉ!」
予想もしていなかった事態に私達はお互いの顔と司祭の顔を交互に何度も見たのだった。
◇
それから村はお祭り騒ぎだった。村人から勇者候補に選出される名誉に活気が湧き、ステラの成人の儀に合わせて国中を巡業している旅芸人一座もやって来る等、私が5年間この村に滞在して一番の賑やかさを見せていた。
誰もがステラの勇者候補選出を喜び彼女の活躍を願った。ただ一人、ステラ本人を除いて。
「はぁ……勇者になんて、なりたくないなぁ」
私の小屋にやってきた彼女は、小屋の隅で膝を抱えてぽつりと呟いた。私はその言葉に肩越しに頷いてみせた。
「師匠、さっきから一体何してんのさ?」
彼女は膝を抱えたまま、首だけを伸ばして私の作業を眺めている。
「……旅の準備だ。『弟子』も俺の手を離れるからなぁ」
私の言葉に彼女は立ち上がり、私の肩を掴んでまるで咎めるような口調で私に言う。
「旅!? 旅ってどういうこと!?」
「前に何度か話しただろう? 俺自身に掛けられている、呪いを解く方法を探しに行くのさ」
「だって……お母さんは、どうするの?」
一人残される母を思ってか、その声は細かった。私は手を止めステラに向かい合うと、彼女の不安を慰める。
「お母さんは、トムさんが近くにいるから大丈夫だろう」
「トムさんって……農家の?」
頭を少し傾けて、顎に手を添えるのがステラが考え込む時の癖だ。その格好のまま彼女はうんうんと唸っている。
「しばらく前にマムシに噛まれたトムさんが診療所に担ぎ込まれてきただろう? その時から彼はお母さんにぞっこんなんだ。気が付かなかったのか?」
「そんな……全然。やたら野菜を届けてくれるなぁ、としか」
私はステラの言葉に苦笑いを浮かべると、彼女の頭を何度か撫でる。
「ま、そんな訳だから、お母さんは大丈夫だろう。それに、『お守り』着けてたら、そのうちどこかで会えるだろうさ」
そう言うと、ステラは頭につけたサネカズラの髪飾りに触れ、はにかみながら微笑んだ。
◇
「エリオット、お前がこの村に来て、もう5年か……」
「あっという間でしたよ。じゃじゃ馬と遊んでいたから、余計にね」
「そんな荷物で大丈夫か? ……いや、この村に来た時もそんな風態だったなぁ」
流れ者だった私を受け入れてくれた村長とこの村の人々には感謝しかない。大きめのリュックサックに旅の荷物を詰め込んだだけの軽装の私を心配して村長がそう言ったが、私が村にやって来たことを思い出してか一人納得したように、懐かしさを味わうように頷いた。
「道中身体には気を付けろよ。何かあったらいつでもここに帰って来るといい」
「ありがとうございます。それじゃあ……お世話になりました」
隣街に続く北に延びる街道に向け村を後にする。しばらく歩いて後ろを振り返ると、村長の隣にステラの母とトムが並んで手を振っているのが目に入った。
私は片手を挙げてそれに応え、今度は振り返ることなく隣街に向け歩を進めるのであった。
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