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再開、別れ。

「こんな魔境の奥に、神殿なんて……」



 魔境内で野営をし、黙々と樹海を抜けた先にそれはあった。大きさは村の教会と同じ程度だが、細やかな彫刻が施された柱や敷き詰められた大理石など、見る者の目を奪う美しさを保ったその神殿の前に私たちは立っている。ステラは一刻も早くこの神殿を目にしたかったのか、通常よりも上げたペースでここまでの道のりを踏破した。道中ウキウキとした様子だったが、実物を目にした時、その荘厳さに言葉を失っていた。すると突然神殿前に跪き、手を胸の前で組んで祈りの言葉を唱えた。

 

 

「天にまします我らが神よ、か弱い人の子にお与え下さったこの出会いに感謝いたします……」



 いつもの軽い口調とは異なり、村の診療所で治療にあたる真剣さで祈りを捧げる彼女の横顔に、木漏れ日が差している。この神殿の周りだけ開けた場所となっており、まるで安全地帯のようだ。祈りが済んだのか、立ち上がった彼女は膝の土埃を払いながら私に視線を向ける。

 

 

「……今までの教えを全部出しきれ。俺が後ろで見ててやるから、自分が思うように探索してみろ」



 そう言うと、ステラは軽く両頬を叩いて、いつもと違って丁寧に神殿入口の扉を開けた。恐る恐る内部を確認し、魔獣などの侵入された形跡がないことを確認すると、ステラは一歩一歩慎重に神殿内部へ入り込んでいった。私は風魔法を使い、空気の振動を確認しながら彼女の後に続く。村の教会であれば主祭神像が祭壇に祀られ、礼拝者の座る長椅子が並べられているが、この神殿を放棄する時に持ち去ったのであろうか、扉を開けた先に調度品は何も無く、ただ広い空間が広がっているだけだった。



「師匠……何にも、無いですね……」

「あぁ。だが、こんなところに神殿が残ってるだけでも……ッ!?」



 突如、何も無いはずの、二人しかいない空間に緊張が走った。何もない、魔獣の侵入も確認して探索を始めたはずだというのに、何者かの気配を感知したからだ。ステラと目を合わせると、彼女は腰の山刀を抜き、鞄に下げていた盾を構えると軽く頷いた。私もすぐに行動に移れるよう態勢を整える。気配は祀る物が無くなった祭壇の裏から放たれている。私とステラはにじり寄るようにして距離を詰め、気配の正体を確かめる。それは祭壇の裏から這い出ると、縺れた操り人形のような動きで立ち上がって私達に近寄る。枯れ木のような肌、虚の眼窩――アンデッドであった。なぜこんな未開の地に、一体だけ……そんなことが脳裏に浮かんだが、からん、という乾いたとにより思考はステラに向けられた。魔境で幾度も魔獣を屠ってきた彼女だが、人型の、アンデッドと対峙するのは初めてであった。初めて見たアンデッドに恐怖したのだろうか、右手に構えていたはずの山刀は今、彼女の足元に転がっている。

 

 

「拾えっ!」



 狼狽える彼女をよそに、アンデッドはゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる。身動きが取れない彼女に向かって、短く、鋭く警告する。しかし、彼女の意外な一言で今度は私が動きを止めてしまった。震える喉から絞り出されたのは、「お父さん」の一言だった。8年前、彼女の母の病気を癒すための薬草を採取するために魔境に足を踏み入れた彼女の父は、今、変わり果てた姿で再会したのだった。

 

 



 この世に強い未練を残し、適切な礼式を執り行わずに瘴気の濃い場所に放置された動く死体――アンデッド。古戦場や廃村に近寄ると、生者の生命力に反応して動きだし、生前の未練を晴らすためか、それともこの世に生きる者を嫉んでか――生者の命を狙って攻撃を仕掛けてくる。アンデッドの攻撃力は高いものの、動きは遅く脆いため単体であれば対処は難しくない。厄介なのはアンデッドの群れに襲われた場合である。

 

 

 彼我の距離が私の山刀の間合いまで近づいた時、私はようやく正気を取り戻した。横飛びにステラを抱え、アンデッド――彼女が父と呼んだ動く死体――から距離を取った。着地の衝撃で軽く咽るが、素早く立ち上がり迎撃の構えを取る。警戒する私をよそに、落ち着きを取り戻し立ち上がったステラは手を大きく広げてアンデッドと相対した。

 

 

「お父さん、久しぶりだね。ステラだよ。ヴィリエの村の薬師クラインと治療師ミリアンナの娘、ステラ」



 気丈に振る舞ってはいるが、声は今にも泣きそうなほど震えている。彼女の声が届いたのだろうか、自我を失っているはずのアンデッドとなった彼女の父は、動きを止めて彼女を虚ろな眼窩で見つめていた。

 

 

「その人は、私の師匠。お母さんと私を助けてくれたんだよ。いろんな魔法も、森の歩き方も、師匠に教わったんだよ」



 ステラはアンデッドとなった父を助けようとしているのか――一言一言捻り出すように語り掛ける。当初は堪えていた涙が、彼女の頬を伝わって冷たい床に落ちる。

 

 

「……す、て、ら」



 息を、飲んだ。有り得ない奇跡を目の当たりにして、心が震えている。がらがらと皺がれた声色ではあるが、彼は確かに娘の名前を呼んだのだ。ステラは腕を広げたまま、一歩一歩と父に近づいていく。そして、彼女は父を優しく抱きしめると、優しい声で浄化魔法を発動させる。

 

 

「ごめんね、お父さん。今までずっと一人で、辛かったよね? 苦しかったよね……。……天にまします我らが神よ、迷える人の子の魂の、行く手をお導きください。輪廻の輪にお戻しください。慈しみ深き御心にて、また逢う日までお守りください……。――上級浄化。お父さん、ありがとう。」

 

 

 涙声で詠唱を終えると、神殿に滞留していた魔素がステラの周囲に凝縮する。眩い輝きに包まれたステラの父が微笑んだように見えたのは、きっと気のせいではない。彼は浄化の輝きに誘われるようにさらさらと、天に還っていった。光が収まると、乾いた音を立てて彼の指輪が床に転がった。それを拾い上げたステラはぎゅっと胸に抱き、静かに涙を流した。

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