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勇者の旅立ち

 村の中央にある広場には、ほとんどすべての村人が集まっていた。広場に設置された号令台には二人の騎士と一人の少女が立っている。緊張により強張った表情の少女と目が合うと、眉間に寄った皺を一瞬だけ緩ませた。



「新勇者ステラの旅立ちに、万歳!」



 号令台の横に立った村長がそう叫ぶと、集まった村人たちの口から歓声が上がる。その歓声に応えるように新勇者と呼ばれた少女が右手を上げると、歓声は一際大きくなった。

 

 

「みなさん! ボクをここまで育ててくれてありがとうございます! 立派な勇者になって、魔王を倒して……絶対この村に帰って来ます!!」



 勇者、それに魔王――東の大陸に棲むと言われる魔王の勢力は、海を越えて私達の住む西大陸沿岸部に及んでいる。干ばつに飢饉、疫病の発生……。それらの脅威に対応するため、十数年に一度勇者を選定するための神託が下されてきた。号令台の上で村人たちに手を振っている少女も、先日の神託により選ばれた勇者候補の一人である。彼女は今日、西大陸中央部に位置する聖協皇国に向け出立し、そこで集められた他の勇者候補とともに魔王に対抗するための知識・技能を学んでいく。

 

 

 村人たちへの挨拶が終わった彼女は号令台から降りた後、村の入口に停めてある馬車へ向か――わずに、村人たちから距離を置いて集会を眺めていた私の所に駆け寄ってきた。

 

 

「師匠! 今までお世話になりました! 師匠のおかげでボクは……」

「大したことはしてないさ。それよりも、俺が教えた一番大事なことを――」



 頭を下げながら礼を述べる彼女の頭を撫でながらそこまで口にすると、やや遅れて到着した騎士の一人に撫でている腕を捕まれた。融通の利かなそうな鋭い顔つきで私を睨みつけながら大きな舌打ちをし、威圧しながら私に言った。

 

 

「師匠だかなんだか知らないが……貴様のような『無能者』が触れていいお方じゃないんだ」

「やめろっ! その手を離せ!!」



 ステラに腕を抑えられそう告げられた騎士は、渋々ながら私の手を離した。

 

 

 ――無能者

 

 

 この国では5歳の誕生日を迎えた子は主祭神から恩恵を賜る。ある者は火の加護、またある者は水の加護――恩恵により人々は魔法を行使し、その生活を豊かにしてきた。しかし、加護を授かった者の中には満足に魔法を使うことができない者も極少数ながら存在する。そういった者たちを嘲り蔑む言葉が、この無能者なのだ――『万能』の加護を授かりながら、全ての系統で初級魔法しか使えない私のように。

 

 

「……無能の厄介者め」



 もう一人の騎士が、忌々しい物を見る目で私を見やりながらそう言う。その言葉に怒りを露わにし食いつこうとするステラの肩に手を置きながら、私は顔を軽く左右に振った。

 

 

「今日は新勇者の新たな門出です。このぐらいにしておきましょうや」



 彼女の肩に触れていることを気に入らない騎士たちも、自分の抗議を止められたステラも、納得のいかない顔をしていたが、顎をしゃくって不安げな表情でこちらを見ている村人たちを示すとそれ以上何も言わなかった。

 

 

 

 

 馬車が見えなくなるまで手を振りながらステラ達一行を見送った私は、荷物をまとめて村長の自宅を訪問した。別れの挨拶をするために。

 

 

「エリオット、お前がこの村に来て、もう5年か……」

「あっという間でしたよ。じゃじゃ馬と遊んでいたから、余計にね」



 じゃじゃ馬か……と目を細めた村長の目には、どこか寂し気な色が浮かんでいた。『無能者』の原因を探り、その解決法を見つけようと放浪していた時に私が立ち寄ったのがこの村だ。この村に初めて来た日のことを、5年経った今でもよく覚えている。

 

 

 母一人、子一人の家庭で育ったステラが、村の西にある森の中にたった一人で探索に向かってしまったのだ。数歩足を踏み入れれば昼日中でもまるで夕方のような薄暗さと、どこからともなく襲い掛かる魔獣が跋扈するこの魔境には、腕に自信のある村の男衆でも滅多なことでは近づかない魔境であった。

 

 

 そんな魔境に10歳の子どもが――日没が迫る中、村人たちは決断を迫られていた。危険と犠牲を覚悟で魔境に入り込んでいくか、それとも……そんな中表れたのが『無能者』の私であった。私は事情を聞くと、単身魔境へと足を踏み入れた。無能者が行くなら俺だって! そういきり立つ村人は数人いたが、二次被害が大きくなる可能性を伝えると消沈して魔境へ向かう私を見送った。

 

 

 加護の力は生と死の境界で育まれる。それは、15年の放浪で得た教訓であった。『万能』という加護の力を授かった私は、しかし全てを使いこなすことができなかった。地獄の劫火を生み出そうとすれば焚火程度の火しか起こせず、砂漠を潤す水を生み出そうとすれば両手で掬う程度の水しか流れ出ない。しかし、そんな私でも、他人に対して誇れる点があった。

 

 

「光よ」



 魔境に足を踏み入れた私は、足元を照らすための魔法を唱えた。ぽうっと小さな燭台に灯された蝋燭のような心許ない光が、私の右足を照らす。

 

 

「光よ。光よ。光よ、光よ、光よ光よ光よ光よ光よ光よ……」

 

 

 唱える度、念じる度、淡い光が私を包んでいく。光が集まると、それは最早蝋燭などとは比べ物にならない眩い輝きとなり、私の周囲をまるで日中の太陽のように照らした。

 

 

「おぉーい! 助けに来たぞぉーーー!!!」



 大声が風に乗って届くよう、風を操りながら女の子に呼びかける。その呼びかけに応えたものは、ぎぃぎぃと人間の恐怖心を刺激するような魔獣の鳴き声だけだった。

 

 

 音もなく飛び掛かってくる魔獣。それは、巨大な角を額に生やした一角兎であった。人に飼いならされた犬よりも一回りは大きいそれは、弾ける発条のように勢いよく私へと飛び掛かってきた。

 

 

「火よ! 火よ火よ火よ火よ収束!!!」

 

 

 気配を頼りに、身体を横倒しにしながら一角兎に向かって火を放つ。収束された火は炎となり、束ねられた炎は槍のような鋭さで一角兎に突き刺さり、その体を内側から焼き尽くす。

 

 

 最弱魔法も使い方次第で上級魔法に劣らぬ威力を発揮する。私の莫大な魔力を基にした魔法の『同時発動』そして『収束』が、無能者である私が長い放浪の末に手にした武器なのであった。

 

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