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99.予言


 何度か感じたことのある感覚だった。

 明晰夢とも違う、それでいて自分がどのような状態かはっきりとわかる。


 真っ暗闇であるはずなのに、視界がはっきりとしていて、地面はないのに、地面に立っている感覚がある。

 アラタは無限の暗黒の中心で、一人立ち尽くしていた。


 それでも、アラタは動揺してはいなかった。

 これから何が起こるか予想できていたからだ。


 時間を調べる術はなかったが、十分は経ったと思う。 

 数歩とない距離に、いきなりあの老人が現れた。

 老魔法使い然とした、ネメシスがクラウンと呼んでいたあのエデン人だ。


「遅かったですね」


 アラタは落ち着いた口調で言った。


「早かったな」


 老人は厳かな声でそう言った。

 老人が続ける。


「正直、間に合わずに時間切れで終わってもおかしくないと思っていたよ。その点は称賛しよう」


 相も変わらぬ上から目線。

 それを不快に思うと同時に、老人の言葉に気になる点があった。

 時間切れで終わり、それは1stフェーズが終わりメンテナンスに突入するまでに試練を達成できなかった場合の話だろう。

 そうなっていたら、本当にアラタが消滅してしまうことを意味しているのかもしれなかった。


「茶番はいいです。早く試練とやらを始めてください、こっちは硬い寝床に飽き飽きしてるんですよ」


 老人が笑う。


「そう焦るな。力を示した以上、約束通り試練は受けさせる」

「別に受けたくないんですけどね。ほしいのは結果で、開放さえしてくれればそれで構いません」

「なら試練を受けるのだな」

「では、始めてください」

「まあ待て、試練はここで受けさせるものではない」

「ではどこで?」

「フィーンドフォーンの近くに廃神殿があっただろう」


 廃神殿。あのパララメイヤと攻略したダンジョンか。


「あそこに行くがいい。一人でな。試練はそこで始まる」

「わかりました。では消えてください」

「まあそう言うな。せっかくここまで来たんだ。聞きたいことがある」


 嫌だ、と言っても老人が消えることはないのだろう。

 アラタは仕方なく、


「なんですか?」

「アラタ・トカシキ。お前は何でも願いが叶うとしたら、何を叶える?」

「前も言ったと思いますがね、この領域から出ることですよ」

「それは試練の過程で叶う。その望みが叶ったあとは?」

「それなりに楽しく暮らせればそれで満足ですよ。だから何でも願いが叶うなんて興味ありませんし、1stフェーズが終わったら二度とアルカディアには来ないつもりです」


 自由に領域移動ができるようになったらどうするのか、その考えはずっと頭の中にあった。

 アルカディアを遊戯領域と見た場合には、それなりに楽しい体験をできているとは思う。

 パララメイヤや、ユキナや、メイリィ。それにロンといかにも遊戯領域的な遊び方をするのは、悪くないどころか正直に楽しいと言っていい。


 それでも何かしらの陰謀に巻き込まれているというのは不快であった。

 だからどうするか迷っていた。


 それが、この老人を目の前にして考えがまとまった。


「本気か?」


 真っ暗闇。

 地面すら確認できない暗黒でアラタと老人は対峙している。


 問いかける老人の声は、どこか演技じみている気がした。

 まるで本気ではない確信があるのに、いちいち質問しているような。


 アラタは本気だった。

 だから老人をまっすぐに見据えて言った。


「本気ですよ。よくわからない陰謀ごっこは僕のいないところで楽しんでください」

「もし星の試練を完全に超えれば何でも願いが叶うのだぞ? シャンバラでの名誉だって思いのままだ」

「興味ないですね。僕はかつての暮らしに満足しています」

「本当かな?」


 老人の眼差しが怪しく輝いている気がした。

 まるで心を見透かすような視線。


「名誉どころか、過去にあった出来事を書き換えることだってできるのだぞ。シャンバラに直接干渉できるというのはそういうことだ。取り返しのつかない過去をなかったことにできる。過ぎ去った過去を現在いまにだってできる」


 この老人は、アラタの何を知っているのか。

 おそらくカマをかけているわけではあるまい。

 このアルカディアには経験を読み取るシステムが組み込まれている。

 キャラクタークリエイトの時に選択できるクラスは個々の経験に応じたものだ。


 そしてアラタは規約上でそれに同意している。

 アラタの過去の経験を老人が知っていても何もおかしくはない。

 それでもアラタは言った。


「興味ないですね。最初の試練とやらを越えたら、次はないですよ。これでアナタの顔を見るのも最後だと思うと悲しくて仕方がありません」


 老人が口の端を歪めていた。


「予言しよう、お前は必ず戻って来るぞ、アラタ・トカシキ」


 老人の声が不気味に反響していた。

 無限の空間に見えるのに、音だけが狭い部屋で反響しているような奇妙な感覚。


「どんなことを言っても、どんなことをしても、必ず戻って来る」


 老人の声はさらに反響を増していた。


「そのセリフで、僕の復帰は100%なくなりましたよ」


 老人の姿が、薄くなっているように見えた。

 音の反響は更に増し、耳を塞ぎたくなるほどであった。


「言っているがいい。これは運命に近い。楽しみにしているぞ、アラタ」


 老人がアラタの名を呼んだ声が反響する。


「アラタ――――アラタ――――アラタ――――アラタ!! いい加減起きぃや!! どんだけ寝とんねん!!!!」


 ハリセンで頭をぶったたかれてアラタは飛び起きた。


 身体のバネを使って一気に立ち上がり、寝ぼけ半分に周囲を見回す。

 そこはデザイアマウンテンの出口近くの草原だった。


 メイリィが呆れた目でアラタを見ている。

 パララメイヤが困ったような笑みを浮かべている。

 ユキナはハリセンで手を叩きながら、


「なに寝ぼけとん」

「いえ、寝ぼけてませんよ」


 と言っても説得力はなかろう。

 目覚めてこんな動きをする人間がいたら、アラタだって寝ぼけていると考える。


「エデン人からの接触があったんですよ」


 ユキナは考えるような間をおいてから、


「夢やろ?」

「だから、エデン人は夢からも接触できるんです」


 ユキナは半信半疑な瞳で見ている。


「それで? エデン人様はなんて伝えてきたの?」


 メイリィが聞く。


「試練は、フィーンドフォーンの近くで始まるそうです」

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