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96.束の間の休息

 

 歪む空間を前に、アラタは緊張を高めた。

 エデン人の複製体か、それともそれ以外の脅威か。

 普通に考えれば今ログアウトした内の誰かが本命かもしれないが、そうだったらそうだったで笑い話になるだけだ。

 万が一に備えることにこそ意味がある。


 猫のような身のこなしで起き上がり、歪んだ空間に向かって構える。

 歪んだ空間から人型が形成されていく。

 そうして姿を現したのは、パララメイヤだった。

 身構えるアラタにびっくりしたような顔をしている。


「なんだ、メイヤですか」


 アラタは構えを解いて、何事もなかったかのように言った。


「ど、どうしたんですか!?」


 とはいえ、パララメイヤの方から見たら何事もなかったようには見えなかったようだ。


「いえ、警戒しただけですよ。最近色々と物騒なので」

「そ、そうですか。よくわからないですけど」

「ところでどうしたんですか? 何か忘れ物でも?」


 パララメイヤが答えるまでには、少しの間があった。


「えーと、その、アラタさんとちょっとお話したいと思いまして」

「いいですよ、そこ、座ってください」


 言ってアラタは焚き火周りの石を示した。

 アラタは先に腰を掛けた。次いでパララメイヤも腰を下ろす。


「それで、話ってなんです?」

「いえ、これと言ってないんですけど……」


 会話が一旦途切れてしまう。

 アラタは訝しむ。話があると言ったのに話題がないとはどういうことか。

 そこまで考えてアラタはようやく気づいた。

 パララメイヤはおそらく気を使ってくれたのだ。


 アラタはログアウトができない。

 つまりダンジョンに一人取り残されて一晩を過ごすわけだ。

 誰もいない洞窟のような場所で寝なければならない。

 普通に考えたら心細い状況なのかもしれない。

 

 そんな時、話し相手がいたらいくらか気が紛れるだろう。

 つまりはそういうことなのだろう。


「もしかして話し相手になってくれるために戻ってきてくれたんですか?」

「お邪魔でしたか?」


 パララメイヤが申し訳無さそうに言った。


「そうでもないですかね。暇過ぎてもう寝てしまおうかと思ってたところだったので」


 それを聞いてパララメイヤは安心したようだった。

 パララメイヤが優しげな眼差しでアラタを見ている。


 さて、どうするか。

 話すと言っても何を話せばいいのかさっぱりわからない。

 クエストをこなしながらの雑談には慣れていたが、こうして面と向かって話をするとなるとすぐには話題を思いつかなかった。

 アルカディアの話をするか、それとも別の遊技領域の話でもするか。

 アラタが迷っていると、パララメイヤの方が先に口を開いた。


「アラタさんはログアウトできるようになったらまず何がしたいですか?」


 少し遠慮したような口調だった。

 ログアウトできない、という事実に気を遣っているのかもしれない。


「そうですね、まず伸びたカップ麺が食べたいですね」

「カップ麺?」

「太古のインスタント食品ですね。お湯を注ぐだけで完成するラーメンです」

「美味しいんですか? それ」

「まあまあってところですかね」

「まあまあなのに真っ先に食べたいんですか?」

「好きなんですよ、あの味に、チープな感じに、他にも色々」


 話を聞いているパララメイヤは、妙に嬉しそうに見えた。


「どうしたんです? 何か面白いですか?」

「面白いというか、シャンバラでのアラタさんのことが知れて嬉しいなって」


 忘れかけていたが、パララメイヤはアラタ・トカシキのファンなのだ。

 こうも直接的に好意をぶつけられるとどうにもいたたまれない気持ちになる。


「あとはBeginner Visionの曲が聞きたいですかね」


 そう言って思い出した。

 パララメイヤもBeginner Visionのファンなのだ。

 なにせ、ボーカルに似せたアバターを使っているくらいだ。

 前は遊戯領域内でシャンバラの話をしたくなかったのか話に乗ってこなかったが、雑談しかすることがない今ならいいのではないか。


 それでもパララメイヤはどこか浮かぬ顔だ。

 さっきまでは嬉しそうにしていたのに、今はどこか困ったようにしている。


「Beginner Visionの話は嫌ですか?」

「嫌というわけじゃないんですけど」


 どこか引っかかる言い方だった。


「なにかあるんですか?」


 パララメイヤは言葉を選ぶような間をあけて、


「今Beginner Visionは活動休止していて……」


 いきなりショッキングな話題だった。

 アラタはこのアルカディアから出たら、新曲のひとつでも出ていることを密かに期待していたのだ。

 それが活動休止とはどういうことなのか。


「ここ最近で一番悪いニュースですね」

「そ、そんなにですか?」

「割とマジでそうですね」

「その、なんていうかごめんなさい」

「メイヤが謝る必要はないですよ」


 とは言いつつも、アラタは大きなため息をついた。

 この領域から出た時の楽しみが減るのは悲しいことだ。


「そんなに好きなんですか?」

「好きですよ」

「どこがそんなに?」

「遊技領域をテーマにした曲っていうのも面白いんですが、詩がいいですね。あとはひよどりの声も好きで――――いや、違うな」

「違う?」

「好きだから好きなんですよ。曲を聞いていいなって思って、それがすべてです。理由を探せば色々ありますが、好きだから好きという直感に従うのが、僕は正しいと考えてます」


 それを聞いたパララメイヤは、どこか幸せそうにすら見えた。

 同じファンとして嬉しいのかもしれない。


「しかし、アルカディアもえらくグローバルツールを制限した領域ですよね。音楽すら聞けないなんて」

「もし使えたらBeginner Visionの曲を流しながら話すんですか?」

「単純に久々に聞きたいって話ですけど、そういうのもいいかもしれませんね。聞きながら曲について話すのはちょっと面白そうです」


 そこでパララメイヤはちょっと照れくさそうにしながら、


「もしよければ、わたしが歌いましょうか?」

「え?」

「その、Beginner Visionの曲を。聞きたいんですよね?」


 どうしてそんな発想になるのか疑問だった。

 聞きたいと言ったら歌いましょうかとはどういうことなのか。

 とはいえ、そう言われていりませんとはアラタでも言えなかった。


「いいかもしれませんね。では――――」


 月花、は違うか。前にパララメイヤも歌っていた曲だ。

 それよりもこんな場面で似合う曲は、


「束の間の休息でお願いします」

「わかりました」


 パララメイヤがコホンとひとつ咳をした。

 それからパララメイヤは歌い出した。


 アラタの疑問は、パララメイヤが歌いだしてから五秒も経たずに氷解した。

 歌いましょうか、などという発想が出てくるわけだ。


 あまりにも上手すぎた。

 声帯を似せている、というせいもあるかもしれないが、本当にBeginner Visionの鵯が歌っているように聞こえた。


 聞き惚れる、と言っていい。

 アラタはパララメイヤの歌声に魅了されていた。

 

 目の前で実際に人間が歌っている、それもまた特別な体験として相乗効果があったのかもしれない。

 アルカディアのダンジョンの中で、二人で焚き火を囲みながら歌を聞く。

 アラタはそんな状況が、どこか現実ではないような気すら感じていた。


「どうでしたか?」


 歌はいつの間にか終わっていた。

 そこには、ちょっと恥ずかしそうにしているパララメイヤがいた。


「素晴らしかったですよ。本物かと思いました」

「よかった!」

「じゃあ次は何をお願いしますかね」

「え、え、これ一曲ですよ! 恥ずかしいですし!」


 結局それ以上パララメイヤは歌ってはくれなかった。

 それでもその夜は退屈なものではなくなった。

 夜が更けパララメイヤがログアウトした後、アラタはすぐに眠りにつくことができた。

 

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