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93.まるで喧嘩腰で


 アラタたちはレベリングを最優先で進めることにした。

 レベルでの強さの伸びはそれほどでもないが、それでもスキルレベルの上昇、新しいスキルの習得というのは確かな強化に繋がるものだ。

 それを言えば装備の更新も確かな強化になるが、スキルの習熟というのは実際のプレイフィールに関わる部分だ。

 早くから覚えておけば、その分実戦を通して練習ができる。

 

 他にも、保険という意味合いもある。

 混雑しないようにミラーを作ってプレイヤーを分散させている最初のフェーズでは、レベルキャップが30に設定されているのだ。

 この上限に到達するのは絶対にやっておきたい項目だ。

 レベリングの速度がどれくらいになるかわからない以上、真っ先に取り掛かかって確実に終わらせたかった。


 最初に受けたクエストは馬車の護衛クエストだった。

 シュトルハイムからガイゼルまで、坑道とは別の山道を行くルートの護衛を担当するものだ。

 極めて簡単なクエストだった。

 なにせ、何がどんなタイミングで襲ってくるかがわかっているのだから。


 次に受けたのはヴィーア山に巣食う魔物を倒すクエストだ。

 これはヴィーア山に向かった冒険者から行方不明者が出ており、その捜索を行えというものだ。

 本来ならば捜索クエストからボス戦に突然発展するというクエストだが、事前にネタがバレていれば驚くことはなにもない。

 それどころか、ボスが火喰い鳥だということも事前にわかっているのだ。

 事前に耐火ポーションや武器への氷属性付与など準備万端で挑むことで簡単にクリアできることができた。


 レベリングは万事この調子で、安全に、簡単に、そして素早く進行していった。

 この時点で既にミラー42で最もレベルが高いのはアラタ達だっただろう。


 そもそもシュトルハイムに来ているプレイヤーすらほぼいないのだ。

 アラタがシュトルハイムで見かけたプレイヤーは二人だったが、見つけるたびに物質人を見たような気分になって二度見して確認したものだ。


 途中であった変わったことと言えば、ロンの復帰だった。

 アラタはロンが強制ログアウトになった一因でもあったので、復帰のタイミングにはユキナと一緒に迎えることにしていた。


 ガイゼルのポータルから出てきたロンは、前と寸分違わぬ弁髪で、いかにもガラが悪そうだった。

 その顔は復帰が嬉しいというよりも、面倒そうという顔をしているように見えた。


「どうしました? 復帰が嬉しくないんですか?」


 ロンはうんざりしたように首を振って、


「嬉しかないさ。またお嬢のお守りをしなきゃいけないんだからな」


 そこでユキナがハリセンを取り出して、ロンを乱暴にぶん殴る。


「ちょっとお嬢! 冗談ですって!!」


 ロンが言ってもユキナは聞かない。

 ハリセンの音がガイゼルのポータル周辺に響き、近くのプレイヤーがなんだなんだと寄ってきてようやくユキナは収まった。


 そこでレベリングは一時的に中断され、ロンの出荷が行われることになった。

 出荷と言ってもロンをどこかに売りに出すわけではない。

 ゲーム用語でダンジョンなどのクリア者が未クリア者を手伝ってクリアさせることを意味する。


 キャリーという呼び方もあるが、これは本来実力不足のものを無理やりクリアさせる時に使う言葉だ。

 アラタとしてはロンなら実力十分だと思うのだが、ユキナが「ロンの出荷手伝ってや」と頼んできたのだ。

 単独でクリアできず、クリアできるパーティを探すのも難しい以上出荷といえば出荷なのかも知れない。


 ガイゼルからシュトルハイムに向かうルートは複数あるが、結局は同じヴィーア坑道をクリアすることにした。

 知っているダンジョンをやらねばクリア者のアドバンテージがない以上当然そうなるわけだ。


 パーティはアラタとロンと、ユキナにパララメイヤだった。

 道中のパーティ分けは、アラタとロンが組むことになった。

 

 意外なことに、ロンがそれを希望した。

 近接同士だが、中ボス戦で近接と遠隔がそれぞれ必須になるようなギミックはなかったので問題ないと思われた。


 パーティが分かれ、ロンと二人になってしばらくした時だった。


「ようやく二人きりになれたな」


 ロンが立ち止まった。

 歩きながらでも話せるのにわざわざ止まったということは、重要な話か、それとも剣呑な話のどちらかだと思われた。


「どうしました? 愛の告白でもしますか?」

「バカ言ってんじゃねぇよ」


 ロンはアラタの言葉を鼻で笑った。

 それからアラタにしっかりと向き直り、


「俺がいない間、お嬢が世話になったようだな」


 対峙するロンの目つきは鋭い。

 そんなに怒らせるようなことをしただろうか、とアラタは振り返る。

 ユキナを悪いように扱った記憶はそれほどない。

 もしかしたらあれだろうか。

 敵の攻撃を回避させるために、ユキナを思い切り蹴り飛ばしたやつ。


「いや、あれはああしなきゃユキナに敵の攻撃が直撃したからで――」


 それを聞いたロンは眉をしかめ、


「何いってんだ?」

「いえ、なんか怒ってるんじゃないんですか?」

「は? どうしたらそうなるんだよ」


 ロンの目つきで世話になったようだな、などと言われたらまず絡まれていると考えて当然だと思う。

 どう見たって喧嘩腰にしか見えない。

 アラタはそう言うか迷ったが、話をややこしくするつもりもないので黙っておいた。


「礼を言ってるんだよ。俺がいない間お嬢と遊んでてくれたみたいだしな」

「それは、まあ。僕の方も色々と助けてもらいましたけど」

「お嬢な、たまにログアウトしてシャンバラに戻った時、そりゃあ楽しそうに話しててな。あんなお嬢は久しぶりだ」


 現実シャンバラのユキナの話か。

 アラタは楽しそうに話す現実のユキナを想像してみたが、頭に浮かぶのは麻呂眉をした長い黒髪の兎人ワービットが話しているところだけだった。


「そういうわけでこれからもお嬢をよろしく頼むわ」


 本当に大したことをしたわけではない。

 装備やらのことまで考えると、むしろアラタの方が助けられているまである。

 それでも面と向かって頼むと言われると照れくさいやらなにやらで、ロンの目を見るのが難しかった。

 アラタは歩きだしてロンに背を見せ、


「善処しますよ」


 とだけ言った。


 中ボスを倒し、合流し、ボスのところまで到達すると、そこには再度、あの魔道士がいた。

 アラタのことを全く知らず、あの時と同じ自信満々でセリフを吐いていた。

 パーティのホストがロンなせいだろう。


 ボス戦であるというのに、念信は談笑じみた空気に満ちていた。

 全員が前回より気楽に、落ち着いて戦うことができた。


 結果は楽勝であった。


 そうしてまたレベリングが再開された。

 万事順調で、問題はなにひとつ起こらなかった。


 レベリング開始から五日目で既に、アラタ達は1stフェーズのレベルキャップであるレベル30に到達していた。

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