92.信頼できる仲間と
アラタが集合場所に指定したのは、ユキナの新しい拠点だった。
シュトルハイムについて間もなく、ユキナは工房を借りていた。
新しい工房は大通りにあり、ガイゼルにあった工房よりもずっと利便性が良さそうに見えた。
工房に集結したのは、アラタとパララメイヤ、ユキナとメイリィの四人だ。
借りたばかりの工房は、さすがに散らかっていなかった。
真新しい作業台に、休憩用の椅子にテーブルと、工房内は手つかずといった状態だ。
四人はそれぞれ工房内の適当な場所に座っていた。
「わざわざ集めてなんなの? アタシまで呼んだってことは面白い話?」
「みんなで一緒にレベリングしませんか? と考えまして」
「めっちゃ普通やな。そんなん念信でええやん」
「それはまあそうなんですが、直接会った方が誘いやすいですし、そのまま行くなんてのもできますしね」
「えらい急やな」
「わたしは別に大丈夫ですけど、なにかクエストのアテがあるんですか?」
「あるからこうして集まってもらったんですよ。ちょっと特殊ですけどね」
「特殊?」
「これを見てもらえますか?」
アラタは、ネメシスからもらったファイルをそのまま三人に送りつけた。
今の時点では、値千金の情報をだ。
パララメイヤとユキナはこの情報を他に漏らしたりはしないだろう。
パララメイヤは口止めすれば話さないだろうし、ユキナ口止めしなくても自己が利益を独占するために他人に情報を与えたりはしないはずだ。
メイリィに関しては未知数なところもあるが、面白いから、で情報を漏らすとは思えなかった。
アラタはこの情報を共有することについては、あまり悩まず即決した。
速度を得るには人数が必要だ。
三人の目つきが網膜に表示されている情報を見ているものに変わった。
「なんです、これ、すごいじゃないですか」
そう言ったのはパララメイヤで、ユキナは無言で情報を貪っているように見えた。
メイリィは既にファイルを閉じたのか、その視線はアラタに向けられていた。
「これを使ってレベリングをしようって話?」
「そうです。面白くなさそうですか?」
「別にいいわよ」
メイリィが軽い感じで言った。
アラタにはそれが少し意外だった。
メイリィはアラタの表情を正確に読み取ったようで、
「なに? 意外なの?」
「ええ、攻略情報に従って最高率でレベル上げみたいなのは、そんなに好きじゃないかと思いまして」
「そうでもないかな。だって、戦いを最大限に楽しむには準備が必要でしょ? それに強くなったり、ステータスやらなにやらの数字が大きくなっていくのは。割と楽しいわ」
アラタはその一言に、自分でも理解できないほど好感を抱いた。
数字が大きくなっていくのが楽しい。それは、ゲーマーとしての性だとアラタは考えている。
メイリィも破天荒なムーブはするが、根はゲーマーなのだ。
そんなくだらないことで、アラタのメイリィに対する警戒心は一気に吹き飛んでしまった。
アラタはそんな考えに自嘲的な笑みを浮かべた。
「変な顔してどうしたの?」
「いえ、なんでもないですよ。ではメイリィは協力してくれるということでいいんですね?」
「いいわよ。どっちにせよアラタがこの領域から出られるまでは助けるって約束はしたし。けど忘れてないわよね?」
「シャンバラで会う話でしょう? いいですよ、出られたらですけど」
出られたら、の話だ。
もし出られなかったら、その時の話は、今は話すべきではないように思えた。
メンテナンスまでに出られなかったらアラタは消えてしまうかもしれない。
そんな話をして心配させる意味はおそらくない。
負けた時のことを考えても仕方がないのだ。
「メイヤもいいですよね?」
「もちろんです! というかこんな話、わたしたちの方がお願いするくらいだと思いますよ」
「助かります。それでユキナは――――」
そうしてアラタはユキナへと視線を移す。
ヤバかった。
何がヤバいかと言えば、ユキナの目つきだ。
網膜情報に集中しているもの特有の虚ろな目つきだが、その目が完全に金になっている。
どれだけ上機嫌なのかわからないが、耳がぴょこぴょこと動きっぱなしだ。
何もしていなければ相当な美少女なのに、ヤバい目つきで微動だにせず耳だけすごい勢いで動かしているユキナはどう見たって危ない人だった。
「ユキナ? ユキナはどうですか?」
反応がない。
頭の上に立派な兎耳があるというのに、まるで聞こえていないかのようだ。
「ユキナ! ちょっと聞こえてますか!!」
ユキナはヤバい目つきで固まったままだ。
うっそだろ、とアラタは思う。
本当に反応しないのだ。人間はここまで集中できるのかとある意味驚嘆せずにはいられない。
「ユキナさん!? ユキナさん!?」
パララメイヤがユキナに近づいてその肩を揺すった。
そうしてようやくユキナはハッとしてから、自分が今どこにいるのか確認するように部屋中を見回し、
「なになに!? 何の話!?」
「本当に聞こえてなかったんですか?」
「アラタなんか目つきこわない? 冗談やって、ちゃんと聞いてたよ」
「ではなんの話をしてましたか?」
ユキナは答えるまでにたっぷり五秒は間をあけて、
「……お金の話?」
アラタはため息。
「違いますよ。いえ、ある意味ではそれも関わるでしょうけどレベリングの話です。ユキナも一緒にやってくれますか?」
「おもろいこと言うなぁ。こんなんもらって断る商人はおらんよ」
「それは助かります」
アラタは三人に向き直るように位置を変えた。
「ではみんなでレベリングしましょう。それで、できれば時間の許す限り集中してやりたいんですが、みんなの予定はどうですか?」
「ウチは空いとるよ。空いてなくても空けるわこんなん」
「アタシもオッケー。どうせやるなら手っ取り早く終わらせちゃいたいしね」
「わたしも大丈夫です」
ひとまずこれで面子は揃ったわけだ。そのことにアラタは内心で安堵する。
この三人が参加してくれることは効率を上げるだけではなく、次のダンジョンに挑む面子候補の強化にも繋がる。
その点で、三人が了承してくれたのはとても大きい。
「あ、でもちょっとは製作関係の時間もほしいかも。ロンが明日には復帰やから、二人交代で入ってもいい?」
「それは構いません」
「ありがと。しっかしどこからもらった情報か知らんけど、こんなん渡しちゃってええの?」
「どういう意味です?」
「めちゃくちゃ貴重やろ、こんなん。それをこんな太っ腹に」
「信頼してるんですよ、みんなを」
半分は冗談のつもりで言ったセリフだった。
特に、メイリィに対しての皮肉の意味で。
しかし、口に出してみるとなんだかムズムズとするような奇妙な感覚がした。
信頼できる仲間。本当にそうなのかもしれない。
「ねえ、アラタそれ照れてない?」
「て、照れてませんよ」
「めっちゃ照れてるじゃん。顔ちょっとだけ赤いよ?」
「そういうカマかけは通じませんから」
「かわいい」
そう言ってメイリィはむふふふーと笑う。
「と、とにかく話を受けてくれてありがとうございます。どういう手順で進めるかをみんなで考えましょう」
経験値稼ぎ、装備集め、素材集め、どういった手順でクエストをこなしていくかの作戦会議は、非常な熱意を持って進められた。
その最中も、メイリィがアラタをからかうのだけはちょくちょく挟まれていたが。




