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91.イカサマじみた攻略情報


 メンテナンスまであと十三日。

 アラタはそのことを考えていくらか寝付きが悪かった。

 目覚めた時には頭が重く、起き上がるまでいくらかの時間が必要だった。


 朝になると、ネメシスからファイルが送られて来ていた。


 ある意味では賭けだった。

 ネメシスが味方だとはまだ確定したわけではない。

 見世物とやらをいい具合に調整するバランサーをしている可能性だってある。

 美味いクエストなどを教えてもらうというのも、本当の情報が来るとは限らない。


 けれど、ネメシスがエデン側の用意した駒の一つだった場合、ここで罠を仕掛けてくるとは思えなかった。

 あの老人――ネメシスはクラウンと呼んでいたか――が積極的にアラタを弄ぶ存在だとしたら、ネメシスには別の役割が与えられているはずだ。

 例えば、味方として進行を助けて最後の最後ではしごを外すとか。

 かなり捻ったゲームならラスボスなんて展開だってあるかもしれない。


 しかし、雰囲気からネメシスが敵対者という気はしなかった。

 そうなったらそうなったで、シャンバラがこの領域に仕込まれたウィルスによって危機的な被害を受ける可能性がある、という話が真実になってしまう。

 話の規模が大きすぎて、アラタは未だにそれを信じきれないでいる。


 ともあれアラタが直近のメンテナンスまでに移動できず、メンテナンスに巻き込まれてしまうのが不味いのは間違いない。

 普通、領域そのものをいじる時には中に人間がいないのを何重にもわたってチェックするものだが、アラタの現在の状態は極めて特殊だ。

 何が起こってもおかしくない状態ではある。

 最悪アラタが消滅してしまう、という話が真実でも違和感はない。


 消える、ということを考えそうになってアラタは首を振った。

 負けた時のことを考えるな、は師匠の教えだ。

 負けたあとのことなど、負けてから考えればいいのだ。

 勝負の最中に負けた時のことを考えて動きの精度が下がったのでは意味がない。


 アラタは頭を切り替えてネメシスからのファイルを開いた。


 ファイル名がネメモ、という時点でちょっと嫌な予感はした。

 普通に考えるならばネメシスメモの略なのだろうが、なぜそんなタイトルがついているのか。


 ファイルを開いてみるとしっかりと攻略情報は載っていた。

 載っていたのだが、その作りには一言二言いいたいことがあった。


 まず現時点で行ける経験値効率のいいクエスト、有用な装備が手に入るクエスト、装備を作るための希少な素材が手に入るクエストと三つの項目に分かれて構成されているのがわかる。

 ページ数が多く、かなり細かい情報まで載っていそうだった。

 エデン人がシャンバラに属する領域で分割思考や高速思考をどれだけ行えるかわからないが、一晩で作ってくれたならば相当なボリュームに思える。


 ではどこに対して一言二言物申したいのかというと、そのデザインだ。


 最も目に付くネメシス一押しという項目には、デフォルメされたネメシスと思しきキャラクターが指示棒を持ったイラストが添えられていた。

 かわいいといえばかわいいのだが、情報を教えるにあたってこんなものが必要あるのだろうか。


 それだけではなく、各ページにもそういったイラストは配置されていた。

 炎属性の敵が出るクエストの欄では、ぐでぐでになって氷枕を頭に乗せているネメシスが「熱対策をしないと大変かも……」と吹き出しに書いてある。

 レアクエストの項目を見ても、目をキラキラさせたデフォルメのネメシスが「星を追うもの(スターシーカー)なら発生させられるかも!?」などと吹き出しに書いてあった。


 実際に話していた印象とあまりにも違いすぎる。

 それだけで別人が送った罠なのではないかと疑ってしまう。


 あれか、念信だと別人のように振る舞うタイプか。

 そういうやつはたまにいる。

 ネメシスはエデン人だが、元はシャンバラ人か物質人なはずだ。

 そう考えれば、ネメシスも人間であり、そういったタイプの人物なのかもしれない。


 まあ気にはなるが、この際デザインやらなにやらは無視することにする。

 問題はその情報の中身が有用かなのだから。


 アラタは朝の時間を使って、ベッドで横になりながらファイルの内容に目を通した。

 その感想は、これが本当なら極めて有用、だった。


 今まではクエスト探しから始めて、その中から効率がいいもの、やる価値のあるものを選別して受注するという手間を踏んでいた。

 その過程がなくなり、やる価値のあるものだけを探す手間なくこなせるのだ。


 それにクエストの内容がわかっているという点も大きい。

 事前に対策して難易度を下げることが容易だ。

 安全面を確保しながら報酬の良いクエストができるだけだ。


 しかもすべてがわかった状態で動けるのだから、近い場所、同じようなルートでクエストをまとめてこなすといったことだって可能だ。

 これがあれば段違いの速度でビルドができるだろう。


 アラタはネメシスに美味しいクエストを教えてくれと言った時、ふたつみっつのクエストを教えてもらえたら儲けものだと考えていたし、教えてくれない可能性だってあると思っていた。

 それがこの量だ。

 見ている限り、シュトルハイムで受ける価値のあるクエストはすべて網羅されているのではなかろうか。


 真面目にやっているプレイヤーなら喉から手が出るほどほしいものが、何の苦労もなく手に入ってしまった。

 まったくイカサマじみたアドバンテージだ。


 もしこの情報を他のプレイヤーに売りつけたらどうなるのか。

 そんなつもりはまったくないが、それでも考えずにはいられない。

 客を選んで美味いことやればアルカディア内でなら金に困らなくなりそうだし、シャンバラでなら見たこともないほどの栄誉が手に入るのではあるまいか。

 

 そんな情報が手元にある。

 アルカディアに閉じ込められた不運を覆すほど、とは言えないが、それでもこのアルカディアに来てから最も幸運な出来事かもしれない。


 残り十三日。

 時間は限られている。


 しかし、この情報があれば、その期間でも十二分なビルドができるだろう。


 アラタはベッドから立ち上がって宿を出た。

 

 さあ、高速レベリングの時間だ。

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