73.来客
半分は思いつきだった。
ユキナは朝起きて、アラタを呼ぼうと考えた。
その大きな理由は、単に会いたいから。
この感情の正体はわからなかったが、ユキナは衝動に従うタイプだ。
アラタ・トカシキは凄まじいプレイヤーで、あれほど腕を感じさせるプレイヤーはそうはいない。
いくらか名が通っているとはいえ、それと実際の腕には大きな乖離があるように思えた。
まさしくユキナの憧れるような力だ。そういったところから、妙に惹かれるのかもしれない。
それともまさか、惚れでもしたのか。
わからなかった。
まあそれならそれでいい気もするが、深くは考えないことにした。
また一緒に遊びたい、それがすべてで、それだけ考えればいい。
ではどうすれば会えるか、と考えた結果、昨日の出来事を聞けばいいと思った。
本当に気になる部分もかなりある。
昨日のクエスト、あれはどう考えても普通ではなかった。
あるいはレアなクエストではああいったPvP仕様で行う特殊戦闘もあるのかもしれないが、そうとは思えなかった。
霊木を倒して謎の光球が出現するまでに、アラタが誰かと話していたように見えたからだ。
ソロゲーばかりやっているプレイヤーに独り言が多いのはよくあることだ。
調べた限り、アラタ・トカシキは延々とソロゲーをプレイしていたようであるし、それだけだったならば「ソロプレイヤーに独り言が多いって本当だったんだ」で済んだかもしれない。
しかし、その直後に謎のボス戦が追加されたわけだ。
偶然であるはずがない。
アラタ・トカシキの理念である星を追うものは特殊なイベントの発生率を上げるものだ。
あれはその理念によって発生した特殊イベントなのだろうか。
どうも納得がいかない。
それに、アラタの瞳も気になる。
右目に薄っすらと何か文様が浮かんでいた。ユキナがキャラクリで確かめた範囲では、あのような装飾はできなかったはずだ。
よくあるオッドアイにすることはできても、瞳の中に文様を描くことはできない。
さらに言えば、NPCすらあの瞳に反応していた。
あれも何かしらのイベントに関わるものなのかもしれない。
どこまでも疑問が尽きなかった。
ではどうすればいいかと言えば、アラタに聞いてしまえばいい。
ロンがやられた以上、ユキナも一応は巻き込まれた立場だ。
アラタが原因であるならば、アラタには答える義務もある。
直接呼び出して話を聞くのは不自然なことではないだろう。
それならアラタと会う理由にもなるし、疑問の答えもすぐに手に入る。完璧だ。
今ならとやかく言いそうなロンもいないし、素晴らしい考えだと思った。
思い立ったが吉日、ユキナは即アラタに念信を送った。
アラタは素っ気ない感じではあったが、ユキナの工房に来ることを拒否はしなかった。
現在時刻は八時半。あと一時間半もすればアラタが来る時間だ。
ちょっとくらい部屋を片付けておくか、とも考えたが、ロンの手伝いがないことを思い出してすぐに断念した。
まあ工房ではなく二階の部屋で話せばよかろう。
ならば空いた時間をどうしようか。
せっかくの来客である。ちょっとしたおめかしをしてもいいかもしれない。
ユキナはバザーを眺め始めた。
ユキナはいわゆるオシャレ装備を探していった。
やはりまだ大した出品がない。
あるのは馬鹿げた価格のレアアイテムか、大した事のない安っぽい装飾品だけだ。
オシャレ装備を見ているうちに、ユキナはすぐにおめかしでもしてみようかという当初の考えは忘れていた。
バザーはもちろんチェックしているが、製作やレベリングに夢中で全ジャンルの綿密なチェックができているわけではない。
特に、低額の商品はチェックから漏れがちだ。
ユキナは改めてオシャレ品を見ていると気付いたことがある。
この手の遊戯領域では、レアなオシャレ品はとてつもない需要で高値がつくものである。
アルカディアも例に漏れないが、現状では買い手がほぼいないようなのだ。
出品自体も稀で、買われた履歴を見ても全く買われた形跡がない。
武器出品でもわかってはいたが、やはりマネーの排出量が現状では少なすぎるのだろう。
それに比べて、オシャレ品の安い商品はかなり売れ行きが良かった。
安いとはいえ、原価から考えるとかなり割高と言える。
しかもこれだけいい商材であるのに、真面目に出品をして商売をしようとしている人間の痕跡がない。
販売履歴を見ても同じ出品者は見当たらなかった。
つまり、たまたまドロップなどで手に入れたか、レベリングの過程で一個作って出品してみましたという人が多いのだろう。
そこからはもう、来客が来るのでおめかしをしようかなどという考えは毛ほども残っていなかった。
素材を店売りで揃えられるかどうか、原価、売れ行き、そういったものをチェックしていく。
調べていくと、安めのオシャレ品を量産するのはかなり良さそうに思えた。
高額な武器は売れると凄まじいし、補充の手間も少ないのは利点だが、空き時間が多くなりがちな面もある。
そういった空き時間の一部で低額のオシャレ品を作るのはかなり良さそうだ。
こういった遊戯領域での商売に一番大事なのはスタートダッシュだ。
領域が分割されていて独占状態になっている今は特に重要だ。
やれる範囲で手広くやって資産を作っておくにこしたことはない。
早速素材の買い出しに、とそこまで考えたところで、ようやくアラタのことを思い出した。
時計を呼び出すと、現在時刻は九時三十分。
あっという間に一時間が経っていた。
素材を買い出す時間はなく、アラタが来るまでに他に何かをする時間もない。
仕方がないのでよく使う中間素材でも作っておくかと思ったその時だった。
工房の扉にノック音。
かなり早いな、とユキナは思ったが、アラタとてやることがなかったら早く来てもおかしくない。
ユキナは散らかった工房を歩いて扉に向かった。
アラタから到着の念信がなかった時点で、不自然に思うべきであった。
今はロンがいないし、ユキナもカラクリが出せない状態にある。
それなのに、色々なことを考えすぎて警戒心が疎かになっていた。
ユキナは扉を開ける。
「早いなぁ……」
そう言ったところで、ユキナは凍りついた。
扉の外にいたのはアラタではなく、見覚えのある顔にタトゥーを貼り付けた男だった。




