69.元気を出す方法
まさしく乾坤一擲。その一撃の成果がアラタの瞳に映ることはなかった。
集合体の開口部が右腕を救うには間に合わない速度で閉じられる。
巻き込まれた右腕で最初に感じたのは熱さで、直後に鋭い痛みが来た。
そして、高速回転する葉の群れが、今まさにアラタを貫かんと肉薄していた。
そこまでだった。
あとほんの少しでアラタを射抜くはずだった葉が、何の前触れもなく勢いを失った。
風に吹かれただけのような葉の群れが、アラタの全身を舐めた。
アラタの瞳に映ったのは、葉の集合体が崩れる姿だった。
なんらかの力で形を成していた葉が舞い散る。
最後に残っていたのは、手裏剣が突き刺さった赤い光球だけであった。
その光球も、一瞬強く輝き、弾けた。
光球は光の粒子となり、アラタの右目へと吸収されていく。
フィールドには大量の落ち葉が広がり、それ以外には何もなかった。
UNKOWN-RES:楽しませてもらったぞ。
いつの間にか、光球が弾けた場所に老人の姿があった。
ARATA-RES:僕は楽しめませんでしたけどね。
アラタは血の滴る右腕を抑えながら老人と対峙した。
アルカディアでの痛みのエミュレートは果たして何分の一だったか。
かなり薄められてこの痛みであることを考えるとゾッとした。
そんなアラタを見て老人が笑みを浮かべる。
自分が上だと確信しているものだけが見せる、愉悦の笑みだった。
UNKOWN-RES:そう言うな。望むものは手に入っただろう?
確かにそうなのだろう。
光球を破壊し、その粒子はアラタの右目へと吸い込まれていた。
なれば、今のは解放条件に該当するボスという扱いだったはずだ。
今は確認できないが、アラタの右目にある六芒星は、四つ目の頂点が濃くなっているはずだ。
UNKOWN-RES:楽しませてもらった礼だ、ひとつサービスをしてやろう。
ろくでもない予感しかしなかった。
ARATA-RES:いりませんよ、アナタからの施しは。
UNKOWN-RES:まあそういうな、本当に感謝の気持ちだ。
何を言う間もなかった。
視界がぼやける。
この感覚は味わったことがある。
ポータルに入ってワープする時の感覚だ。
UNKOWN-RES:この調子で楽しませてくれよ。星を追うもの《スターシーカー》。
浮遊感の中で、老人の念信が木霊する。
次の瞬間には、アラタは全く別の場所にいた。
街中でありながら緑のやたら多い場所。
ミニマップを呼び出さなくてもわかる。フィーンドフォーンだ。
「うん? なにが起こったん?」
ワープしたのはアラタだけではなかった。
「ここってフィーンドフォーンですよね?」
ユキナとパララメイヤも一緒にいた。
二人は落ち着かない様子で周囲を伺っている。
アラタも周囲を見回した。
そこは、フィーンドフォーンのポータル近くだった。
あたりにはプレイヤーキャラもいて、各々が雑談なりをしているようであった。
ポータルの近くであったためか、アラタたちが突如現れたことを気にしているものはいなそうだ。
「クエストクリアでご丁寧に飛ばしてくれたってこと?」
「そうみたいですね」
アラタは上の空で返事をした。
まだ何か罠があるのかと疑ってはいたが、この様子だと本当に帰る手間を省いてくれただけなのかもしれない。
そこでアラタはようやく気づいた。
傷が治っているのだ。
失われたはずのアラタの右腕が何事もなく存在し、パララメイヤとユキナを見ても傷一つなかった。
これも言っていたサービスなのか。
釈然としない気持ちはあった。
勝ったのだろう、おそらく。
しかし、犠牲が出てしまった。
アラタはユキナに目を移す。
周囲を伺いながら、ユキナは平然としていた。
そこにロンが強制切断された悲しみは微塵も見られない。
「しっかしおもろいクエやったわー! スリル満点! しかも勝てた!!」
それどころか、機嫌がいいようにすら見えた。
「あの、言いにくいんですが、ロンのことは……」
「うん?」
「いえ、FDされてしまって、その、すいません」
「なんでアラタが謝るん? ロンがやられたんわウチが勇敢すぎたからやろ?」
勇敢といえば聞こえはいいが、とアラタは思ったが突っ込まないでおいた。
「それはまあそうなんですけど」
「もしかして、仲間が切断になってウチが落ち込んでるとか思ったん? そんなヤワやないよ」
ユキナがケラケラ笑いながら言う。
「それにロンはワンチャン喜んでると思うわ」
「喜んでる?」
「ちょっと待ってな」
そう言って、ユキナはいきなりログアウトした。
目の前からユキナの姿が掻き消える。
「喜んでるって、どういうことでしょうかね?」
パララメイヤが首を傾げて言った。
「僕にもわかりませんよ」
いくらもしないうちに、ユキナが戻ってきた。
シャンバラとアルカディアをこうも簡単に行き来できることに、アラタは多少の羨望を覚えた。
戻ったユキナは腕を組んで憤慨していた。兎耳の毛まで逆だっている。
「どうしたんです?」
「ロンのやつ、なんて言ってたと思う?」
話の流れがわからなかった。
まるでロンに会ってきたかのような口ぶりだ。
「ロンと会ってきたんですか?」
「そらそうよ。アイツな、これで三日の休暇です、アラタ・トカシキにはお礼でも言っておいてくださいだって。ふざけたこと抜かしてたからシバいてきたわ!」
「それは嫌味ですか?」
「本音やと思うよ。アイツはウチのお目付け役で、アルカディアも無理やりやらせてるからなー」
なにやら事情があるらしい。ロンがユキナをお嬢と呼んでいるのもそのせいなのかもしれない。
「しかしえっらい変わったサブクエやったねぇ。それで? 報酬はどうなん?」
ユキナが目を輝かせてアラタを覗き込んでくる。
すっかり忘れていた。アラタはログを辿って振り込まれている報酬を見つけた。
「霊木の枝と、神聖の紅玉っていうアイテムが報酬だったみたいですね」
「枝はわかりますけど、神聖の紅玉?」
「こういうものみたいですよ」
アラタは念信でアイテム情報を投げた。
レアリティはミシック。カテゴリは素材。
説明には神聖な力を宿した宝石としか書かれていない。
ユキナの目の色が変わった。
「報酬の分け前の話って、そういやしてなかったっけ?」
「してませんでしたね」
ユキナはいきなり顔を伏せた。
ユキナはうっ、うっ、とわざとらしい声を出しながら、目をこすっているような仕草を見せる。
耳までやる気なく垂れ下がっていた。
「ウチの相棒だったロンがイカれてもうた…… それにウチのカラクリもやられて、ウチはただのか弱いだけの乙女になってもうた…… こんなん心細うてたまらんわ……」
「ユキナさん!? 大丈夫ですか!?」
どう考えても大丈夫だと思うのだが、パララメイヤは本気で心配しているようであった。
「その茶番はなんです?」
アラタが聞くと、ユキナはさらに目をこすりながら、
「こんな時、いいアイテムでも手に入ったら元気が出るかもしれんなぁ……例えば、レアリティがミシックで、有望そうな素材で、神聖で紅かったりするとめっちゃ元気が出るかもしれん」
言ってユキナはちらっとアラタの顔を伺う。
「……欲しいんですか?」
そこでユキナは茶番をやめて、
「うん!」
そうはっきりと言った。
「僕だけじゃ決められないんで、メイヤはどうですか?」
面倒なので、メイヤに投げた。
「えっと、わたしは構いませんよ? それで元気が出るなら」
「メイヤちゃんは優しいなぁ!」
ユキナがパララメイヤに抱きついた。
「それじゃ分け前ってことで」
アラタがトレードに神聖の紅玉を出した。
ユキナは驚くべき速度でトレードを了承した。
ユキナはすぐにインベントリから神聖の紅玉を取り出す。
拳大の、角張った真紅の宝石だった。
よく見ると薄っすら光っているようにも見える。
「ぬふふふふふふ」
ユキナの顔がだらしなく蕩けている。
「元気は出ましたか?」
「出たわ出たわ、めっちゃ出た」
ユキナは本当に嬉しそうにしていた。
「色々聞きたいこともあるけど、今日は解散しとこか。外出してた分、バザーの補充やらしなきゃアカンしな」
「ユキナさん、ありがとうございました!」
「では、解散しますね」
アラタがパーティを解散した。
ユキナが手を振ってポータルへと入っていった。
そうして、アラタとパララメイヤだけが残された。
「アラタさん、目が変わってますね」
「というと?」
「右目の六芒星の頂点が、四つ濃くなってます」
自分では確認できなかったが、やはり変わっていたらしい。
「ということは、さっきのアレはトリガーのひとつだったんですね」
無駄足にならなかったことに安堵した。
これでまた一歩、アラタは伸びたカップ麺に近づいたわけだ。
「でもよかったんですか?」
「何がです?」
「ユキナさんですよ、巻き込んじゃいましたし」
「ああ」
それはアラタも気になっていたところだった。
「たぶん、色々と普通じゃないことは察してると思いますよ。それを込みでさっきのおねだりだったんでしょう。くれれば気にせんよってね」
「え? あれってそういうことだったんですか?」
「本気で言ってます?」
パララメイヤはちょっと恥ずかしそうにしながら、
「……はい」
「色々と聞きたいことがあるって言ってましたし、今日はとも言ってました。もしかしたら近いうちに聞かれるでしょうね。まあどうするかは考えておきますよ」
アラタはパララメイヤに向き直った。
「とにかく、メイヤ、今日はありがとうございました。最後、回復に回らず攻撃してくれたのは本当に助かりました」
「信じてましたからね」
パララメイヤはまっすぐな瞳でそう言った。
とにかく勝ったのだ。
アラタの開放への条件はまたひとつ進み、レアアイテムが手に入るクエストをクリアし、手伝ってくれたユキナもどうやら満足してくれたらしい。
百点ではないにせよ、それに近い成果は出た。
用意されたレールを走った感は否めないが、結果だけ見れば破格なのかもしれない。
考えるべきことは色々とありそうだが、アラタはそれを放棄した。
アラタは右手を上げて、パララメイヤに近づけた。
「なんです?」
「勝った時はハイタッチじゃないんですか?」
パララメイヤはクスリと笑い、
「そうですね」
二人の手が小気味良い音を立てる。
難しいことはあとで考えよう。
今はシンプルに成功を喜ぶことにした。




