65.想定外のリベンジャー
老人は、アラタの前に挑戦的に立っていた。
正直な話、他のプレイヤーがいる前で老人が姿を現すとは思ってもみなかった。
想定外のことが起きたが故に、アラタはどうリアクションをすればいいか、すぐには思いつかなかった。
「驚いてもらえたようだな」
愉快そうな声で老人が言う。
「僕の望むものとやらは一体どこにあるんですか?」
「まあ待て、それはこれからだ」
「これから?」
「私はそのためにここに来た」
言って、老人は杖を掲げようとしていた。
「質問なんですが」
「なんだ?」
「どうしてあなたは僕につきまとうんですか?」
老人がほくそ笑む。
「なに、もうひとりはつまらないのでな」
「もうひとり? なんの話ですか?」
「強すぎるのでな、面白い見世物にはならん」
そこでアラタに念信が入った。
送信者は老人の背後にいたユキナだった。
距離的に、大声を出すよりも念信の方が適してると考えたのだろう。
YUKINA-RES:アラタ?
ユキナは、アラタを不思議そうな目で見ていた。
パララメイヤも、ロンも似たような目でアラタを見ている。
YUKINA-RES:なにひとりで話してるん?
その言葉は、アラタの背筋をゾクリとさせた。
想定できる範囲だったかもしれないが、そもそも想定をしようと考えすらしなかった。
ユキナにも、パララメイヤにも、ロンにもこの老人は見えていない。
「その顔だけで、私がわざわざ出てきた甲斐はあったな」
アラタは左手に持っていた忍者刀で老人を狙うか一瞬迷ったが、そうすれば老人をさらに楽しませるような気がした。
「ところで準備をしなくていいのか?」
「何の話です?」
「ほら」
そう言った老人の杖先には、赤い光球が浮かんでいた。
老人が杖を振ると、光球はボスがいたフィールドの中央へと飛んでいった。
「それでは、健闘を祈るよ」
老人の姿が掻き消える。
その背後にいた三人は、突如現れた光球を呆けたような表情で見つめていた。
PARALLAMENYA-RES:なんです? あれ。
そんなことはアラタも知らない。
しかし、絶対にろくでもないモノであることだけは確かだ。
ARATA-RES:離れてください!!
アラタは後ろに跳び、それにしたがってパララメイヤも後ずさった。
RONALD-RES:なんなんだよ、あれは! いきなり出てきて……
ARATA-RES:知りませんよ! とにかく離れて! この手のものでイイモノだった試しはありません!
ロンは一瞬だけ渋い顔をしたが、すぐに距離を取った。
ユキナもカラクリと動きを同期させながら、赤い光球をじっくり観察しつつさがる。
葉のざわめきが、フィールドに戻ってきた。
いつのまにか、地面に敷き詰められた落ち葉が、渦を描くようにフィールド内を回転していた。
大量の落ち葉が動き出すその光景は、言いようのない不吉を予感させた。
回転は次第に早くなり、その輪を段々と狭めていた。
赤い光球を中心として。
YUKINA-RES:なになに!? なにが起きてるん!?
その答えを知っている者がいないのは明白で、全員が成り行きを見守る以外になかった。
落ち葉が光球に吸い寄せられるように浮き上がっていき、最後には楕円形の不気味な集合体となった。
落ち葉の集合体は、低空で浮き上がり、その葉をざわつかせていた。
集合体の一番近くにいたユキナが狙われた。
楕円形の一端が伸びて鋭い錐のような形状となり、ユキナを襲った。
RONALD-RES:お嬢!!!!
ユキナの回避は、ギリギリで間に合った。
バックステップでの回避。ユキナが一瞬前にいた地面には、落ち葉の群れが形成した錐が、全く笑う気になれない突き刺さり方をしていた。
「よくもお嬢を!!」
ロンが集合体へと突っ込んだ。
速度にモノを言わせ、右の拳で巨大な集合体へと殴りかかった。
殴りかかった当のロンも、そうなるとは考えていなかっただろう。
相手は落ち葉の集合体であるはずなのに、ロンの拳はまるで岩でも殴ったかのように弾かれた。
そして、それだけではなかった。
ロンの右拳が、ズタズタになっていたのだ。
アラタの位置からは確認できなかったが、滴る血だけが見えていた。
間近で見たら、そこから覗く骨まで見えたかもしれない。
驚いている暇はなかった。
集合体から風を感じ、数え切れないほどの葉が風に舞いながらアラタたちを襲った。
圧倒的な数の落ち葉を回避することなど、誰にも不可能であった。
全員が、葉の嵐を浴びることになった。
アラタはパーティのHPを確認する。
被ダメージは最も削られたユキナでもHPの1/3が持っていかれているだけで、そこまで致命的なものではなかった。
が、衝撃はそれ以外のところにあった。
PARALLAMENYA-RES:これって、戦闘の設定が……
言葉足らずだったが、パララメイヤの言わんとしていることは、すぐに全員が理解した。
葉のあたった部分に、切り傷ができていたからだ。
葉で切れただけ、とは言えない。
ロンの傷にしても、固いものを殴ればそうなるだろうとは言えない。
このゲームのプレイヤーVSエネミー戦では、普通そうはならない。
アルカディアの特徴のひとつとして、PvPとPvEの仕様が異なるというところがある。
PvPだとレベル差によって発生するダメージ補正は極小で、攻撃のダメージはリアルに近い結果が現れる。
どういうことかと言えば、腕に強い衝撃を受けたら腕が折れたりするし、目に指を突っ込まれたら目が潰れたりする。
PvEの場合は違う。
エネミーからの攻撃はHPを削って衝撃を与えこそすれ、そういった属性があるか、よほど当たり方が悪くない限りは傷を残しにくい。
つまり、見た目はまるきり健康であるのにHPは1しかない、という事態もわりかし発生するわけだ。
今、ロンは殴った拳が砕けていた。
今、葉っぱの嵐を浴びたアラタたちは、無数の切り傷ができていた。
これは、どう考えてもPvEの設定にはなっていない。
PvPの設定になっている。
ロンが一旦退いて距離を取った。
戦闘が始まっているというのに、アラタを含め全員が事態の急変に対応できずにいた。
UNKNOWN
HP???/???
視線を集合体に向けたが網膜には見たことのない表示が現れるだけだった。
集合体の一箇所、ロンが殴った部分が円形に開いていた。
その奥、集合体の中心と思われる場所には、赤い光球が浮かんでいた。




