55.祝勝会
武闘会の幕として、一応の表彰が行われた。
闘技場の中央に思いの外大きい表彰台が用意される。
その頂点にメイリィが立っていた。
表彰されるのはクエストを受注したリーダーだけだ。
表彰台の頂点にメイリィが立ち、NPCの観客達の喝采を受けている。
メイリィもメイリィでノリノリにリアクションを返していた。
気の毒なのはヤン・イェンシーだ。
その隣でヤンがなんとも言えない表情で立っていたのが印象的だった。
表彰が終わり、武闘会の終了が宣言されると同時に報酬が振り込まれた。
アラタの網膜に報酬の獲得が表示され、瞬きでチェックして報酬を受領する。
ここで思わぬ報酬もあった。まず手に入ったのはメテオライト。これはいい。
これはユキナとの契約で渡すことが決まっているものだ。
それ以外にあったのは、経験値だ。
クエストのコンプリートで、驚くほどの経験値が入ったのだ。
それは、レベルが一気に三も上がるほどのものだった。
考えてみれば当たり前の話で、武闘会はクエストである。
クエストをクリアすれば経験値が入る。
武闘会の優勝というのは、かなり高難易度のクエストと設定されているのであろう。
普通ならば対人戦を何度も何度も繰り返して、その全てに勝利してようやく手に入る経験値を、一戦勝利するだけで獲得できてしまった。
思わぬ行幸にアラタの口元も緩んだ。
武器が手に入り、レベリングも捗るならば言うことはなにもない。
人探しの宝珠からのギャンブルでここまでつながったのを考えると、アラタにもようやく運が向いてきたのかもしれない。
そんなわけで、武闘会クエストを無事優勝で終えたアラタがどこにいるのかと言えば「美髯公」にいる。
美髯公といえば古典のなにかだったとアラタは記憶しているがライブラリが呼び出せないアルカディアでは詳しく知りようがなかった。
が、古典と何も関係ないのは調べずともわかる。
美髯公はガイゼルの治安の悪い地域にある食事処である。
見た目はまるっきり居酒屋だが、その実中身もまんま居酒屋である。
仕事帰りのおっちゃんにーちゃんがゴキゲンに飲み、給仕が忙しく動き、注文を受けるたびに「よろこんでぇ!!」と大声を上げている。
居酒屋特有の喧騒と酒のつまみの匂いが漂ってくる。
そんな店の奥の座敷にアラタはいた。
隣にはメイリィが、対面にはユキナとロンがいる。
祝勝会というわけだ。
全員が酒が注がれたジョッキを手にしていた。
「それでは! ウチらの勝利を祝って! かんぱーーーーい!!」
ユキナの威勢のいい声が響き、ジョッキがぶつかり合う。
テーブルの上には、ファンタジー領域の雰囲気を完全に無視した料理が並んでいる。
焼き鳥に唐揚げ、チーズに枝豆、ナッツにポテトチップスとメチャクチャである。
マルチゲーの領域には必ずあるタイプの世界設定を無視した飲み屋で、このアルカディアにも例に漏れず用意しているらしい。
しばらくは平穏な宴が続いていた。
それぞれがアルカディアについて思い思いの話をし、噂話から攻略についてなど意味のある話題が飛び交っていた。
しかし、しばらくすると雰囲気は変わってくる。
もちろん、アルコールのせいで。
データ上の世界で酔うのかと言えば、それはイエスだ。
酒の楽しみの一端は酔うことである。その楽しみを奪うような無粋なことをしないのがシャンバラの設計だ。
体への害だけを取り除き、味と酔いだけを楽しめる。人によっては依存性がないのを悲しむかもしれないが、古の時代の酒飲みにとっては夢のような世界だろう。
この世界での酒の特徴は、自分で酔う度合いを選べるところにある。
アルコールの度数を選ぶわけではなく、正確にどれだけ酔うかを選べるのだ。
アラタはほろ酔いを選んだ。
メイリィとユキナは、迷わず酩酊を選んだ。
ロンはジュースを頼もうとしてユキナにどつかれ、ほろ酔いを選ぼうとして再度どつかれ、半ば無理やりな形で酩酊を選ばされた。
一時間も経った頃には、アラタ以外の全員がべろんべろんであった。
ユキナが賞品のメテオライトを並べて頬ずりしている。
にょほほほほ、と不気味に笑いながらメテオライトに頬ずりをし、完全にイッてしまった目をしている。
昔話のお姫様のようなキャラクリであるのに、一目見て近づきたくないと思えるのはあまりにもヤバすぎた。
メイリィはメイリィで、アラタにやたらと接近してくる。
エグいくらいのスキンシップだ。
席が隣なのが災いした。
わざとやっているのか、酔いから本当にそうなってしまうのか、アラタの方に何度も何度も寄りかかってくる。
「ちょっとそういうのやめてくれますか」
「どうして~?」
「どうしてって言われましても」
「ほらじゃあいいんじゃーん! やったー!」
「ちょ、ま……」
抱きつかれた。
アルコールに浮かされた温かい体温が伝わってくる。
リアルではオーク。
リアルではオーク。
リアルではオーク。
アラタは心の中で呪文を唱えて平静を保とうとした。
「コラ! メイリィ! 何やっとんねん!!」
ユキナが立ち上がり、インベントリからでっかいハリセンを出していた。
これはめんどうなことになりそうだ、とアラタは思ったが、
「羨ましい? 反対側、空いてるよ?」
そう言われてユキナは固まった。
ほとんど蒸発してしまった脳みそで、必死に何かを考えているような表情。
それからどんな答えを出したのか、ユキナまでアラタの隣に座ってきた。
「ちょ、ユキナまで何してるんですか?」
「何って、アラタは勝利の立役者やろ?」
ユキナは焦点の合わない瞳でアラタを見つめてくる。
「せやから、アラタにはご褒美をあげなアカンと思ってな」
先ほどメテオライトに頬ずりしていた時とは違い、ユキナはひどく艶っぽかった。
メイリィの少女のようなアバターと違い、妙な色気がある。
そこでアラタは想像してしまった。
ユキナはシャンバラではどんな容姿なのか、と。
美人なのか、オークなのか。そもそも本当に女なのか。
そんな思考が駆け巡るのもお構いなしにユキナは近づく。
「だーかーらー」
耳元に囁くような声。
おそらくではあるが、ユキナはアラタが最も喜ぶと思った行為をしたのだろう。
その行為は完全にアラタに対しての善意からであり、それ以外の感情は一切ないはずだ。
しかし、ユキナはどう見ても泥酔状態であり、まともな思考をしてはいなかった。
人は、自分がされて嬉しい行為は他人も嬉しいはずだと考えるものである。
酔いに酔ったユキナが出した答えは、アラタの想像とはかけ離れていた。
ユキナは並べていたメテオライトからひとつを取り上げ、アラタに向かってそれを差し出し、
「頬ずり、する?」
幼児が自慢のおもちゃを大人に勧めるような目でそういった。
「えっと、ありがとうございます」
その純粋な瞳の輝きに気圧され、アラタは受け取ってしまった。
ユキナが期待に満ちた目でメテオライトを持ったアラタを見つめてくる。
アラタは仕方なく頬ずりする。
ひんやりして冷たい。それ以外には複雑な感情しかない。
「んふふーーーー」
それでもユキナは満足したらしく、メテオライトに頬ずりするアラタを嬉しそうに眺めている。
その頃にはメイリィはアラタの膝を枕変わりにして、ふにゃふにゃもにゃもにゃよくわからない言葉を喋っている。
そしてロンはと言えば、座敷の隅で体育座りしながら泣いていた。
なにか酷い目にあったわけではない。酔っているのだ。
どうやらロンは酔うとそうなるらしい。
シクシクと部屋の隅で泣く弁髪はもの悲しく、わけのわからない同情心も湧いた。
が、アラタの方にはロンに構っている暇はない。
アラタは覚悟を決めた。
一人シラフでいるのは自殺行為だ。
もうどうにでもなってしまえと思った。
アラタは給仕を呼び、男らしい声でこういった。
「おかわりを、酩酊で!」
新たなジョッキが運ばれてからは、記憶がない。
ガイゼルの夜は更ける。
美髯公の中はいつまでも騒がしい。
勝利を祝う会であるはずなのに、もう誰も正気ではない。
外はもう真っ暗だ。
月は沈み、星あかりだけが街を照らしている。
フクロウの鳴き声が聞こえた。




