44.ユキナ・カグラザカ
ARATA-RES:どうしました? 急に静かになりましたね。
ロンは扉近くまで下がり、アラタの様子を伺っているように見えた。
今の一合でロンが油断できない相手だというのはわかった。大口を叩くだけはある。
それでも負ける気のする相手ではない。
ARATA-RES:それとも通してくれる気になりました? 僕は本当に平和的な話がしたいんです。
RONALD-RES:大した平和的だな。なお通せなくなったよ。お嬢が俺の中指みたいに平和的にされたら困るんでね。
ロンがユキナ・カグラザカに念信を送っているような様子はなかった。
個人に特定した念信だろうと、念信をしていること自体はわかるものだ。
アラタを危険視しているなら逃げるように指示を送りそうなものだが、下手に逃がして追いかけっこになるのを避けたいのかもしれない。
ARATA-RES:来ないんですか? さっきみたいに威勢よく。
ロンは答えない。
両手を前に構え、アラタに睨みをきかせている。
ARATA-RES:では僕から。
踏み込みに合わされた。
アラタの右足が浮いた瞬間に、ロンは全力で突っ込んできた。
アラタはそれに対し縮地を切った。
短い室内の中程まで瞬間移動じみた速度で移動する。
ロンの表情を見る余裕はない。虚をつけたらそれでいいが、つけていなくてもやることは変わらない。
アラタは右壁にかかっている布を剥がし、ロンの軌道上に投げた。
互いの視界が塞がれる。
アラタはロンが構わず突っ込んで来る方に賭けた。
退くことなく、アラタは体を沈めて布に密着する。
ロンが布を振り払い、互いの姿が顕になる。
低い軌道から入るアラタにロンは殴りかかるが、それは咄嗟に拳を動かしただけの攻撃に過ぎない。
頬に拳がかする感触。アラタは無視して突っ込み、ロンの鼻っ面に頭突きを見舞った。
ぐしゃりという鈍い音。アラタはそのままロンの右脇に手を入れ、足を払いながら巻き込むように地面へと叩きつけた。
立とうとさせる間もなく、馬乗りになってマウントを取った。
ARATA-RES:こちらはなかなかいい眺めですが、そちらはどうですか?
ロンは答えない。鼻が潰れ鼻血が出ている。
目には怒りと、それに迷いか。
さてどうしたものか。
このままロンをFDに追い込むのは容易いが、アラタの目的はそうではない。
こんな状況になってからアラタは冷静になる。
なぜユキナ・カグラザカと交渉しようとして、その仲間らしき男に馬乗りになっているのか。
ARATA-RES:まあここまで来たらしょうがないので、FDにしない程度に痛めつけて追い出してあげますよ。
その時だった。
扉の奥から、急いで階段を降りるような慌ただしい音。
ロンの目の色が変わる。個人念信の気配。
扉が開く。
「やかましいわ!! 真っ昼間から何やってんねん!!」
時間が止まったような一瞬があった。
扉を開けた主は、アラタを見て目を丸くしていた。
兎人だった。
人間に耳と尻尾が生えただけのお手軽獣人。
真っ黒な長髪の上に、真っ白な兎耳がぴょこんと生えている。
大層な美人だが、麻呂眉というのか、円形に模られた眉毛が印象的だった。
どこか童話のかぐや姫を彷彿とさせる、そんなキャラクリエイトだ。
乱入者に視点をポイントすると、ユキナという名前が表示されていた。
時が動き出す。
ユキナが右手を前に出すと、突然ロボットのような何かが現れた。
召喚士系統のクラスか。
人間より一回り大きい体躯のそれは、このボロ屋の中ではえらく大きい。
アラタは馬乗り状態から飛び退き、いつでも撤退できるように入り口まで下った。
ユキナ・カグラザカの戦闘力は不明で、その状態で二対一は分がいいとは言えない。
かといって即座にロンにトドメを刺したら、ユキナ・カグラザカと交渉する機会は永遠に失われるだろう。
YUKINA-RES:アラタ? あのアラタ・トカシキか?
アラタのネームを見たのだろう。
そう口にしながらユキナは眉を寄せていた。
ARATA-RES:他にどんなアラタ・トカシキがいるか知りませんが、たぶんそれで合ってますよ。
YUKINA-RES:今度はウチのタマ取りに来たってところか?
ARATA-RES:いえ、違いますけど。
YUKINA-RES:したらウチのロンがこないになっとるのはどう説明するん?
ARATA-RES:その狂犬みたいな人が先に手を出してきたんですよ。
ユキナはアラタとロンを交互に見ている。
YUKINA-RES:マジなん?
RONALD-RES:いや、だって、PK野郎ですよ!?
YUKINA-RES:だってじゃない! ウチはマジかって聞いてんねん!
答えるまでに、三秒の間があった。
RONALD-RES:マジです。
ユキナはアラタを見つめ、
YUKINA-RES:ウチの狂犬が悪かったわ。それで? なんの用でここに来たん?
ARATA-RES:それはまあ、武器を譲ってもらう交渉ができないかと。
ユキナ・カグラザカがロボットらしき召喚物を引っ込めた。
つかつかと歩いてロンの元へと近づく。
その手にはいつの間にかハリセンが握られていた。
「お客さんやないかボケぇーーーーーーーー!!」
言ってハリセンで倒れたままのロンをバッコンバッコン叩く。
「いやだって! ちょま、やめ! 俺のHPを今マジでヤバいですから!!」
「知るかそんなん!!!!」
ガイゼルのスラム街にハリセンの音が響く。




