34.リルテイシア湿原へ
とはいえ、この領域から抜け出すには嫌でも試練とやらに関わらないわけにはいかない。
少なくとも試練の初期段階は、ボス敵を討伐することにある。
ならば結局のところ、普通にゲームを進めるしかないわけだ。
次なるダンジョンは、リルテイシア湿原となる。
フィンドフォーンからさらに下った場所にある湿地で、ここを超えると城塞都市ガイゼルに辿り着くことができる。
この湿原には淀んだマナが溜まりやすく、モンスターが非常に湧きやすい。通常なら大きく迂回するか、厳重な護衛の元で通過することになる。
もし運が悪いと、とんでもないモンスターと遭遇することになったりもする。
以上が、アラタがパララメイヤから教えられた湿原の設定である。
通常なら大きく迂回するというが、迂回ルートは現在通行止めになっており、リルテイシア湿原を踏破するまで通行止めが解除されることはないだろう。
さらに、運が悪いととんでもないモンスターと遭遇することもあるとは言うが、ここに挑むプレイヤーは全員運が悪いはずだ。
今現在リルテイシア湿原を突破しているプレイヤーは全体の三%しかいないそうだ。
スタート地点が違うプレイヤーを考慮しても、アルパの街からスタートして城塞都市ガイゼルに到達しているプレイヤーは一割に満たない。
アルカディアが開かれて一週間が経って、三つ目の拠点に辿り着いているプレイヤーがそれだけしかいないというのは、かなり低い割合だ。
なぜこうまで踏破率が低いのかをパララメイヤと話し合ったところ、出た結論はふたつ。
ひとつは、デスペナルティが重すぎること。
踏破に失敗して三日の強制ログアウトと、次回の死亡で五日のログアウトが確定するくらいなら、十分過ぎるほどビルドしてから挑めばいいよね、という考えの者がかなり多いようだ。
それともうひとつは、推測ではあるが厳し目のDPSチェックが入っているからであろう。
パララメイヤからフォーラム上で話される攻略情報についての話を聞いたが、情報はほとんど出回っていないようであった。
考えてみれば当たり前の話ではある。
今最先端にいるプレイヤーは、競争意識の高いものがほとんどである。
そういうプレイヤーになると、クリアした場合は他のプレイヤーが追いついてこないように情報は伏せる。
全滅してしまったプレイヤーは、自分達が三日の強制ログアウトと引き換えに手に入れた情報を出そうとはしない。
こうして、何の情報も出てこない状態が形成されるわけだ。
しかし、全く情報が出てこないわけでもない。
パララメイヤが断片的な情報をつなぎ合わせたところ、全滅原因は火力不足にあるようだった。
DPSチェックとはゲーム用語で、一定時間内に設定されたダメージ量を稼げない場合にペナルティを与えるギミックを意味する。
例えば一定時間内に倒さないと自爆する雑魚が出てきたり、ボス戦の戦闘時間がある程度経過すると強制的に全滅技を使ってきたりといった具合だ。
これはそれなりにありそうな話だった。
アルカディアで効率的にダメージを与えるには、プレイヤーの腕と、スキルレベルと、装備が重要だ。
現状だと、この中の装備が非常に厳しい。
なにせ、武器が手に入らないのだ。
武器が報酬に設定されたクエストはおそらくかなり希少で、アラタはまだ見かけたことすらなかった。
そうなるとプレイヤーによる製作品に頼らなければならないのだが、今のバザーは酷い状況だった。
ミラー42のバザーで、十分な性能を持った武器を出品しているのは、ユキナ・カグラザカというプレイヤーただ一人だ。
しかも、どれも鼻血が出るようなお値段で提供している。
市場を独占していて、それが有用なものであるなら非常な高値で売れるのは理解できるが、こうまで良心を疑うような出品を躊躇せずできるのはある意味尊敬に値する。
とにかく、これを買うのは極一部のものしかできないはずで、実質的には武器が入手不能になってしまっているのだ。
この現象は他のミラーでも同様なのだろう。
結果、皆がDPSチェックに苦しんでいるというわけだ。
クリアした者は良心的な値段で製作武器を売っている者がいるミラーのプレイヤーがほとんどではなかろうか。
この状況は、時間と共に解決されることが予想される。
時間経過で職人クラスのレベルを上げるものは増えるだろうし、そうすれば価格は競争により下がるだろう。
他にも挑戦するプレイヤーのレベル上昇により難易度も緩和される。
アラタは、待つつもりはなかった。
アラタの現在のステータスは、以下のようなものになる。
アラタ・トカシキ
レベル:11
クラス:忍者
理念 :星を追うもの
HP :102/102
MP :26/26
筋力 :13(+1)
敏捷力:20(+2)
体力 :11(+2)
魔力 : 6
精神 : 8
魅力 :11
武器:無銘+1
胴 :月乙女の忍衣
足 :修行者の足袋
首 :ハイレザーチョーカー
指 :盗賊の指輪
レベルが10を超えたことで、ステータスが微増している。
装備はクエスト産で、どれも現段階ではそれなりの性能なはずだ。
武器以外は。
武器は製作品なのだが、ユキナ・カグラザカが出品しているような高品質なものではない。
ちょっと職人クラスに手を出したプレイヤーが出品した、といったものを偶然買えたのだ。
初期の忍者刀の攻撃力が7であるのに対して、無銘+1は攻撃力が12であるためかなりの幸運だったのだが、それでも十分といえるものではない。
注目して欲しいのは、ステータスに追加されている値だ。
敏捷と体力が+1されているのは首と指装備のおかげなのだが、それ以外で筋力、敏捷力、体力が+1されているのだ。
これは、昨晩の食事の恩恵だ。
どうやら高級料理には、24時間のバフ効果があるらしい。
ゲームではよくある仕様だが、これはまだ知られてない要素のようだ。
なにせ、こんな序盤に娯楽用の高級料理に手を出す奴などいないのだから。
これがアラタがリルテイシア湿原に挑戦する決定打となった。
たかが+1、されど+1。
DPSチェックが必要な場面で約5%の火力上昇というのは、悪魔と取引してでも手に入れたい数字だ。
そして、アラタとパララメイヤは偶然にもそんな恩恵を手に入れてしまった。
アラタの現在のスキルは、
同撃崩LV3
雷神 LV3
練気 LV1
忍びの心得LV3
精神耐性LV1
片手印
観察眼
となっている。
火力全振りに近い。
残しておいたスキルポイントはほぼ雷神に振った。
一日に二回しか使えないスキルに貴重なスキルポイントを今振るのはかなり怪しいが、DPSチェックに対しての苦肉の策であった。
他にも観察眼はパララメイヤの勧めで取った、全クラス共通のパッシブスキルだ。
これは敵情報をより多く得られるスキルらしい。
敵の耐性が短い時間で表示されたり、敵が使う技名が戦闘ログに表示されたりといった具合だ。
数字で見える要素には影響しないが、こういった情報が手に入るというのは、初見の敵に対してだと途方もないアドバンテージになる。
他に取るべきだった候補は縮地だ。
これは忍びの心得がLV3になったことで開放されたスキルで、短い距離を高速移動できるスキルだ。
かなり使い勝手のいいスキルだと思うが、リルテイシア湿原のボス対策で考えると他が優先された。
リルテイシア湿原をクリアできれば次なる拠点に到達できる。
ほとんどのプレイヤーはそれが目的だろう。
しかし、アラタにはそれ以外の目的もあった。
それは、ボス敵の存在だ。
フィーンドフォーンに来るために必須のダンジョンだったガンラ山道のボスは、アラタに課せられた戒めを解くトリガーの一つになっていた。
ならばこのリルテイシア湿原のボスもまた、戒めを解くためのフラグの一つだろう。
それだけで挑戦する理由としては十分だった。
出来れば四人パーティで挑みたい。
アラタも当然そう考えた。
そこでアラタは一計を案じた。
パララメイヤにパーティ募集を出してもらったのだ。
これは劇的な効果を発揮した。
ものの一時間足らずで騎士と自然術師が湿原攻略パーティに応募してきたのである。
ところがその二人は、パーティに入ってアラタ・トカシキの名を目にした途端、偶然急用を思い出してパーティを抜けてしまった。
「メイヤ、ひとつ聞きたいんですが、フォーラム上で僕の評判はどうなっているんですか?」
「えーと、それは、あはは……」
あははってなんだよ。
結局四人パーティを組むことは諦めた。
アラタはソロゲーを延々やり続けてきた。少人数はむしろ得意だ。
そう、慰めにもならない考えを胸に。
アラタは消耗品を買い終えて、ポータルにいるパララメイヤと合流する。
「すいません、おまたせしました」
「大丈夫です、わたしも今来たところですから」
リルテイシア湿原には、ポータルから飛ぶことができる。
本来ならば歩きで一時間はかかる場所なのだが、パララメイヤが先行してトラベル地点として登録してくれていたのだ。
ポータルのシステムがリルテイシア湿原まで500マニーかかるが構わないか? といったメッセージを投げかけてくる。
パララメイヤがそれに了承し、ポータルに入るとそこはもう湿地であった。
近くに女神像があり、アラタも一応は祈って地点登録をした。
準備は万端、とは言い難いがチャンスではある。
懸念点は武器と人数、それに緊急復活薬がないこと。
武器はどうしようもなく、人数は少なければそれだけ敵のHPも減るので、若干不利といった程度だろう。
一番気になるのは緊急復活薬がないことだ。
アルカディアは、死亡した直後に蘇生待ちの時間が設けられる。緊急復活薬は非戦闘時に蘇生待機プレイヤーをHP1で復活させる効果を持つ。
売値は50000マニー。装備を整えたらとてもではないが買える額ではなかった。
ダンジョン中にパーティメンバーの誰かが死亡して、蘇生せずに残りのメンバーがクリアした場合、死亡したままのプレイヤーは踏破した扱いにならない。
これはパララメイヤがフォーラムで調べた確定情報だ。
つまり、アラタかパララメイヤ、どちらかが死亡した場合、その時点で二人でクリアする道は閉ざされるわけだ。
まあ、死ななければいい。
アラタはそう結論付けた。
懸念点はあるが、有利な要素もある。
そしていつまでも待っているのは性に合わない。
「でも、本当に良かったんですか? 僕と二人でリルテイシア湿原に突っ込んで」
パララメイヤはアラタの強硬策に協力すると言ってくれたのだ。
普通より不利な二人パーティで。ほとんどの者がまだ踏破していないダンジョンの突入に。
言われたパララメイヤは、何の心配もしてないような笑顔を浮かべていた。
「もちろんです! だって、野良のパーティ四人で行くより、絶対アラタさんと二人で行った方がクリアできますもの!」
パララメイヤは自信満々で、二人でクリアできることを微塵も疑っていないようであった。
「買い被りですよ」
アラタは苦笑しつつ言う。
それでも信頼されるのは、悪い気分ではなかった。




