152.暗き森に一人で
アラタは呆然と立ち尽くしていた。
初めから全てが夢だったかのような喪失感。
ヴァン・アッシュが自分の代わりに大穴に飲み込まれてしまった。
最悪の形で巻き込んでしまったわけだ。
なんの手の施しようもなく、連絡すら取れそうもない。
穴が消えてしまった以上、アラタはなんの干渉もできない。
できるのはただ立ち尽くすだけだった。
「アラタ、大丈夫?」
珍しくメイリィの心配そうな声。
「大丈夫、かはわかりませんが、ちょっと事態についていけてないのは確かです」
ヴァンの姿が消え、アラタが何を望んでいたのかようやくわかった。
過去の答えを聞いてもすっきりしなかった理由が今になって理解できる。
アラタはこのアルカディアで、かつてのエバーファンタジーのような生活ができるかもと期待していたのだ。
ヴァンをギルドに誘って、一緒に過ごせばいい。
今の仲間にヴァンが加わる。どうなるのかわからないが、それはなんだかすごく楽しくなる予感がした。
はっきりとそう考えたわけではなかったが、ヴァンと再会して話すうちに、心の底ではそういった考えが浮かんでいたのだ。
「でも、オジサマなら大丈夫なんじゃない?」
メイリィが気楽な感じで言った。
「大丈夫って、アレはエデン人が仕組んだ――――」
エデン人が仕組んだなにかだからといってなんなのだろう。
たぶんあれは、大穴の中にいた何者かとソロで戦わされるものなはずだ。
そしてそれは、どんな細い道だろうと必ず勝てるように設定されているだろう。
アラタは深刻に考えていたが、もしかしたらそれほど深刻ではないのかもしれない。
ヴァン・アッシュが負ける姿を想像しようとしてみる。
出来はしない。それよりは、なんか勝ってしまって「ガハハハ!!」と親父くさく笑っている方がよほど簡単に想像できた。
「大丈夫、かもしれませんね」
「でしょ? 無事に戻ってまた顔を出したりしてくれるんじゃない? わざわざ会いに来てくれたみたいだし」
それはかなりありそうな話に思えた。
そう考えると突然希望が湧いてきた。
「でもオジサマとフレになれなかったのは残念だなー」
「え?」
「アラタは飛ばさなかったの? フレンド申請」
すっかり忘れていた。
落ち着いてみるとなぜ申請していないかの方が不思議だ。
色々と頭の整理が追いつかなかった上に、すぐに戦闘に入ってしまったためかもしれない。
「まあ戦闘中だったから仕方ないのかもしれないけどさー、フレンドになっちゃえばすぐ見つけられたのに。まあでもまた会えると思うよ。アタシの勘がそう言ってる」
「そうですね、僕もそんな気はします」
メイリィが大鎌を納刀して、つま先で地面を叩いた。
「それでアラタはどうするの? アタシと一緒にシャンバラで食事?」
「僕はもう少し待ってみることにしますよ。帰って来る場所がここかも知れませんし」
「そっか、じゃあアタシは街に戻って落ちるかな。あんまり遅くならないようにね」
メイリィが去り、アラタは一人森に残された。
アラタは一人、暗い森で待ちながらヴァンに再会してからのことを考えていた。
ヴァンの側から会いに来て、過去の謎の答えを話し、一緒にクエストまでこなした。
そこから一転して、エデン人の仕掛けた嫌がらせに引っかかり、ヴァンは姿を消してしまった。
出来すぎているのに出来すぎていない。そんな言葉にしにくい違和感があった。
考えすぎかもしれないが、アラタ自身も言葉にできない違和感があるのだ。
この出会い事態がエデン人の仕組んだなにかだったらどうだ。
エデン人はアラタの追想を娯楽として見世物にすると言っていた。
ならばこういった劇的な出来事も、演出である可能性もあるかもしれない。
アラタは暗闇の中で一人首を振った。
考えすぎだろう。
暗闇の中だと自然と気分が沈んでしまうものだ。
もしかしたらすぐにでもヴァンが戻ってくる可能性だってあるのだ。
そんな時に暗い顔などしていたら馬鹿にされるに決まっていた。
なにもかもが仕組まれているよりも、ヴァンが言っていたことが真実である可能性の方がよほどあり得る。
ヴァンが物質人というのも驚きの事実だった。
シャンバラ人やエデン人が何千億といる中、肉体を持った物質人というのは数万人しかいない。
にわかに信じがたい話ではあるが、今にして思えばヴァンの言い回しにはそれを感じさせるところもあった気がする。
命や必死さに言及するのはまさにそれかもしれない。
ヴァンは闘病生活をおくっていたと言っていた。シャンバラ人であるアラタには想像できないが、おそらくそれは大変なものなのだろう。
物質人の生活。
今まで興味を持ったことのない概念だ。
もしヴァンが戻ってきたら、また会うことができたら、それを聞いてみるのも面白いかもしれない。
それにリベンジもしたい。
まだ届かないという気はしている。
それでも昔よりはずっとヴァンの動きが理解できた。
アラタのツウシンカラテ十段は伊達ではない。
ヴァンが昔言っていたことを今更ながらに思い出す。
確か動き全般に関してのことだったと思う。
強いと硬い、弱いと柔らかい、早いと鋭い、動きにはそういった違いがあると語っていた。
当時のアラタは馬鹿っぽい精神論だと思ったが、今ならその言葉が感覚的に理解できる。
ヴァンの動きは強く、柔らかく、鋭かった。
今度会えたら、昔のようにいきなり本気で襲いかかってみるのもいいかもしれない。
アラタはそうして、できるだけ楽しいことだけを考えてヴァンを待った。
ヴァンは、待てども待てども戻らなかった。
アラタが諦めてアルカディアから落ちたのは、深夜になってからだった。




