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151/202

151.割り込みキック


 アラタの目から見ても、メイリィの回避が間に合うとは思えなかった。

 黒い獣の突進。頭部そのものが口となり、メイリィを飲み込もうとする。

 

 メイリィが横に跳んだ。背後を確認する暇などなく、勘だけの跳躍だったはずだ。

 だめだ、間に合わない。アラタができることはなく、メイリィが獣の大口に噛み砕かれるのを見ていることしかできない。

 アラタは一瞬、目を瞑るか迷った。

 この敵の攻撃はPvPと同じ仕様のダメージを与えるはずだ。これからメイリィの身体に起こる事を考えると、それは一考の余地があった。


 メイリィの大鎌が動いた。

 振るのではなく、その柄尻で地面を突き、ほんの僅かではあるが跳躍に加速がかかった。

 その動きが命運を分けた。


 メイリィの左肩から先が消失した。

 メイリィの身体が衝撃で独楽のように回転する。

 しかし、残している。

 左腕をやられたが身体は無事だ。


MEILI-RES:あら痛い。


 アルカディアでの欠損は笑えない痛みがあるはずだが、回転を止めたメイリィには薄っすらと笑みが浮かんでいた。

 メイリィはちょっと攻撃をもらうと言っていた。これも想定内なのかもしれない。


MEILI-RES:アラタ。


 メイリィからの念信。


MEILI-RES:あいつを止めて。


 無茶を言う。

 獣の頭部は元に戻り、再度メイリィに向けて突進しようとしていた。

 アラタはそこに割り込んだ。


 低空から跳び上がる獣の胴体を狙った。

 走りからスライディングのように身を沈めて滑り、低く跳ぶ獣のさらに下へと入り込んだ。

 そうして獣の足の付け根に肩を入れ、跳ね上げるように身体を持ち上げた。


 正体不明の黒い獣とて、実体があり物理法則に従っている。

 ダメージを入れない前提なら、転がすのは不可能ではない。


 ギリギリの重さではあったが、いった。

 獣が宙で体勢を崩し、あらぬ方向へと跳んだ。

 獣の着地。再びメイリィに突進せんと体勢を作り直したが、そこには明確な隙があった。


MEILI-RES:素敵。


 黒い獣に、メイリィが躍りかかっていた。

 左肩を鮮血に染めながら、右手で大鎌を持って。

 その大鎌は、眩いばかりの紫色に輝いていた。


 メイリィが大鎌を振るった。

 いくら黒い獣の動きが早かろうと、絶対に回避できないタイミングだった。


黄泉に送りし断罪の鎌(オー・ルヴォワー)


 脳天からいった。

 大鎌が獣に命中すると同時に、紫色の光がひときわ激しくなった。

 破壊の嵐が巻きおこる。

 斬撃では絶対に発生しない衝撃と破壊が、獣を中心に炸裂した。


 黒い獣が爆散した。

 黒い破片が散り散りに飛ぶ。

 一目で撃破したとわかる光景だ。


 念のために獣の破片に目をやるが、集合して再生したりはしなそうだった。


 アラタの耳に、間の抜けた感じのする拍手音が入ってきた。

 音の方に目をやると、ヴァンがあぐらをかいて手を叩いていた。


「いやぁ、なかなかやるじゃねぇか」


 全く緊張感を感じさせない表情だが、その背後には、真っ二つにされた黒い獣の死骸が転がっていた。


「これで終わり?」


 メイリィの額には、じっとりと汗が浮かんでいた。

 やはり痛みはあるのだろう。


「使ってください」


 アラタはポーションを取り出してメイリィに投げて寄越した。

 メイリィが左肩にポーションをふりかけると、薄っすらと左腕の輪郭が現れ、いつの間にか元に戻っていた。

 何度見ても慣れない光景だ。


 黒い獣の死骸が光の粒子となって消えていく。

 が、経験値が入る様子はなかった。


「ねぇ、ドロップアイテムとかないの?」


 メイリィがヴァンに聞いた。

 ドロップはまず、リーダーであるヴァンの元に知らされるからだ。


「ないな。なんだったんだコイツら」


 エデン人の仕掛けた何か、であるはずだ。

 アラタはそれをヴァンに伝えるか迷った。

 メイリィの視線を感じた。もしかしたらメイリィはなんとなく察しているのかもしれない。


「たぶんですけど……」


 アラタが説明をしようとしたその時だった。

 

 最初に感じたのは冷気。

 開けた空間の中央、先程まで森深の大主が鎮座していた場所に、黒いワームホールがぽっかりと出現していた。

 しかもその大きさは、二体の獣が出てきたものの比ではなかった。


 黒い大穴の中に、真っ赤な光があった。

 まるで赤く光る瞳のようだが、もしそれが瞳ならば、その持ち主は相当な大きさということになる。


 おかしいと思っていたのだ。

 黒い獣は面倒な相手だが、エデン人の仕掛けた何かにしてはあっけなさ過ぎた。

 あの黒い獣は、この中に潜む何者かの眷属だったのだ。


 撤退、アラタの頭に最初に浮かんだ単語だが、逃げられるとは思えない。

 そもそも森深の大主戦の時に発生したミラーから抜けられていないのだ。

 この開けた空間からどこまで離れられるのかわかったものではない。


「ほう、あれが親玉か」


 ヴァンが大剣を抜き、大穴から覗く瞳と相対していた。

 こうなったら巻き込むしかないのだろう。


 アラタも構えようとしたその時だった。

 背中から風を感じたのだ。

 それもかなりの強風を。


 おかしいと思ったが、次の瞬間にはその正体に気付いた。

 吸い寄せられているのだ。黒い大穴に。


 しかも吸引の勢いは凄まじい速度で上がっていた。

 アラタはなんとか踏ん張ろうとするが、地面を滑り引き寄せられていく。

 跳び上がったらそのまま吸われて終わりだろう。何かできるとは思えない。

 ということは黒い大穴に吸い込まれてから内部で戦闘ということか。


 そこで違和感に気付いた。

 ヴァンとメイリィには、何の力も作用しているようには見えないのだ。


 アラタだけが吸い込まれようとしている。

 星を追うものだけ優遇されているということだろう。


 上等だった。

 アラタは覚悟を決めた。

 雷神もMPもないが、やってやろうではないか。

 アラタは売られた喧嘩は買う主義だ。


ARATA-RES:どうやら僕をご指名のようです。


 アラタは抵抗するのをやめた。

 体が浮き、黒い大穴の方に吸い寄せられ、


 思い切り横から蹴飛ばされた。

 ヴァンがヤクザなケンカキックを炸裂させていた。

 アラタに。


 アラタは吹き飛ばされ、黒い大穴の吸引から外れる。

 その代わりに、ヴァンが吸引の範囲に入っていた。


VAN-RES:面白そうなイベントだ。俺にやらせろよ。


 ヴァンが跳び、その体が黒い大穴に吸い込まれていった。

 吸い込まれたヴァンの姿は見えず、赤い巨大な瞳が、一度だけ瞬きをしたように見えた。


 それで終わりだった。

 黒い大穴は、自身に吸い込まれるように縮み、一瞬で消えてしまった。


 体に違和感。ミラーの消える気配だった。


 夜闇に包まれた古獣の森には、アラタとメイリィだけが取り残されていた。

 

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