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143/202

143.やっちゃった


 アラタは雷神を放つと共に反転した。

 雷神がガスに命中したかどうかは確認せず、一心に逃げの構えだ。

 

 上位プレイヤー4名と同時にやりあうのはいくらなんでも無理がある。

 アラタはそれほど自惚れてはいない。


 背後の気配を無視してアラタは駆け出した。

 目指すは倉庫の入口。


 入口付近にはカイラと目つきの鋭い女性、シータがいる。

 カイラから戦意は感じられず、いきなりの事態にパニックになっているように見えた。

 シータの方は冷静で、入口を塞ぐように動こうとしていた。


 アラタは惜しみなく縮地を切ってシータの守る出口へと向かう。

 速度をまったく緩めず、シータなどいないかのように走る。

 シータのクラスやスキルに関して難しいことは考えない。

 女王杯の団体戦に出ると言われていた以上、キャスターではなくタイマンが出来るようなクラス、近距離か中距離で戦うクラスなはずだ。

 奇をてらったトラップがある可能性は低い。

 ならばそのまま突っ込む。


 仕掛けるのは体当たりだ。

 バカ正直な体当たりは、回避は簡単でも扉を守る前提だと防ぐのは難しい。

 

 あと五歩、一秒もかからず詰められる距離になった時、シータの右手が動いた。

 その右手には、銃らしきものが握られていた。

 そう、この突撃を防ぐには迎撃しかないはずだ。


 アラタが右足を踏み込み、左足を浮かせたタイミングだった。


 銃口からの閃光、発砲音。


 アラタの額に、赤い筋がはしる。

 銃弾がかすって作られた傷だ。


 アラタは身体を回転させ、半身になって弾丸を躱していた。


ARATA-RES:スーサイド・ピクニックで遊んだことはありますか? アレのエクストリームでは目で見て銃弾を躱すことを要求されるんです。


 アラタの勢いは少しも衰えていない。

 アラタはそのまま回転しながら、背面になってシータに突撃した。


 ブチ抜いた。

 シータごと、扉を。


 砕け散る木材の扉と、吹き飛ぶシータの身体。


 それらを無視してアラタは再度駆け出していた。


 後ろは見ない。

 目指すはポータル。


 アラタは網膜のマップを意識の端で見ながら走った。

 縮地まで考えると、忍者の全力疾走に追いつけるクラスはそうはいない。

 あとは来る時に監視についていた輩だけ注意していけばいい。

 監視は倉庫にいた面子より腕で劣るのは間違いない。油断さえしなければなんとでもなるはずだ。


 アラタはメインストリートを目指して走り、メインストリートに入りかけたところで気づいた。

 背後から一人ついてきている気配がある。

 

 メインストリートに近づきプレイヤーの数が増えてきた。

 凄まじい速度で走るアラタを何事かとすれ違うプレイヤーが振り返っている。


 メインストリートに入った瞬間に縮地のリキャが戻った。

 建物の壁を蹴って反対側にある屋根の上へと飛び乗る。

 アラタは屋根に上がる途中に振り返り背後の人物を確認する。


 追跡している人物はリステンリッドの左にいた黒頭巾だった。

 それ以外にアラタを追っている者はいない。


 アラタは屋根上を走り、黒頭巾が屋根に上がったのを確認した瞬間反転した。

 黒頭巾が構える。黒頭巾は右手に短剣を握っていた。シーフかローグか、そういった系統のクラスなのかもしれない。


ARATA-RES:他の方々とはぐれましたか? 四対一の優位性を捨てて大丈夫ですか?


 縮地を切って一気にいった。

 それに合わせて黒頭巾の短剣がきらめいた。


 アラタの心臓あたりを狙った刺突。思いの外鋭い。

 アラタはその刺突を左手で受けた。

 逸らす余裕はなかった。アラタの左の手のひらを、短剣が貫通していた。

 

ARATA-RES:捕まえました。


 だが、それは狙い通りだった。

 シャンバラだったら絶対にできないが、この遊戯領域ならちょっと痛い程度だ。

 シャンバラで頭突きをした時に比べれば蚊にさされたようなものだ。


 そのまま黒頭巾の右手を握り、抵抗しようとした左手を抑え、黒頭巾を振り回して二人で屋根から落下した。

 黒頭巾が下になるようにコントロールして。


 地面への激突と同時に、右膝を黒頭巾の腹部にぶち込んだ。

 黒頭巾の左手を開放すると、アラタの右手には流星刀が握られていた。


 黒頭巾が念信をしようとした気配はあったが、それより早く黒頭巾の眉間に流星刀が突き刺さっていた。

 即死なはずの一撃を受けて黒頭巾が消えないことにアラタは一瞬警戒したが、そこでようやく蘇生待ちだということに気づく。

 死体が残るなど考えてなかった。街中でこれはよろしくないかもしれない。

 だとしても今できることはなく、それより優先すべきことはいくらでもある。

 アラタは間髪入れずに逃走を再開した。


 追っての気配はなく、アラタは道行く人を避けながらアヴァロニアのメインストリートを疾走する。

 もう邪魔ものはないようだった。

 全力疾走しながらだと監視の気配などわからないが、アラタを止めようという気骨のあるものは少なくともいないようだった。


 ポータルに到着すると間髪入れずにアクセス。

 一瞬迷ってから理由なくフィーンドフォーンに飛ぶことに決めた。


 視界がぼやけ、浮遊感に包まれる。


 フィーンドフォーンは相変わらず緑の匂いが濃かった。

 真昼のフィーンドフォーンの、しかもポータルとなるとプレイヤーの数がものすごい。

 アラタはフィーンドフォーンのBミラーに飛ばされたみたいだが、分割しているにも関わらず周辺には百人以上のプレイヤーがいるように見える。


 アラタは何人かの視線を感じた。

 ミラー42の騒動を知っている連中からの視線か、もしくはユグドラのメンバーかと思ったが違った。

 その理由は、見ている連中の視線から原因がわかった。

 アラタは額と左手から血を流しているのだ。

 慌ててポーションで治療する。


 とりあえず、ここまでくれば安全だろう。

 アラタの居場所を特定するのは難しいはずだし、これだけ人がいる中でドンパチを始めるのはなかなかできないはずだ。


 とはいえ、結局は思った通りの結果になってしまった。

 これでユグドラとの敵対関係は確定的だろう。

 向こうから売った喧嘩だが、まあ買ってしまった。


 戦闘の熱が冷め、色々なことを考える余裕が出てきた。

 そこでアラタは、もしかしてかなりマズいのではと思い始める。


 アラタはニルヴァーナというギルドを立ち上げたのだ。

 そして、そのマスターでもある。

 そんなアラタがユグドラというギルドとやりあったのだ。


 これはもう個人の問題では済まないのではないか。

 おそらくギルド対ギルドという図式になる。

 これからどうなるかわからないが、最悪アラタ以外のメンバーが狙われたっておかしくはない。


 向こうがやる気満々だった以上不可避だったとは思うが、アラタはようやくことの重大さに気づき始めた。


「これはちょっと……やってしまったかもしれませんね……」

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