139.厄災に備えろ
初日はギルドを作ったあと、メンバーを誘って終わった。
ニルヴァーナの初期メンバーはアラタ、ユキナ、パララメイヤ、メイリィ、ロン、ヤンの六人となった。
正直ヤンは来てくれるかわからなかったが、
「いいですよ、あなたと一緒だと何かと美味しいこともありそうですし」
とのことで来てくれた。
錬金など製作ができる要員がいるのは良いことだが、それ以上にヤンは付き合ってみると普通にいい人であった。
夜も更けたところでアラタはログアウトした。
アルカディアに縛られることがなくなったならばインしたまま休む気にはなれない。
アラタは個人領域に戻り、不健康な晩飯を終え、フォーラムをちょっとだけ眺めてから床についた。
2ndフェーズが始まったフォーラムの盛り上がりは異常で、総合のトピックなんかは会話になっているのかもわからない速度で流れていた。
横になっているのはチンケな布団に柔らかくない枕だが、アルカディアの宿に比べればアラタの個人領域は極楽だった。
何よりも自分の領域だという安心感がある。ここなら妙なことは起こらない。
システムにアラームを設定する。
アラタはすぐに眠りについた。
***
妙なことは起こらない、それは数分で撤回することになった。
見覚えのある暗黒だった。
嫌な予感がする。
アラタは確かに自分の個人領域で眠ったはずだった。
しかしこの無限の暗黒、足場が見えないのに足場のある感覚、光がないのに見えている感覚はアルカディアで体験している。
アラタはシステムにコマンドしてステータスを呼び出そうとする。
システムは反応しない。ということはこれは個人領域で見ている夢なのか。
それにしてはあまりにもリアルで現実感がありすぎた。
「いるんでしょう、出てきてください」
「ほう……」
声と共に目の前にあの老人が現れた。
ネメシスがクラウンと呼んでいた老人。アラタをアルカディアに閉じ込めた老人だ。
割と本気でビビった。
まさか本当に出てくると思わなかったのだ。
声の反響などを確認するために声を出す必要があり、どうせなら当たったら格好がつくであろうセリフを口に出してみただけなのだ。
それが本当に当たってしまった。
「また会えて嬉しいよ」
「僕は嬉しくないですけどね」
どういうことだ。
アラタは冷静を装いながらも激しく動揺していた。
ここはアルカディアではない。それは間違いないはずだ。
なにせアラタは個人領域で寝たのだ。個人領域はアラタの世界だ。干渉できるのは基本的に領域管理部だけで、保安委員会とて許可なくはそうそう干渉できない。
それなのに今目の前には老人がいる。
まったく笑えない事態だった。
夢の中の怪物が現実世界の鏡の中にでも見えたような感覚。
あり得るのか、そんなことが。
「思ったほど驚いてはいないようだな」
「親しい友人が実は物質人だった、くらいには驚いてますよ。それで? 今回はどんなクソ体験をさせてもらえるんですか?」
「なに、今日は話に来ただけだ」
「信じられませんね」
「信じる気がないのだろう。まあ構わんがね」
老人は本当に話に来ただけなのかもしれない。
アラタはアルカディアへと戻ったのだから。
むしろ戻らなかった時にどうなったかが気になる。
このエデン人は現実にも干渉できるのだ。
何がどこまでできるかわからないが、戻らなかった場合は交渉か、それとも脅迫かくらいされたかもしれない。
「まずは戻ってきてくれてありがとう。これは我々全体の喜びだ」
「我々?」
「エデン人の追想者さ。キミの体験はかなりの好評を得ているよ」
「栄誉は?」
「試練を終えれば、それも思いのままだ」
老人が笑う。
不快なことだが、老人は機嫌がいいように見える。
アラタが戻って嬉しいというのは本当のことなのかもしれない。
「それだけですか? てっきり次の試練云々の話でもされるのかと思いましたよ」
「そうだな。2ndフェーズにも試練はある」
出たよ。
アラタは老人にわざとわかるように顔を歪めた。
「そんな顔をするな。お前は最初の試練を突破し力を示した。貴重な人材に無茶苦茶はしないさ」
「貴重な人材ならもっとVIP待遇をしてほしいものですね」
「十分しているよ」
「足りませんね。その百倍はお願いします」
老人は呆れたように笑いながら首をかしげた。
「では2ndフェーズの試練を伝えよう」
老人の顔から笑みが去り、薄い灰色の瞳がアラタを見ていた。
「厄災に備えよ」
「厄災?」
「それだけ伝えておく」
「何もわかりませんよ。VIPの質問には答えてください」
「生き延びろということだ、2ndフェーズを」
「もし死んだら?」
「アルカディアへのアクセス権は失われるだろう」
あるではないか。
またしっかりとしたペナルティが。
かつてのアラタなら大喜びで自殺したかもしれないが、今のアラタにはそれはちょっと困る。
「わからないですね。僕がインしなくなったらアナタ方に不都合なのでは?」
「それはあるな。だが、お前はどうやら危機に陥るほど力を発揮する質らしい。いい作品を作るにはそれなりのリスクは必要だ」
「それなら適当な崖から飛び降りて試練を終えるのも良さそうですね」
「いいのか? 会いたい誰かを探すこともできなくなるぞ?」
こいつ、どこまで知っている。
そんな驚きが先行したが、考えてみれば当たり前なのかもしれない。
アルカディアのアクセスに同意した時点で記憶は読まれているのだ。
細かい事情がわからなくてもそれくらいのハッタリをかませる可能性はある。
「まあ心配はしていない。お前は文句を言いつつも試練に立ち向かうだろう。私にもそれがわかってきたよ」
「ますますやる気がなくなりますね」
老人の姿がぼやけ始めた。
「いいか? 厄災に備えろ。我々はお前の活躍を期待しているぞ」
老人の声に徐々にエコーがかかり、姿が薄くなっていき、最後には消えてしまった。
無限の暗黒の空間に、アラタだけが取り残された。
夢から無理やり目覚める要領で脱出できるのだろうか、そう考えたところで信じられないほどの眠気が来た。
まともに立っていられず、アラタは崩れるように倒れる。
暗黒の地面がひんやりと冷たい。
どうがんばってもまぶたが降りて来てしまう。
アラタはそのまま深い眠りに落ちた。
アラームで目覚めた時には、そこはいつも通りのアラタの個人領域であった。




