137.帰還
アラタは布団の上に大の字で寝そべっている。
今思い返してみると、昔ほどは嫌な気分にはならなかった。
それぞれの事情もわからないでもないし、アラタも本当にガキだった。
しかし、それだけではないのかもしれない。
現状も関係しているのだろう。
アルカディアでできた友人は、きっとエバーファンタジーの時とは違う。
だからこそ心に余裕ができたのかもしれない。
それよりも気になるのはやはりヴァンの行方だ。
姿をくらませたのも、アラタにアミュレットを渡した理由も、何もわからない。
これだけ消息がないとヴァンはエデンにでも行ってしまったのかと思ったが、ケンジロウからアルカディアにいるという話が届いていた。
わざわざ原始メールでの連絡をよこすくらいだから、何か確証のある情報なのだろう。
ヴァン・アッシュがアルカディアにいる。
アラタとしては信じられない話だが、メンテナンスに入る直前に見た姿と、ケンジロウからの情報を鑑みるに本当にいるのかもしれない。
アルカディア。エデン人の作った遊戯領域。
何やら保安委員会の目をかいくぐりろくでもない事をしようとしている気配のある、怪しい遊戯領域。
もしかしたらろくでもないでは済まない何かが起ころうとしているのかもしれない。
そして、アラタはなぜかその渦中にある。
戻るには、あまりにもリスクが高い。
エバーファンタジーでの出来事を思い出して、急にアルカディアで出会った仲間と会いたくなった。
ユキナにパララメイヤは純粋に遊戯領域を楽しんでいて、決してアラタを裏切るということはないだろう。
メイリィは――――わからない。純粋に遊戯領域を楽しんでいるのは確かだが、面白さを優先してとんでもないことをやらかす可能性がないとは言い切れない。
最後のダンジョンをみんなで攻略した雰囲気は悪くなかった。
あんな体験がずっと続くというならば、それはまさしくかつてのアラタ少年が望んでいたものだった。
そして今も、それを望んでないとは言えない。
それが最後の一押しになった。
アラタは身を起こした。
戻ろう。
そう決めた。
時刻は12時8分で、既にメンテナンスは開けている。
アラタはシステムにコマンド。
別領域への移動を選択。
その移動先は、もちろんアルカディアだ。
***
ログインすると、そこは最後の街、アヴァロニアだった。
アラタが前夜祭の直前にいた座標はフィーンドフォーン近くの廃神殿であったはずだが、どうしてか最新の街に飛ばされていた。
もしかしたらプレイヤー分散のために、行ける最新の街に飛ばされているのかもしれない。
アヴァロニアのポータル周辺にプレイヤーがいる。
それも結構な人数だった。
アラタが見たこともないような装備をつけたプレイヤーも多い。
アヴァロニアに他のプレイヤーが多いという時点で違和感がすごかったが、冷静に考えればミラーが統合された影響だ。
アラタのいたミラー42では1stフェーズでアヴァロニアにたどり着けたプレイヤーはほぼいなかったが、50以上あるミラーのすべてが統合されたならば、これくらいの人数がいてもおかしくはない。
アラタは知り合いがいないかと、ポータル周辺にいるプレイヤーに目をはしらせた。
いるのは知らないプレイヤーばかりだった。
さてどうしたものかとフレンド欄を開く。
ユキナとメイリィとパララメイヤの三人は、揃ってガイゼルにいるらしい。
ロンはアデプト鉱山なる場所にいる。これはもしかしたらユキナに強制労働させられているのかもしれない。アラタは心の中でロンを労う。
ひとまずガイゼルに飛んでみるかと考えたところで、ポータルから人が現れた。
ポータルから現れたのは三人で、アラタのよく見知った人物だった。
アルカディアで見知った人物と言えば決まっている。
ユキナとメイリィとパララメイヤだ。
アラタは会いに行こうとしたが、どうやら向こうも同じことを考えたらしい。
ユキナがアラタを見るやいなや駆け出してきた。
そのまま突進でも仕掛けてくるのかと思う速度でアラタへと迫り、そのまま抱きつかれた。
アラタはいきなりの事態に混乱する。
「な、なんですか!?」
「アラタぁ、ウチ会いたかったわぁ!」
胸元から響く歓喜の声に余計どうしていいかわからなくなる。
昨日シャンバラで会ったばかりだというのに、生き別れて再会したような態度はなんなのか。
そこから昨日の出来事を思い出す。
アラタはユキナのパートナー(偽)になってしまったのだと。
そこまで考えてから、もしやユキナは本当に自分のことが好きなのでは、だからこうも軽々しく抱きつかれているのではと考えていると、突然ユキナが抱擁をやめて振り返った。
ユキナが振り返った先には、メイリィとパララメイヤが歩いて来ていた。
「な? 言ったやろ? はよ出すもん出しぃ」
メイリィは不服そうな顔、パララメイヤはなぜだか申し訳無さそうな顔をしている。
「持ってきなさい、ったく」
「わ、わかってますよっ!」
見た目上で何が起きているかわからないので、システム上で何らかの取引がされたのだろう。
「何の話ですか?」
ユキナがアラタを振り返り、
「うん? なんでもないよ?」
「なんでもないってことはないでしょう」
ユキナはごまかそうとしていたが、メイリィはそれを許さないようだった。
「賭けてたのよ」
「何をですか?」
「アラタがメンテ開け1時間以内にインするかどうか」
アラタは時計を呼び出す。時刻は12時32分。しっかりメンテ開けから1時間以内だ。
「アタシとふわふわちゃんは1時間以内には来ない方に賭けて、まあ負けたってわけ」
「待ってください、じゃあ僕を見つけてあんな喜んでたのは――――」
「ちゃ、ちゃうよ!? ウチはアラタが来てくれて単純に嬉しかっただけや」
なんだ、それでは金が手に入るから大喜びをしていただけなのか。
なんだか残念な気もしたが、アラタはユキナが自分のことを好きと勘違いしなくて良かったと思う。
やはり男はすぐそう思い込むものなのだ。これからも自戒を続けなければならない。
メイリィに、パララメイヤまでもがじとっとした目でユキナを見ていた。
そんなユキナはテヘペロとばかりに舌を出してごまかそうとしている。
「でも、どうしてアラタさんがすぐ戻って来るってわかったんですか? わたしなんて、アラタさんから戻って来ないような話だって聞いてたのに」
「それは簡単。遊戯領域で本当にいなくなるやつってのはな、ネコ流のさよならをするもんや」
「ネコ流……ですか?」
「ある日ふらっと突然いなくなるんよ。ぐだぐだとやめるやめないの話なんてせーへん」
「確かにそれはアタシも経験あるかな」
「そういうものなんですか?」
とパララメイヤはなぜかユキナではなくアラタに向かって聞いた。
「いや、わかりませんけど。ところで僕を出しにして儲けるって――――」
「ちゃんと美味しいもんでも奢るよ?」
「そういう問題じゃ……」
「堪忍してや、旦那さま」
「旦那様?」
メイリィがその部分にだけ反応した。
その話をここで出すのは、なんだかとてつもなく不味い気がした。
「わかりましたよ、それなら文句はいいません」
「やっぱり話がわかるなぁ」
ユキナはニコニコしている。
アラタとしては妙な弱みを握られたような気がしてあまりいい気分ではない。
「まあなんにせよ、アラタさんおかえりなさい」
パララメイヤが微笑みながらそう言った。
その表情には、純粋な喜びだけがあるように思えた。
そんな言葉が、表情が、不思議なほどアラタに刺さった。
まだ三日しか経っていないのに、なんなら全員がログインできなかった期間であるのに、仲間から「おかえり」と言われるのはどうしようもないほどの安心感があった。
アラタは、たぶん自分は微笑んでいるのだろうなと思いながらこう言った。
「ええ、ただいま」




