123.中の人
アラタは中の人についてポジティブなイメージを抱いたりはしない。
それは十年以上前にエバーファンタジーで学んだこの世のルールだ。
だからアラタは中の人についてネガティブなイメージばかり想像している。
期待してヤバかった場合はその期待分だけがっかりする。高いところから落ちればその分だけ痛いのだ。
なので、アラタは自分の心を守るためにも最初から期待値を思い切り下げておくわけだ。
アラタは今、パララメイヤを見て硬直している。
テーブルを挟んでそこにいるパララメイヤは、帽子とサングラスを外していた。
髪の毛が蛇だったり、目が四つあったりするわけではない。
むしろポジティブな方面の衝撃がアラタを硬直させていた。
なんでそんな変装じみた服装をしていたのか、どうしてワールドスクウェアではなく、それよりも人が少ないNEスクウェアを指定したのかこれで得心がいった。
アイドルはそう簡単に姿を見せてはいけないのだから。
パララメイヤのアルカディアでの姿は、Beginner Visionのボーカルである鵯にとても似ていた。
鵯をそのままいくらか成長させたような姿で、てっきりパララメイヤがファンだから、鵯に似せたアバターを作ったと思っていたのだ。
そうではなかった。
鵯はボリュームのあるふわふわの髪に、ちょっと泣き虫そうな垂れ目をしている。
そして目の前にいるパララメイヤは、完全にそれそのものだった。
「え……ちょ……え?」
アラタの口から出たのは、そんな情けない言葉だけだった。
アラタがBeginner Visionで好きなのはその曲で、鵯に惹かれるのはその歌声からだ。
だから特別鵯の追っかけというわけではない。
それでもその衝撃は計り知れない。
そんな偶然はありえないだろう、そういった考えが頭の中でぐるぐるしている。
「その、黙っててすいません……」
目の前の鵯=パララメイヤは申し訳無さそうにしている。
そんな偶然とは思ったが、もしかしたら偶然ではないのかもしれない。
アルカディアはパララメイヤの記憶だって読み取っているはずだ。
となればパララメイヤがアラタ・トカシキのファンであり、アラタがBeginner Visionのファンであることの両方を知っていたはずだ。
そしてどういう理由かは知らないが、アラタがアルカディアにおいてスペシャルゲストだったのは間違いない。
ならば互いを引き合わせるために同じミラーに置くというのはあるかもしれない。
というか確率的に考えれば十中八九そうなのだろう。奇跡はそう簡単に起こらないものだ。
「わたしがBeginner Visionの鵯だって言ったら、アラタさんが今まで通りに接してくれなくなっちゃうかと思いまして」
人付き合いの上手いイケメンであれば、かっこよく今までと変わらないよと言えるのだろう。
アラタには普通に無理だった。そんなことはできない。
「変わりますよ! そんなのは!」
他の客からの視線に、アラタはいくらか声のトーンを落とした。
「すいません。しかし、ないでしょう……そんなのは……」
「その、なんていうか、ごめんなさい……」
「謝らないでください。メイヤは悪くないんですよ。しかし、なんというか……」
アラタはパララメイヤの目も気にせず頭をかき、
「僕はBeginner Visionのファンですし、ボーカルの鵯のファンです。そしてその鵯が僕のファンだった。そういうことですか?」
パララメイヤは少し恥ずかしそうにしながら、
「……はい」
「あるんですか、そんなの?」
「あってすいません……」
「いや、謝らなくてもいいんですけどね」
アラタはひとつ大きな深呼吸を挟む。
「わかりました。メイヤはメイヤです。そんな感じでがんばってみます」
「そうしてくれるとわたしとしても。どうすればいいか迷ってたんですけど、隠したままというのも嫌でしたし……」
「とりあえず注文でもしますか」
「そうですね。そうしましょう」
アラタは注文を開いて適当なセットを注文する。パララメイヤもすぐに決めたようで、テーブル横にウィンドウが開いた。
表示されているのは調理の様子だ。
こういったちゃんとした店では出来合いの料理がいきなり生成されたりはしない。
材料から調理して、それをテーブルまで運んでくれるわけだ。
待ち時間の娯楽として、客は調理の様子を確認できるようになっている。
「しかしなんで天下の鵯が、いや、天下かどうかはわからないですけど、その鵯がアルカディアで遊んでるんですか? 活動休止と何か関係が?」
「ええ、わたし自身もちゃんと遊技領域で遊んでみようと思いまして」
そういえばパララメイヤは遊技領域でまともに遊ぶのはアルカディアが初めてと言っていた。
今考えると、初めてなのにアルカディアのアクセス権が手に入れられたのは、Beginner Visionの名誉故なのだろう。
「というとBeginner Visionの曲は遊技領域で遊ばずに作っていたんですか? そうとは思えない内容でしたけど。自分でいうのもなんですが僕はヘビーユーザーで、そのヘビーユーザーに刺さったんですから」
「それはそうですよ、アラタさんの追想をみて作った曲なんですから」
「え? あ? あ、そうですか」
パララメイヤがアラタのファンなのは間違いない。
話した範囲でも、アラタの覚えていないような追想まで正確に覚えていたからだ。
そんなアラタの体験を元にして曲を作っていたというのか。
通りで異様に刺さるわけだ。
アラタは首を振る。
「どうしたんですか?」
「わからなくはないんですけど、理解を越えた話過ぎてね。嬉しい話ではあるんですが、人間現実についていけないとこんな感じになるんだなって実感している最中ですよ」
「わたしもアルカディアでアラタさんと同じミラーにいると知った時は、たぶんそんな感じでしたよ」
パララメイヤが笑った。
「一部で叩かれてたんですよ、わたし」
「叩かれてた?」
「ちゃんと遊戯領域で遊んだことのない奴が作った曲だーなんて。それは確かにそうで、わたしどうしても気になっちゃって、だからちゃんと遊んでみよっかなと思って」
「それでアルカディアをプレイしてみたと」
「そんな感じです。そしたらアラタさんがいて、しかも知り合えて一緒に遊べて、本当に楽しい時間が過ごせました」
そう言うパララメイヤはどこか幸せそうで、本当に楽しい時間が過ごせたということに偽りはなさそうだった。
「それで聞きたかったんですけど、アラタさんはもうアルカディアでは遊ばないんですよね?」
「メイリィも同じような話をしてましたね。メイヤもユキナもそれを気にしてたって」
「気になりますよ。あのアラタさんと遊べたの、とっても楽しかったですし」
「褒めてもなんにも出ませんよ」
「わたしは正直、まだ一緒に遊びたいと思ってます。けど、やめるべきだと思うんです」
「どうしてですか?」
「だってエデン人が何かしてるのは間違いないじゃないですか。このままアラタさんがアルカディアに関わったら、アラタさんの身にとんでもないことが起こる気がするんです」
「もう結構とんでもない目にあいましたけどね」
「だからアラタさんはやめるべきだと思います。勝手に意見を押し付けるようで申し訳ないですけど」
「至極真っ当ですよ。それに僕もやめようと思ってましたしね」
はっきりやめるべきだというのは意外な気もしたが、パララメイヤらしい気もした。
パララメイヤは一呼吸間を置いて、ちょっと言いづらそうにしながら口を開いた。
「それでもしよければ、別の遊戯領域で遊んでくれませんか? アラタさんの都合がいい時だけでもいいんで」
アラタはそれを聞いて笑った。
「何か変な事言っちゃいました?」
「メイリィも同じことをいいましたよ。こういうところは前とは大違いだなって」
「前って?」
「僕の昔の話ですよ」
エバーファンタジーの時は、その領域内だけでの付き合いだった。
それに比べて、今は大違いだなと思う。
もしかしたらフレンドとは、友達とは本来こうしたものなのかもしれない。
「いいですよ、別ゲーで遊ぶの」
「ホントですか!?」
「その変わり、いい曲を作ってくださいね。こう見えてもファンなんで」
「それは任せてください」
そこでようやく料理が届いた。
ウィンドウに表示されている調理の様子など、まるで見ていなかった。
「それじゃあいただきます」
「はい、いただきましょう」
そこから先は、終始和やかなムードで時間を過ごした。
あの鵯に直接曲について聞いて、アラタの追想の話が出てくるのは頭が混乱したが、得難い経験であるような気はした。
結局、その日はほとんどの時間をポラリスで話すことで過ごしてしまった。
店から出る頃には、パララメイヤがあの鵯だと意識する気持ちは消えて、すっかり普段通りに戻っていた。




