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121.読まれないメール


 アラタはメイリィよろしく大の字になってじたばたとあえいでいた。

 自分の領域で。

 一人で。


 ひとしきりじたばたしたあと、ピタリと止まって死んだように動かない。


 昨晩、ユキナから念信があったのだ。

 曰く「明日はメイヤちゃんと遊んだってな! ウチはトリでええから!」

 だそうだ。


 そういうわけで、今日の午後からパララメイヤと会うことになってるわけだ。

 遊戯領域ではなく、普通の生活領域で。

 アバターの姿ではなく、実際の姿で。


 どうしてこうなったのか。

 それはもちろんアラタから会おうと誘ったわけだからであるが、今になって後悔していた。

 あの時はテンションがおかしかったのだ。

 

 いよいよアルカディアから開放されるのか、もしくは消滅するのか。

 そんなクライマックスでどこかおかしくなっていた。

 自分の領域に戻って冷静になった今となっては、会うよりも会わないでいた方がいいのではないかと思っていた。


 メイリィの場合はアルカディアでの姿を成長させたような、アラタより年上に見える女性だった。

 ではパララメイヤはどうか。

 まず女という保証すらない。筋骨隆々の男かもしれないし、オークみたいな女性かもしれない。

 そうでなかったとしても、パララメイヤのイメージが崩れる可能性は高い。

 それならば髪の毛のふわふわしたハーフエルフの女の子のままであって欲しかった。

 会う約束をした今となってはもう遅いが。


 なぜこんなに悩んでいるかと言えば、アラタはパララメイヤに特別な感情を抱いているからだ。

 恋愛感情とは違う。そういったものではない。

 なんというか、表現しがたい特別な感情なのだ。


 PK魔扱いされてプレイヤーから避けられている時にアラタに関わってくれて、しかもEバイヤーとしてのアラタのファンだというのだ。

 それに、とパララメイヤが歌っていたのを思い出す。

 パララメイヤはアラタと同じ、Beginner Visionのファンだ。そのはずだ。

 知っているとか聞いたことがあるとかで話を合わせているということはない。

 あの歌は本当にBeginner Visionの曲を聴き込んだものだけが歌える歌だったと思う。


 アラタは今も自分の領域でBeginner Visionの曲を流している。

 アラタは音楽通というわけではなく、むしろ音楽などほとんど聴かない男だった。

 それなのに、なぜかBeginner Visionの曲は刺さった。

 そのほとんどが遊技領域での物語を歌ったものだから、そのせいなのかもしれない。

 そして、ヴィジョンでボーカルの(ひよどり)が歌っている姿を見て完全にファンになったのだ。


 パララメイヤが歌っている姿は、まるで鵯そのものだった。

 アルカディアでのアバターが鵯を似せたものだから当然なのかもしれないが、歌の質まで含めると完全に鵯だ。


 そんな子のシャンバラでの姿に会うのかと思うとなんとも言えない気持ちになり、アラタは再び畳の上でじたばたする。


 アルカディアでの初めての仲間で、アラタのファンで、しかも同じ趣味を持っている。

 さらにめちゃくちゃいい子ときた。

 なんというか守ってやりたいとか、大切にしてやりたいとかそういった感情を抱かせる存在なのだ。


 そんな存在が実際に会ったらオークな場合どうするのか。

 人は見た目じゃないというのはわかるが、それでもやっぱりアラタはがっかりしてしまうだろう。

 そんな自分の愚かさでパララメイヤの評価を下げてしまうのが、もしかして嫌なのかもしれない。

 

 会うのを中止といえばパララメイヤはそれをきいてくれる気がする。

 だが、誘っておいて中止なんて失礼はできないだろう。

 もう、腹をくくるしかない。


 時刻は11時50分。

 12時にはNEスクウェアの大時計塔前で落ち合うことになっている。

 最初はワールドスクウェアを提案したのだが、もっと落ち着いたところにしませんかと言われてしまったのだ。

 

 プランはほぼなにもない。

 会って、話して食事処などを決めていけばいいだろうというプランだ。


 アラタはコマンドして着替える。

 服は一応アラタが持っている中で最もフォーマルなものを選んだ。

 アラタが持っている中で最もフォーマルというのはつまり、半袖のTシャツにぶかぶかのスウェットよりちょっとだけマシなもの、ということだ。


 コマンドからNE領域のスクウェアへと飛ぶ。

 数秒の待機時間を経て、アラタの姿が個人領域から消えた。


 ***


 ところで、原始メールというものが存在する。

 個人領域のアドレスに付属した連絡機能だ。

 要は家のポストに入れる手紙のようなものだ。


 ただ、この機能はほとんど使われることがない。

 知り合いが連絡をとりたいのであれば、念信で済ませればいいからだ。

 念信は直接やりとりする以外にも、ログにメッセージを残すだけということもできる。

 だから原始メールを使う必要などほぼないといっていい。


 そういうわけで、入ってくるのは怪しげな宣伝ばかりというのが普通だ。

 なので基本的には強力なフィルターをかける。

 そのため原始メールが到着にまでこぎつけるということ事態極めて稀だ。


 アラタは今、個人領域からでかけた。

 しかし、個人領域には一通の原始メールが到着していた。

 アラタはパララメイヤに会うことばかり考え、個人領域のステータスをチェックしなかったが、よく見ると一通の原始メールが到着している通知が確かにある。


 フィルターによって宣伝ではなく、知らない人間からでもない、意味のある連絡であると保証されたメールが到着しているわけだ。

 アラタはそれに気付かずに出かけた。


 NE領域に到着し、ちょっと迷いそうになりがならようやく大時計塔に着こうとしている。

 個人領域に届いているメールのことなど、知る由もなく。

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