111.終わらない戦い
しまった。
アラタは自らの判断ミスに気付くが、その時にはもう遅かった。
今アラタの左肩には虎の爪によってつけられた傷がある。
それはつまり、少なくとも攻撃のタイミング前後には虎は実体化していたということだ。
ダメージが通る可能性があったのに、それを試すことすらできなかったのは痛い。
虎は再始動して跳ね回っている。
アラタは無理に追わず、一度呼吸を整えた。
真剣であれば真剣であるほど守りに入ってしまうのは問題だ。
が、失敗したら全てが終わる可能性を考えるとリスクの取り方を正しいバランスで行うのは不可能に思える。
虎の動きが止まる。
また何かする気か。
アラタは身構える。
虎の咆哮。不自然な音の反響。
このパターンは見たことがある。
アラタはすぐに避けられるように構え、目の前に広がる光景に目を疑った。
壁だ。
光の壁。
虎の前から、途方もなく巨大な光の壁が出現したのだ。
光の壁はどこまでも続いているように見えた。横にも上にも無限に広がっているように見える。
広大に見えていた空間が、途端にせまく感じた。
再度咆哮が聞こえる。
壁などないかのようにその音は鮮明だった。
そして、光の壁が迫ってきた。
早い。音もなくアラタに迫る壁は今にもアラタを押しつぶしそうだった。
アラタは歯を食いしばって覚悟を決めた。
回避手段が思いつかない。速度も逃げ切れるものでもない。
ならばできることをするしかない。
アラタは印を結びながら壁へと走った。
壁の性質も厚さもわからないが、炎の壁のようなものだった場合、接触時間が少ない方が被害を減らせる可能性がある。
避けられない以上、攻撃によって壁に変化を与えて回避できる可能性もある。
何もわからず一発勝負である以上、思いつく全てをやってみるしかない。
保険に空蝉を切り、それから発声する。
「雷神」
アラタの指先から電撃がはしり、壁に激突した。
電撃は壁の一部を貫き、そこに穴ができる。
壁が高速で迫り、アラタはちょうど穴の空いた部分をくぐり抜けた。
心臓が飛び出しそうだ。
死ぬかと思った。
虎の姿が視界に入る。
虎が左右に小さく尻尾を振っている。
見逃さない。
遖肴エ・逋ス陌:CAST>>鏡騒惑乱。
ログに虎のキャストが表示されていた。
負けた時には、安置を逆転させるような何かだったスキルだ。
虎の姿勢が変わり、後ろ脚に力が漲る。
それ以外に見た目上の変化はわからない。
虎の前に白いモヤのような何かが発生。アラタの側に変化はない。
虎が跳んだ。
アラタもそれに合わせて横に跳んだ。
背後。
洒落にならない風圧がアラタの身体を撫でた。
アラタは転がりながらその手に手裏剣を出し、膝立ちになりながら手裏剣を虎へと投げた。
手裏剣が虎を追い、その刃が虎へと刺さった。
虎は無反応で反転してアラタを見る。
刺さった。それが重要だった。
大したダメージにはなっていないだろう。だが、今も手裏剣は虎の臀部に刺さっている。
虎が無反応なのはダメージが小さいからで、効果があった可能性は高い。
つまり、瞬間移動して攻撃してくるタイミングの前後だけ攻撃が通るのではないかと思う。
アラタはそれに賭けることにした。それ以上有力な手段がない。命をかけるならば一番ありそうなところにかけるべきだ。
虎の青い瞳が怪しく輝き、手裏剣が外れた。
実体化が解けたということか。
片目だけ輝く。
そのモーションも見た。
違うのは、光った瞳が青色の側だったというところだ。
アラタの予想通り、暗黒が青と紫の二色のフィールドに分割される。
アラタは自らのHPをチェック。大丈夫だ。先程受けたダメージと同じなら死ぬことはない。
だが、どうクリアする?
それが問題だった。
できれば先ほどと同じ処理でいきたいところだが、それ以上考えている時間がない。
どっちだ。どっちに行けばいい?
鏡騒惑乱。
反転。
まだ有効なのか。
ただ頭に浮かんだ閃きだけを信じて青側に跳んだ。
視界が閃光で満たされ、身体に痛みが走る。
閃光が晴れ、暗黒空間へと戻る。
アラタ・トカシキ
HP75/214
大丈夫だ。生きている。
ダメージを受けている以上ギミックに成功したのか判断しようがないが、凌いだのは間違いない。
おそらく安置は反転していたのではと思う。ゲームとして考えた場合、これだけ派手な攻撃で再度同じことをしてくるとは思えない。
最終的には、それが判断の決め手になった。
虎は再度跳ね回る。
アラタはそれを無視する。
追いかけても意味はないだろう。
次の虎の突進、それだけを狙う。
虎が走りながら尾を振っているように見えた。
アラタは緊張を高める。
虎の咆哮。
虎の進路に白いモヤ。
そして、アラタの前にも白いモヤが出現していた。
狙う。
虎がモヤへと突っ込んだタイミングで八重桜を使った。
MPを乗せるのは右肘。これでスカしたら全て終わりだ。
虎の出現。
アラタはさらに前へと踏み込み、虎の鉤爪を掻い潜った。
――――八重桜。
アラタの肘が、完璧に虎の眉間に命中した。
命のかかった場面で不謹慎なのか、それとも人間の脳の正しい反応なのかわからないが、アラタが感じたのは「気持ちいい」という感覚だった。
たぶん、そういった脳内物質でも溢れ出ているのだろう。
会心の手応え。
煙に対して攻撃したのではなく、間違いなく実体を持った巨大な虎に命中させた感触。
虎が、まるでトラックにでも跳ね飛ばされたように吹き飛んだ。
地面に激突してから何回転もしてようやく止まる。
それからピクリとも動かない。
十秒が経ち、二十秒が経った。
虎はまだ動かない。
勝ったのだろうか。
アラタに判断する術がない。
虎は攻撃を受け付ける時間が極めて短かった。
それなら耐久がそれほどないはずだ。
同撃まで乗ったほぼ最大の八重桜の直撃で、倒してしまっても不思議ではない。
というか、これで起き上がったらかなり不味い。
雷神二発を使い切り、八重桜を使ってMPまで空だ。
そこで煙の虎が浮き上がった。
不自然な浮き上がり方だ。
虎自身の力で浮き上がったというよりも、見えない何かに首根っこを捕まえられたような、そんな浮き上がり方。
まだ終わってないのだ。
クソ。
アラタは流星刀を抜刀。
スキルがなくてもやるしかない。
そこで、アラタはあるはずのない感覚を感じた。
念信だ。
遖肴エ・逋ス陌-RES:やるな、シャンバラ人。




