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109/202

109.小手調べ


 全ての準備が整ったのを確認して、アラタは出発した。

 フィーンドフォーンに移り、森を行き、廃神殿へとたどり着く。

 そこからさらに地下へと潜り、最奥のポータルの前に立つ。


 ここに来るのは、これで三度目だ。

 軽く手足を振るう。調子はいい。

 生死を分かつ場面だが、恐怖はない。


 目の前には、真っ黒なポータルが開いている。

 戦闘前にあらかじめ抜刀しておく。流星刀の柄が心地よく手に馴染む。


 アラタは大きく息を吸って、吐いた。


「さあ、やりますか」


 アラタは、経験のない状態になっていると感じていた。

 緊張は、している。流星刀を握る手が気を抜くと震えそうになる。

 舌が乾くのがやけに早い。自分の鼓動の音が聞こえてくるようだ。


 アラタはそれを、完全に受け入れていた。

 無理に緊張をほぐそうとは思わない。

 緊張しているということは、気が引き締まっているとも言える。

 緊張によって動きが鈍るということはないはずだ。


 アラタはこの十年、ひたすらソロで遊技領域ゲームを遊んできた。

 その内容は、どれも自らの身体を使った戦闘モノだ。


 十年間ずっと、戦って、戦って、ひたすらに戦ってきた。

 動きは身体に染み付いている。今思えば最初から精神面での問題だったのだ。

 今はもう油断はない。

 

 アラタはゆっくりとポータルに入った。

 特別な感覚はなにもない。地続きの床を歩いているのとなんら変わらない感覚。

 

 そうして視界が変わる。

 廃神殿の地下にある最奥の小部屋から、無限に続くように見える広大な荒野へ。

 

 前に来た時と少しも変わらない。

 無限の荒野、空と地面のところどころにある小さな染み。

 

 もう間もなく、虎は現れるはずだ。

 意識を集中すると、わずかだが何かが弾けるような音が聞こえていた。

 

 アラタは距離をあけたまま待った。

 出現の瞬間に不意打ちを狙うという線もなくはないが、どうせ無敵時間なりが設けてある気はしている。

 それにもう虎の動きはわかっているのだ。

 普通にやれば普通に勝つ。そんな自信が今のアラタにはあった。


 まばゆい閃光がはしり、虎が現れた。

 白い身体、青みがかった縞模様、紫と青のオッドアイ、何度も頭の中でイメージした相手だ。


 遖肴エ・逋ス陌

 HP???/???


 名前は文字化けしていて相変わらずわからない。

 もしかしたらこれも揺さぶりの類なのかもしれない。


「会いたかったですよ。いや、会いたくはなかったですけどね」


 虎が、吠えた。

 身体に響く咆哮。


 アラタはそんな咆哮を浴びながら、強化薬を切った。

 ここまでやる必要があるのかは知らないが、できることは全部やると決めていた。


 一気に距離を詰めにかかる。

 虎もアラタに襲いかからんと動き出す。


 縮地。

 接触の手前で速度をずらし、駆け抜けざまに虎を斬りつけた。


 勢いを殺さずに動きながら反転して虎の姿を確認する。

 虎も反転してアラタを睨みつけていた。


 傷。

 虎の左肩に刀傷があった。

 血はあまり見えていないが、皮が裂けて肉が顔をのぞかせている。

 そんな傷は、もちろん今までになかった。


 通ったのだ。アラタの攻撃が。

 流星刀に、強化薬に、食事のバフまで乗せた状態。

 今の一撃も勢いはあったが、それほど威力を出そうとした攻撃ではなかった。

 それでも攻撃が通ったのだ。


 アラタは油断しないように再度気を引き締める。

 攻撃が通るのが確認できた以上、あとは普通に戦うだけだ。

 攻撃パターンはわかっている。

 普通にやって、普通に勝つ。それだけを目指す。


 相手の耐久性がどれくらいかはわからないが、ひとまずスキルは温存する方針でいこうと思う。


 アラタは足をとめ、虎の突撃に合わせた。

 

 虎との戦いを思い返してわかったのは、その目を見てはいけないということだった。

 紫と青のオッドアイがやたらと目立つので見てしまうが、そこにあまり意味はないのだ。


 アラタは対人戦であれば相手の瞳は常に意識する。

 意思は必ず瞳に現れるからだ。

 玄人になれば視線でのフェイントなどもあり得るが、それすら意思で情報だ。

 そういった駆け引きの対応で失敗した経験はほとんどない。


 それに対して、虎に意思はない。

 ただの単純なNPCだ。接近戦においてもパターンから決まった攻撃を繰り出すだけ。

 視線もアラタを見ているのか見ていないのかわからない。

 口、爪、それに突進、その三つに集中していればいいだけで、駆け引きは存在しない。

 なまじ瞳を見てしまうと、そこに意識を割く分だけ他への集中が乱れてしまう。


 戦いは一方的だった。

 虎の攻撃は一撃も当たらず、アラタの側は外した攻撃がない。

 

 虎が一度目の離脱をする頃には、虎の全身は真っ赤に染まり、片目が潰れていた。

 虎が吠え、地面に電気のような軌跡がはしり始める。


 攻めるという手もあったが、アラタは地面の染みへと逃げ込んだ。

 よく見ると虎の毛も逆立ち、電気のようなものを纏っているように見える。

 無理して経験のないカウンターを受けたら馬鹿らしい。


 念の為にバトルログも確認するが、虎がなんらかのスキルを使用した形跡はなかった。


 虎が再び吠え、同時に光の柱が視界を満たした。

 アラタはその間、肩を持ち上げて首を左右に鳴らした。


 そうして、光の柱が消える瞬間にアラタは動いた。

 刀を両手でしっかりと握る。

 虎の未来位置を予測し、そこに照準を合わせて全力で走る。

 そのまま回転し、ハンマー投げのようなめちゃくちゃな動きで刀を振るった。


 完全に噛み合っていた。


 突撃しようとする虎の位置はドンピシャ。

 アラタの刀が、その眉間を完璧に捉えた。


 確かな手応え。


 アラタは刀を振るった力のまま前転して勢いを殺す。

 今度は手は無事だった。おかしな方向に曲がったりはしていない。


 回転から立ち上がり、虎を振り返る。


 虎は、着地していた。

 しかし、何かがおかしい。


 着地のあと、一歩、二歩と踏み出して、そこから横に倒れた。

 大型の虎が倒れた重量感のある音が、アラタの耳にまで届いた。


 アラタの位置からは虎の傷は見えないが、頭部らしき場所に血溜まりができ、今もそれは広がっていた。


 アラタは空と荒野を見る。

 まだ染みはほとんど広がっていない。

 ログに強化薬の効果切れが表示されていた。ここまでで三分ジャストなわけだ。

 

 アラタは気を緩めない。

 これで終わりとは思えないからだ。

 これは意地の悪いエデン人の、1stフェーズ最後の試練なわけだ。

 馬鹿げたDPSチェックをクリアすればそれで終わりということは絶対にない。


 アラタの予想が当たったことは、すぐにわかった。


 虎の死体から、黒い煙のようなものがモクモクと立ち上り初めたからだ。


「そう来ると思いましたよ」


 そういうアラタの口は、笑ってはいなかった。

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