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馬車には三人がけのベンチが五つ設置されている。
一番前の席に、ジルフォイが座っている。
他の客には悪いが、リックはもっとも遠い後ろの席に、素早く向かった。ジルフォイに修太が煙たがられているのを見ていたせいか、誰も文句を言わなかった。
客は上品な老夫婦や若いカップルが一組、あとの三人は男が一人で参加している。そのうちの一人には見覚えがあった。
窓際にいる修太に、リックはひっそりと話しかける。
「商人ギルドからも来ているみたいだな」
「あのメモをとってる人?」
「そうそう」
お試しツアーなので、仕事での参加者が他にもいるみたいだ。
客の男がリックの隣に座り、後ろから、老夫婦と男、若いカップルと男みたいにして座る。ベンチ一つをジルフォイが占拠して、間に一脚分のスペースがあいている格好だが、誰もジルフォイに近づきたくないせいで、自然とこうなった。
かわいそうなのは、ガイドだ。
御者席から解説していたら、すぐ目の前でしゃべられるのをうっとうしがったジルフォイに「うるさいぞ」とクレームをつけられていたのだ。
彼は二番目の席に移動して、案内を続けた。やけくそなのが、涙を誘う。
まずは役場前広場からだ。
「あちらの噴水の上にある石像が、初代市長です。昔はダンジョンの周りに、テント村と屋台があるだけでしたが、あの方が町を整備しました。それから、次の段にある石像の市長達が次第に町を広げていき、町を守る城壁を作ったんですね」
サランジュリエで育った者の間では有名な話だが、修太は感嘆のつぶやきをこぼす。
「へー、あの噴水にそんな意味があったのか」
ガイドにとっては絶妙な相槌だったようだ。ガイドがうれしそうに頷く。
「そうなんですよ。初代市長は生活向上を目指して水の整備に命をかけたので、あの噴水や町中の上下水道なども、あの方の功績なんです。二代目は初代の息子さんで、下水道の浄化設備を整えたんですよ」
「浄化設備ですか?」
老夫婦の夫のほうが興味を示す。
「町の中にいくつか小さな施設があります。それから都市の外、南側に施設があるんですよ。光属性魔法の浄化を利用したもので、ダンジョンから得られる媒介石は、その魔法陣を作動するためにも使われています」
「へえ、それは知らなかったな」
リックもうなった。地元民にはつまらないだろうと思っていたが、勉強になる。
ジルフォイが汚い話をするなと怒りだすのではと、リックは前のほうを見た。うつらうつらしているので、退屈で眠りかぶっているようだ。
ガイドも気付いたようで、しかめ面をした。
馬車は広場をゆっくりと回る。シュタインベル学園について紹介した後、その南にある図書館塔の前で止まった。
「ここがサランジュリエの名所の一つ、図書館塔です」
四角柱の大きな建物だ。中はほとんど本棚と書庫で、通路に閲覧席を用意してある。司書のための部屋やトイレすら、外に別棟で用意されているという徹底ぶりだ。
ガイドにうながされ、全員、馬車を降りる。
「入場料が100エナかかりますが、どなたでも入れます。貸出はしておりません。入口で保安検査を受けてからの入場です。ご協力お願いします」
門にチケットブースがあったが、すでに購入済みなのか、ガイドがあいさつしただけで通り抜けることができた。
玄関に入ると、ロッカーとテーブルがあり、警備員から身体検査を受け、手荷物を預ける。
セーセレティー精霊国には保存袋が出回っており、以前から盗難問題があった。修太は旅人の指輪を見抜かれて外すように言われている。
中に持ち込めるのは、図書館が貸し出す筆記箱に入れた文房具と、書き写すためのノート類だけだ。自分の持ち物をチェックされるのがわずらわしいなら、ここで有料の貸出と販売をしている。
ここからは、図書館の館長が中を案内してくれた。特に歴史の古い場所を説明すると、最後に入った古めかしい書庫で、茶目っ気たっぷりに話す。
「この図書館には、幽霊がいるんですよ。もし扉が勝手に閉まったら、彼女のいたずらです」
そう言った瞬間、入口の扉が、突然バタンと閉まった。
「ぎゃー!」
修太がびくっと飛び上がって悲鳴を上げ、頭を抱えてしゃがみこむ。
リックはその声にびっくりした。
「お、おい、大丈夫か?」
「まじか。幽霊がいるのか。俺、もうここに来れない……」
「そんなに!?」
修太の怖がりように、館長がネタばらしをする。
「申し訳ありません。今のはジョークですよ。ほら、あちらに職員がいます」
ツアーのお約束でいたずらをしかけたつもりだったようだ。扉を開けなおし、若い職員が申し訳なさそうに会釈する。
修太の様子に、ツアー客から笑いがこぼれる。ジルフォイは馬鹿にして笑っているので、そちらにはムカついた。
「これから自由時間です。四半刻(※三十分)後に出発しますので、それまでに馬車にお戻りください」
ガイドが案内をすると、皆、ぞろぞろと書庫を出て行った。
修太はというと、喉元を押さえてうつむいている。
「うう。びっくりしすぎて、気分悪くなってきた」
「そこまで駄目なのか?」
滑稽なくらいの怖がりようだったので、リックも笑ってしまったのだが、さすがにかわいそうになってきた。
リックにとっては、ダンジョンのモンスターや悪党のほうがよっぽど怖い。
それに、セーセレティーの民には降霊の秘儀を扱う者もいるので、霊がいるのはごく当たり前のことだ。
だから他の者も平然としているのだが、外国人だと感覚が変わるのだろう。
「これは申し訳ない。休憩室においで、ホットミルクを出しますよ」
「すみません……」
館長の親切な申し出に、修太は情けなさそうにうなだれている。
「リック、俺、休憩してくるから、放っていていいぞ」
「いいよ、別に。ここには何度も来ているから、今更、見る所もないしな」
「お連れ様も飲みますか?」
館長が誘ってくれたので、二人そろって、図書館の外にある職員の棟に移動した。寒い日に、ホットミルクで温まる。
関係者以外立ち入り禁止エリアに入ったのは、初めてだ。
「さっきの幽霊の話、ただの冗談だったんですか?」
リックが問うと、館長は首を振った。
「本当ですよ」
「ぐふっ」
修太が派手にせき込んだ。




