表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
のんびり小休止編
99/178

 3



 馬車には三人がけのベンチが五つ設置されている。

 一番前の席に、ジルフォイが座っている。

 他の客には悪いが、リックはもっとも遠い後ろの席に、素早く向かった。ジルフォイに修太が煙たがられているのを見ていたせいか、誰も文句を言わなかった。


 客は上品な老夫婦や若いカップルが一組、あとの三人は男が一人で参加している。そのうちの一人には見覚えがあった。

 窓際にいる修太に、リックはひっそりと話しかける。


「商人ギルドからも来ているみたいだな」

「あのメモをとってる人?」

「そうそう」


 お試しツアーなので、仕事での参加者が他にもいるみたいだ。

 客の男がリックの隣に座り、後ろから、老夫婦と男、若いカップルと男みたいにして座る。ベンチ一つをジルフォイが占拠して、間に一脚分のスペースがあいている格好だが、誰もジルフォイに近づきたくないせいで、自然とこうなった。


 かわいそうなのは、ガイドだ。

 御者席から解説していたら、すぐ目の前でしゃべられるのをうっとうしがったジルフォイに「うるさいぞ」とクレームをつけられていたのだ。

 彼は二番目の席に移動して、案内を続けた。やけくそなのが、涙を誘う。

 まずは役場前広場からだ。


「あちらの噴水の上にある石像が、初代市長です。昔はダンジョンの周りに、テント村と屋台があるだけでしたが、あの方が町を整備しました。それから、次の段にある石像の市長達が次第に町を広げていき、町を守る城壁を作ったんですね」


 サランジュリエで育った者の間では有名な話だが、修太は感嘆のつぶやきをこぼす。


「へー、あの噴水にそんな意味があったのか」


 ガイドにとっては絶妙な相槌だったようだ。ガイドがうれしそうに頷く。


「そうなんですよ。初代市長は生活向上を目指して水の整備に命をかけたので、あの噴水や町中の上下水道なども、あの方の功績なんです。二代目は初代の息子さんで、下水道の浄化設備を整えたんですよ」

「浄化設備ですか?」


 老夫婦の夫のほうが興味を示す。


「町の中にいくつか小さな施設があります。それから都市の外、南側に施設があるんですよ。光属性魔法の浄化を利用したもので、ダンジョンから得られる媒介石は、その魔法陣を作動するためにも使われています」

「へえ、それは知らなかったな」


 リックもうなった。地元民にはつまらないだろうと思っていたが、勉強になる。

 ジルフォイが汚い話をするなと怒りだすのではと、リックは前のほうを見た。うつらうつらしているので、退屈で眠りかぶっているようだ。

 ガイドも気付いたようで、しかめ面をした。

 馬車は広場をゆっくりと回る。シュタインベル学園について紹介した後、その南にある図書館塔の前で止まった。


「ここがサランジュリエの名所の一つ、図書館塔です」


 四角柱の大きな建物だ。中はほとんど本棚と書庫で、通路に閲覧席を用意してある。司書のための部屋やトイレすら、外に別棟で用意されているという徹底ぶりだ。

 ガイドにうながされ、全員、馬車を降りる。


「入場料が100エナかかりますが、どなたでも入れます。貸出はしておりません。入口で保安検査を受けてからの入場です。ご協力お願いします」


 門にチケットブースがあったが、すでに購入済みなのか、ガイドがあいさつしただけで通り抜けることができた。

 玄関に入ると、ロッカーとテーブルがあり、警備員から身体検査を受け、手荷物を預ける。

 セーセレティー精霊国には保存袋が出回っており、以前から盗難問題があった。修太は旅人の指輪を見抜かれて外すように言われている。


 中に持ち込めるのは、図書館が貸し出す筆記箱に入れた文房具と、書き写すためのノート類だけだ。自分の持ち物をチェックされるのがわずらわしいなら、ここで有料の貸出と販売をしている。

 ここからは、図書館の館長が中を案内してくれた。特に歴史の古い場所を説明すると、最後に入った古めかしい書庫で、茶目っ気たっぷりに話す。


「この図書館には、幽霊がいるんですよ。もし扉が勝手に閉まったら、彼女のいたずらです」


 そう言った瞬間、入口の扉が、突然バタンと閉まった。


「ぎゃー!」


 修太がびくっと飛び上がって悲鳴を上げ、頭を抱えてしゃがみこむ。

 リックはその声にびっくりした。


「お、おい、大丈夫か?」

「まじか。幽霊がいるのか。俺、もうここに来れない……」

「そんなに!?」


 修太の怖がりように、館長がネタばらしをする。


「申し訳ありません。今のはジョークですよ。ほら、あちらに職員がいます」


 ツアーのお約束でいたずらをしかけたつもりだったようだ。扉を開けなおし、若い職員が申し訳なさそうに会釈する。

 修太の様子に、ツアー客から笑いがこぼれる。ジルフォイは馬鹿にして笑っているので、そちらにはムカついた。


「これから自由時間です。四半刻(※三十分)後に出発しますので、それまでに馬車にお戻りください」


 ガイドが案内をすると、皆、ぞろぞろと書庫を出て行った。

 修太はというと、喉元を押さえてうつむいている。


「うう。びっくりしすぎて、気分悪くなってきた」

「そこまで駄目なのか?」


 滑稽なくらいの怖がりようだったので、リックも笑ってしまったのだが、さすがにかわいそうになってきた。

 リックにとっては、ダンジョンのモンスターや悪党のほうがよっぽど怖い。

 それに、セーセレティーの民には降霊の秘儀を扱う者もいるので、霊がいるのはごく当たり前のことだ。

 だから他の者も平然としているのだが、外国人だと感覚が変わるのだろう。


「これは申し訳ない。休憩室においで、ホットミルクを出しますよ」

「すみません……」


 館長の親切な申し出に、修太は情けなさそうにうなだれている。


「リック、俺、休憩してくるから、放っていていいぞ」

「いいよ、別に。ここには何度も来ているから、今更、見る所もないしな」

「お連れ様も飲みますか?」


 館長が誘ってくれたので、二人そろって、図書館の外にある職員の棟に移動した。寒い日に、ホットミルクで温まる。

 関係者以外立ち入り禁止エリアに入ったのは、初めてだ。


「さっきの幽霊の話、ただの冗談だったんですか?」


 リックが問うと、館長は首を振った。


「本当ですよ」

「ぐふっ」


 修太が派手にせき込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ