第十話 サランジュリエ観光馬車 1
第十話は、サランジュリエの冒険者ギルド、受付のリック・ウィスコットの視点のみで書いています。
番外編寄りですね。友情をテーマにしています。
8~9話のなんとなく書きと違って、久しぶりにちゃんとプロットを作ったので、のんびりお楽しみに。
「リック、友達は良いものだぞ」
リック・ウィスコットの父はくしゃりと笑って、よくそんなことを言っていた。
まだ家族が生きていて、裕福ではなくとも幸せだった頃を思い出すと、子どもみたいに胸を張る父を思い出す。その隣には、父の親友がいた。
家族ぐるみの付き合いをしていて、週に一度は、彼が家に来ていた。
「あなた達ったら、また、馬鹿をやってるのね」
母が呆れをまじえて二人を叱りつけながら、楽しそうに笑っていた。
そんな日常は、その親友が持ち込んだ詐欺の話で、全て壊れてしまった。
――ダンジョンのある階層にある宝。父や友人の技量では取りに行くのは厳しいが、腕のある冒険者を支援して、持ち帰ったら、利益を上乗せして金を返す。
大人になった今では、これが昔からよくある支援をよそおった詐欺だと知っているが、当時のリックは子どもだったのでよく分からなかった。
結果として、詐欺師は支援金を持ち逃げして、行方をくらました。
始末におけないのは、父と友人だ。絶対に上手くいくという言葉を信じ、欲に目がくらんで、借金までして相手の求める支援金を出したことだった。
父の友人も被害者だったが、同時に父を巻き込んだ加害者でもあったから、余計にたちが悪い。
父は友人を責められず、それからは金を返済しようと無理をした。そして、リックが十六歳の時に、あっけなく死んだ。過労だった。
その後を追うように、母は自死した。稼ぎ頭を亡くし、借金だけ残され、絶望したのだろうか。遺書も何もなかったので、心をおしはかるしかない。
過去の最悪な夢を見て、リックは朝からぐったりとして目が覚めた。
カーテンを開けてみると、ひんやりした空気が忍び込み、朝日が夜の淡いににじみ始めたのを見つけた。
今日のサランジュリエは、冬のようだ。
傍らの椅子に引っかけているカーディガンを羽織ると、寝起きの熊みたいなのっそりとした動きで庭へ出る。
朝一番に井戸水を汲みに行く。リックの日課だ。
冒険者として安定した暮らしをしているので、台所や風呂場には水が出る魔具があるのだが、寝起きはこれがいい。
冷たい水で顔を洗うと、しゃきっと目が覚める。
「はあ」
息が白く染まった。
「ああ、そういえば、今日は観光ツアーの日か」
ぼんやりと空を見ているうちに、予定を思い出す。
夢に父が出てきた理由が分かった。
――友。
その言葉の響きは、リックの胸をざわめかせる。
父を見ていたから、友なんてろくでもない存在に思えた。
先立った母を見ていたから、他人を心から信頼できなくなった。
表面上は親しげに接して、実際は距離を置いている。そんな付き合い方しかできなくて、昔馴染みのダコンには遠回しに心配されることが多い。
それでも、少年期に心に深く突き刺さったトゲは簡単には消えない。
「友達……ねえ」
ぽつりとつぶやく。
母が死んだ日以来、友など作らなかった。
もしかしたら、彼なら信頼できるかも……。
そう思える少年と友達になって、今日、初めて一緒に遊びに行く予定だ。
「そういやあ、遊ぶってのは、何をするんだ?」
借金解決のために働き通しで生きてきたリックは、いろいろと「普通」にうとかった。
そもそも、観光ツアーなんてものに参加することになったのは、数日前にさかのぼる。
*
――数日前。
「はあ。観光ツアーですか?」
リックは気の抜けた声で聞き返した。
冒険者ギルドのサランジュリエ支部。そこで働いているリックは、おもに受付と緊急事案を担当している。十五歳の頃から、八年近くいるが、こんな訳の分からない仕事を振り分けられたことがない。
「仕事で、観光? えーと、マスター、よく分からないんですが」
ギルドマスターのダコン・セリグマンは書類を差し出しながら、すごく面倒くさいという顔をしている。
「市長には困ったもんだよ。ほら、これを読んでみろ」
「はあ」
リックは書類の束を受け取って、目を通す。
観光馬車ツアーの企画書だ。
サランジュリエを一巡りする半日のツアーに、冒険者ギルドを組み込みたいという内容が書かれている。リックはダコンに驚きの目を向ける。
「マスター、まさか了承したんですか!? これはまずいでしょ!」
「するわけねえだろ。市長は冒険者をしたことがねえから、うちのギルドを騎士団みてえなお上品で統率のとれた場所だと勘違いしてんのさ。冒険者が『気ままな乱暴者』って呼ばれてるのを知らないようだ」
ダコンは大きなため息をついた。
この都市は、ダンジョン〈四季の塔〉のおかげで成り立っている。
冒険者はダンジョンで媒介石やアイテムを手に入れ、それを金にかえることで利益を得る。そして、冒険者の生活を支え、武器や防具を扱い、媒介石やアイテムを売り買いする商人が集まって、次第に大都市を築いていった。
今では、冒険者の生存率を上げるために学園が開かれ、ダンジョン研究者が集まって図書館や研究施設も作られたため、荒くれ者の町というだけでなく、学問の町という顔も持っている。
しかし、だ。昔も今も、ダンジョンによる経済を支えるのは、冒険者ギルドの冒険者達であることは変わらない。
冒険者はギルドのルールに従わなければいけないが、兵士ではない。自分達のスペースを観光客に我が物顔でうろつかれたら、うっとうしがるだろう。気が短い者なら、暴力にうったえるかもしれない。
口より先に手が出るやからが多い。それくらい気が強くないと、ダンジョンでは生き残れないのだから、ある意味、自然な話だ。
「俺は断ったが、市長がごり押ししてきてな。今度の週末に、客を招待して、お試しツアーをするんだ、と。最後に冒険者ギルドに寄るから、説明をよろしくだってよ。冒険者の意見も聞きたいから、職員の誰かをよこしてくれ、だそうだ」
ダコンは付け足す。
「仕事だから、給料も出すよ。な、頼むよ」
「これ、ペアじゃないですか。俺と誰が行くんですか?」
「友人か恋人でも誘ってくれよ。もう一人分の給料を出すなんてごめんだから、無料で招待するって名目で、適当に同伴してくれ。意見を聞いて、お前がまとめてレポートを出してくれりゃあいいさ」
「その給料、市長に出してもらっては?」
「都市の発展のためだとかなんとか理由を付けられて、無理だったんだよ。手間だけかけさせられて、ギルドの金を使うんだぞ。勘弁してくれ!」
最悪だと言いたげに、ダコンはうんざりと天井をあおぐ。
ダコンは冒険者達の兄貴という雰囲気で、顔が広くて、誰かが困っていれば世話を焼くところが慕われている。
冒険者としての腕も一流なので、彼がギルドマスターに選ばれたのは自然な流れだった……と古参の冒険者から聞いたことがあった。
何せ、団体行動をしていても、自分のパーティの利益のこと以外、興味がない冒険者がほとんどだ。
しかし、だ。
ダコンはそこまで口達者ではない。
普段から貴族や商人を相手にしている市長とやりあって、勝てるわけがないのだ。
それでも、絶対に駄目なことはがんとして引き受けない頑固さはあるから、なめられているわけでもない。
今回は踏ん張って拒絶するには、理由が足りなかったんだろう。
「友人ねえ……」
観光ツアーに参加するだけなら、遊びに行くのと変わらないだろうか。
給料が出る休暇だと思えばいいか。リックがそんなことを考えていると、つぶやきを拾ったダコンが口を出す。
「恋人じゃないのかよ。リック、お前、若いんだから、もう少し恋愛も楽しめよ。人当たりは良いくせに、枯れてるよな」
「この仕事、断りますよ!」
ダコンが失礼なことを言うので、リックは青筋を立てて言い返す。
「はいはい。とりあえず、よろしく頼んだわ」
しかし、ダコンはまったく気にせずにリックに書類を押し付けると、執務室から出ていくように示すのだった。
「友人か~。そんならやっぱりシューターかな。でもなあ、うーん」
ギルドマスターの執務室を出ると、リックは書類を眺めながら廊下を進み、階段を降りていく。
今のところ、リックの友人と呼べるのは、修太くらいなものである。
だが、薬師ギルドでの誘拐事件のせいで、養父のグレイがピリピリしているので、観光ツアーなんて許可しないかもしれない。
考え事をすると、つい、声に出してしまう。そうするうちに考えがまとまるのだ。
「俺がどうかした?」
「どわっ」
急に当の本人に声をかけられ、リックは驚いて書類を放り出し、慌てて手すりにしがみついた。一階部分の階段脇で、塚原修太がぽかんと口を開いてこちらを見ている。それから申し訳なさそうに謝った。
「え……と、ごめん?」
「いや」
この間のダコンではあるまいし、格好悪いところをさらすところだった。
そのついでに、グレイの姉とダコンの衝撃的な出会いを思い出した。リックは思い出し笑いをしそうになり、口元を押さえて我慢する。しばらく、あれをネタに元気が出ると確信している。
「大丈夫か?」
「ああ。どうした?」
修太はリックがばらまいた書類を拾ってくれたようだが、遠ざけるようにこちらにつきだし、横を見ているではないか。奇妙な行動を不思議に思うリックに、修太は真面目に返す。
「個人情報だろ。見ると悪いと思って」
「ぶっ。それでそんなことをしてるのか? お気遣いどうも。でも、この書類は問題ないよ」
「そう? それなら良かった。というか、触る前に一言触っていいかを訊けば良かったんだけど、体が勝手に動いた」
「ああ、シューター、綺麗好きだもんな」
護衛で屋敷に滞在している間に、修太の性格や癖はなんとなく読み取れた。
「ちょうど良かった。さっきマスターに仕事を押し付けられてさ。シューター、観光ツアーに一緒に行かないか?」
「観光ツアー?」
「そ、これを読んでくれ」
書類を並べ変えてから、リックは修太の前に差し出した。
「ああ。へえ、ここの馬車協会って、観光馬車なんてやってるのか。いつ? 平日だと無理なんだよな」
「今週末の紫の曜日だよ」
「それなら大丈夫だ。ちょっと待ってて、父さんに訊いてみる」
「じゃあ、俺は受付で仕事してるから、また話しかけてくれ」
「おう」
修太はくるりときびすを返し、待合室の壁際の席に一直線に向かう。壁を背にして、全体が見渡せる位置がグレイの定位置だ。
「あれ、グレイの兄さん、仕事に復帰したのか?」
修太が巻き込まれた事件の時、断れない依頼を回したギルドに怒っていたグレイだ。半年は休暇をとるのではと思っていたので意外に思った。
「限定的に、な。よそに出る依頼はお断りだ」
「そのほうがシューターにとっても安心だから、いいんじゃないか? いてくれるだけで、うちは助かるよ。今、救助依頼に対応できる幹部はそんなにいなくてな」
グレイがちらとこちらを見たが、彼が何か言う前に、修太が驚きを込めて問う。
「えっ、何かあったの?」
「他の都市に移動しちまってな。基本、拠点は自由だから止められないんだよな。本部に支援を頼んでるから、今度、紫ランクを短期間だけ寄越してくれるって話だ。それまでは職員で仕事を回さないといけないんだ」
「そうなのか。ここのダンジョンはハイレベルだから、なかなか大変だな」
「たまにあることだから、俺達も慣れてるよ」
そこで、受付にいる女性職員から呼ばれた。
「リック、こっちを手伝ってください」
「ああ。それじゃあ」
夕方は冒険者の報告ラッシュだ。うんざりするような列ができている。
それからしばらく仕事に明け暮れ、ようやく列がはけた時には、外はすっかり暗くなっていた。
夜間は、窓口は一つだけあけて、買い取りなどの部署は閉める。カウンターに「今日の受付終了」の立札を置いて一息ついたところで、修太に呼ばれた。
「リック」
「あ!」
すっかり忘れていたので、リックの背中がひやりとした。修太を待たせたので、グレイが怒っていると思ったのだが、グレイはこちらを一瞥しただけで、すでにリックへの興味を失っていた。
心底ほっとして近付くと、修太は書類を返す。
「これ、行くよ。どこに何時に集合かな?」
リックが場所と時間を教えると、修太はメモをとった。
「分かった」
「それくらいなら、言づけで大丈夫だったぞ」
「いや、俺、今日は依頼してたものの引き取りにきたんだよ。あとは、スレイトさん達を待ってるところ」
「ああ、あれな。ちょうど良かった、さっき納品があったんだ」
「うん。さっきはまだそろってなくてさ。後で来たほうがいいって、あっちのお姉さんに言われたから」
「それで列が引くのを待ってたのか」
リックは受付カウンターに戻ると、必要な書類と筆記具を持ち、修太を応接室のほうへ通す。代金は受け取り済みなので、依頼証明書と引き換えに品を渡すだけだ。保存袋に入れているから、袋の中は時間の流れがゆっくりになるとはいえ、食べ物なので痛むかもしれない。早めに引き渡しておきたかった。
「これがシチューで、こっちが……」
ダンジョンでドロップしたアイテム――料理を一つずつ説明していくと、修太はこくこくと頷いている。
それから書類にサインをしてもらい、やりとりは終わる。
「シューターの依頼、冒険者には人気だよ。レアドロップも混じっているけど、買い取り価格が高めだからな。種類別に依頼してくれているおかげで、目的のついでにおまけでかせげるって」
「それは良かった。俺もおいしいものを食べられるから助かってるよ」
修太は名前をふせて依頼しているから、依頼主の欄は匿名と書かれている。おかげで、冒険者の間では、「グルメの人」と呼ばれていた。
正体が分かったところで、冒険者達は「納得!」としか言わないのではと思うが、修太は紫ランクのグレイの家族だ。グレイに恨みのある者が、依頼品に毒でも混ぜたらおおごとなので、ギルド側は徹底的に秘密を守っている。
そもそも安全のために匿名をすすめたのは、リックだ。
受け取った品を旅人の指輪に収納すると、修太は礼を言って椅子を立つ。待合室に戻ると、黒狼族達が戻ってきていた。
「それじゃあ、週末にな。リックと遊びに行くなんて初めてだから楽しみだ」
珍しく楽しそうに声を弾ませ、修太はこちらに手を上げると、グレイらのほうに駆けていく。
バロアが今日の成果についてテンション高く話しかけ、修太は拍手して労う。
それと入れ替わりに、グレイがリックのほうにやって来た。
「おい。冒険者ギルドまで送るから、ちゃんとギルドまで連れて帰れよ」
「え? ああ、ツアーのことですね。分かりました」
一瞬、なんの話か分からなかったが、すぐに察した。
リックが返事をしたが、グレイはじっとこちらを見ている。
何か分からないが、怖い。
「あいつ、箱型馬車がしんどいらしい。気分が悪そうだったら、無理させるな」
「はい、気を付けます」
「ああ」
グレイは頷くと、仲間のもとに戻り、彼らとともにギルドを出て行く。
箱型馬車といえば、修太はトリトラとともに事故にあったのだ。トリトラが大怪我をしたのを目撃したのだから、トラウマになっていてもおかしくない。
少し心配になったが、修太本人が楽しみにしているようだし、観光馬車は箱型でも窓はない。ベンチのついた荷台に、布製の花飾りがついた屋根がのっているだけだ。
「大丈夫……かな? それにしても、あの人、相変わらず過保護だなあ」
不器用に気遣っているグレイを見ていると、意外に感じられる。しかし、あの二人は血がつながっていないのにもかかわらず、よっぽど親子という言葉がしっくりなじむので、それがもっと不思議だ。
「責任重大じゃないか。がんばろう」
とりあえず、当日は武器を隠しておいたほうがいいかもしれない。リックの身の安全のためにも。
リックの生い立ち、かなり悲惨なので、そういうところを出していく話にしようと思ってます。




