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はれることもなく痛みも引いたが、バルが念のためにと、包帯でテーピングをしてくれた。
「おお、ありがとう」
「グレイに怒られるからな。頼まれたのに、子守に失敗した」
「ほんっっとうに、嫌味だな、てめー!」
心底ムカつくので言い返すと、修太は居間に入り、帽子と道具を取ってきて、庭の手入れを始める。
今日は屋台も食堂もあいていないので、食事を作らないといけない。
緑色の皮をした、スイカのような大きさの【緑瓜】がいい感じに育っているので、一つ収穫した。
薬草の手入れもして、伸びすぎている分を摘んで、近場に挿しておく。
ひょいひょいと籠に薬草を入れて台所に行こうと立ち上がろうとしたら、いつの間にかバルが後ろに立っていた。ぎょっとして、ころびかけた。
「おわーっ! 黙って後ろに立つな!」
「グレイと暮らしてるんだから、気配くらい読めるようになれよ」
「無茶を言うな、無茶を!」
呆れ顔で苦情を言われても困る。バルは畑を凝視している。修太はわずかに身を引いた。
「なんだよ」
「その草、なんなんだ? 料理に使うのか?」
「ああ、ハーブもあるけど、ほとんど薬草だよ。これが傷薬で、こっちは腹痛。これは湿布になるぞ」
「ふーん」
しげしげと葉っぱを眺め、バルは相槌を打つ。そっけないが、興味しんしんみたいだ。
「興味があるなら、イェリさんに弟子入りしたら? あの人、薬師の腕はかなりいいんだぞ」
藍ランクなので、間違いない。
「薬を作りたいんじゃなくて、草に興味があるんだよ。これ、どの辺に生えてるんだ? 食べられるのか? 緊急で使う時は、どうやって」
「いっぺんに訊くな! この庭程度のことなら、俺が教えてやるよ。お前、文字を書けるのか?」
文字を読めても、書けない場合があるので、修太は念のために問う。
「ああ。エターナル語と一般言語、どっちも簡単なものなら」
「どっちでもいいから、ノートをつけろよ。いつか本にするんだろ? ちょっとこっちに来いよ。文房具なら予備があるから、それ使え」
収穫した野草入りの籠を持ち上げ、緑瓜をどうしようかと見下ろすと、そちらはバルが手に取った。
台所に運んでから、修太は自分の部屋に行って、バルに羊皮紙の束と羽ペン、インクを渡す。
「メモをするだけなら、小さい黒板を使ったほうがいいけど、予備がねえから、それは自分で買ってくれ。雑貨屋に行けば売ってる」
「へえ、そんなものがあるのか」
「保存袋を買えば、荷物にもならねえから」
「ふーん?」
「あとは、この間、見つけたんだけど、これ、貝葉っていうんだ。このやしの葉っぱ、木串や鉄筆なんかで文字を書いて、インクを塗って拭くとそこだけ煤が残って文字が見えるんだ。手間はかかるが、羊皮紙より安いから、こういうのも便利だぞ」
前準備に叩いたり干したり煮詰めたりと行程があるらしいが、そこまで済ませたものが市場にも売っている。
セーセレティー精霊国には大きな葉を持つ樹木が多く、木の葉をトイレットペーパーの代わりにしていたり食品を包むのに使ったりと、いろんな使い方をしている。さすがは学問の都市だけあって、紙代わりの使い方もされているようだ。
「貝葉か。へえ、その木を育てれば、マエサ=マナでも使えそうだな」
バルは思案げにつぶやく。
あんな辺鄙な場所にあるだけあって、マエサ=マナでは紙はかなり貴重なのだという。そもそもレステファルテでは、羊皮紙よりも、木板や粘土板に書くのがほとんどだとか。
「エレイスガイアって、紙はあんまり普及してないんだなあ。パスリルでは新聞にするような紙があったけどな。啓介が作ってくれねえかな」
小学生の頃、牛乳パックで葉書を作ろうという授業があったが、修太はよく覚えていない。啓介なら覚えていそうだから、今度、ピイチル君で言っておこう。
「羊皮紙はもったいねえから、この葉っぱでいいや。代金は?」
「あげるよ」
「駄目だ。借りを作ると、ここにいづらくなるだろ」
「そんなもんか? ガキんちょのくせに、しっかりしてんなあ」
「お前が年上のくせに、適当すぎるだけだろ」
「一言、多い!」
くそ生意気だが、バルは礼儀はわきまえている。「ありがとう」と返されると、しかたないなあという気持ちになるので、修太はため息をつく。
貝葉の束と鉄筆、最後に使うインクを、市場価格で渡す。
バルは試し書きをして、楽しそうに尾を揺らした。ふさふさと揺れる黒い尾を見つめると、バルがとたんに不機嫌顔でにらんだ。
「なんだ? 見てんじゃねえぞ」
「お前は本当にあれだな。大人の前と、態度が違いすぎ!」
「あの人達に尊敬を示すのは、当たり前だろ。お前は弱いし、子どもじゃないか」
「子どもに子どもって言われたくねえよ!」
バルは修太の前で、頭に手を当てて、スライドしてみせる。
「身長、あんまり変わらねえだろ。本当に四歳も上なのか? 兄貴面されると、ムカつく。だからお前は同年代だ」
「意味の分からねえ理屈を、堂々と通すんじゃねえよ! くっそー、イスヴァンみてえなことを言いやがって。お前らの成長が良すぎるだけだろ! 俺の民族は、背が低くて小柄なんだ!」
「はいはい」
「うがーっ、ムカつくー!」
頭を抱えて叫んだところで、バルには通じない。
「そんなことより、薬草だ。ほら、行くぞ」
「そんなこと!? 俺のプライド的に、かなり重要だぞ! お前、俺に教わってるっていう自覚があるなら、少しは態度を改めろよな」
バルはとっとと先に進み、階段の手前で振り返る。
「先生って呼んでやるよ。――先生、うるさいから黙ってくんねえ?」
「おまっ、ほんと……! 腹立つ!!」
ダンダンと足踏みをしたところで、バルは気に留めてもいない。そのスルースキルはなんなんだ。
修太はうんざりしたが、イスヴァンのことを思い出した。
庭の手入れついでに、薬草について教える約束をしていたのだ。今日は紫の曜日なので、孤児院にいるだろう。
バルに声をかけて孤児院に行き、イスヴァンを連れて戻ると、庭に出て二人にあれこれと教える。
二人とも、教わる時はかなり素直だ。
真面目に聞くので、自然と修太も丁寧に教える。
生意気っぷりはさておき、庭の手入れも手伝ってくれたので、とりあえず良しとしておいた。




