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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
のんびり小休止編
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 3



 はれることもなく痛みも引いたが、バルが念のためにと、包帯でテーピングをしてくれた。


「おお、ありがとう」

「グレイに怒られるからな。頼まれたのに、子守(こもり)に失敗した」

「ほんっっとうに、嫌味だな、てめー!」


 心底ムカつくので言い返すと、修太は居間に入り、帽子と道具を取ってきて、庭の手入れを始める。

 今日は屋台も食堂もあいていないので、食事を作らないといけない。


 緑色の皮をした、スイカのような大きさの【緑瓜(みどりうり)】がいい感じに育っているので、一つ収穫した。

 薬草の手入れもして、伸びすぎている分を摘んで、近場に()しておく。


 ひょいひょいと(かご)に薬草を入れて台所に行こうと立ち上がろうとしたら、いつの間にかバルが後ろに立っていた。ぎょっとして、ころびかけた。


「おわーっ! 黙って後ろに立つな!」

「グレイと暮らしてるんだから、気配くらい読めるようになれよ」

「無茶を言うな、無茶を!」


 呆れ顔で苦情を言われても困る。バルは畑を凝視している。修太はわずかに身を引いた。


「なんだよ」

「その草、なんなんだ? 料理に使うのか?」

「ああ、ハーブもあるけど、ほとんど薬草だよ。これが傷薬で、こっちは腹痛。これは湿布になるぞ」

「ふーん」


 しげしげと葉っぱを眺め、バルは相槌を打つ。そっけないが、興味しんしんみたいだ。


「興味があるなら、イェリさんに弟子入りしたら? あの人、薬師の腕はかなりいいんだぞ」


 藍ランクなので、間違いない。


「薬を作りたいんじゃなくて、草に興味があるんだよ。これ、どの辺に生えてるんだ? 食べられるのか? 緊急で使う時は、どうやって」

「いっぺんに訊くな! この庭程度のことなら、俺が教えてやるよ。お前、文字を書けるのか?」


 文字を読めても、書けない場合があるので、修太は念のために問う。


「ああ。エターナル語と一般言語、どっちも簡単なものなら」

「どっちでもいいから、ノートをつけろよ。いつか本にするんだろ? ちょっとこっちに来いよ。文房具なら予備があるから、それ使え」


 収穫した野草入りの籠を持ち上げ、緑瓜をどうしようかと見下ろすと、そちらはバルが手に取った。

 台所に運んでから、修太は自分の部屋に行って、バルに羊皮紙の束と羽ペン、インクを渡す。


「メモをするだけなら、小さい黒板を使ったほうがいいけど、予備がねえから、それは自分で買ってくれ。雑貨屋に行けば売ってる」

「へえ、そんなものがあるのか」

「保存袋を買えば、荷物にもならねえから」

「ふーん?」


「あとは、この間、見つけたんだけど、これ、貝葉(ばいよう)っていうんだ。このやしの葉っぱ、木串や鉄筆(てっぴつ)なんかで文字を書いて、インクを塗って()くとそこだけ(すす)が残って文字が見えるんだ。手間はかかるが、羊皮紙より安いから、こういうのも便利だぞ」


 前準備に叩いたり干したり煮詰めたりと行程があるらしいが、そこまで済ませたものが市場にも売っている。


 セーセレティー精霊国には大きな葉を持つ樹木が多く、木の葉をトイレットペーパーの代わりにしていたり食品を包むのに使ったりと、いろんな使い方をしている。さすがは学問の都市だけあって、紙代わりの使い方もされているようだ。


「貝葉か。へえ、その木を育てれば、マエサ=マナでも使えそうだな」


 バルは思案げにつぶやく。

 あんな辺鄙な場所にあるだけあって、マエサ=マナでは紙はかなり貴重なのだという。そもそもレステファルテでは、羊皮紙よりも、木板や粘土板に書くのがほとんどだとか。


「エレイスガイアって、紙はあんまり普及してないんだなあ。パスリルでは新聞にするような紙があったけどな。啓介が作ってくれねえかな」


 小学生の頃、牛乳パックで葉書を作ろうという授業があったが、修太はよく覚えていない。啓介なら覚えていそうだから、今度、ピイチル君で言っておこう。


「羊皮紙はもったいねえから、この葉っぱでいいや。代金は?」

「あげるよ」

「駄目だ。借りを作ると、ここにいづらくなるだろ」


「そんなもんか? ガキんちょのくせに、しっかりしてんなあ」

「お前が年上のくせに、適当すぎるだけだろ」

「一言、多い!」


 くそ生意気だが、バルは礼儀はわきまえている。「ありがとう」と返されると、しかたないなあという気持ちになるので、修太はため息をつく。


 貝葉の束と鉄筆、最後に使うインクを、市場価格で渡す。

 バルは試し書きをして、楽しそうに尾を揺らした。ふさふさと揺れる黒い尾を見つめると、バルがとたんに不機嫌顔でにらんだ。


「なんだ? 見てんじゃねえぞ」

「お前は本当にあれだな。大人の前と、態度が違いすぎ!」

「あの人達に尊敬を示すのは、当たり前だろ。お前は弱いし、子どもじゃないか」

「子どもに子どもって言われたくねえよ!」


 バルは修太の前で、頭に手を当てて、スライドしてみせる。


「身長、あんまり変わらねえだろ。本当に四歳も上なのか? 兄貴面されると、ムカつく。だからお前は同年代だ」


「意味の分からねえ理屈を、堂々と通すんじゃねえよ! くっそー、イスヴァンみてえなことを言いやがって。お前らの成長が良すぎるだけだろ! 俺の民族は、背が低くて小柄なんだ!」


「はいはい」

「うがーっ、ムカつくー!」


 頭を抱えて叫んだところで、バルには通じない。


「そんなことより、薬草だ。ほら、行くぞ」

「そんなこと!? 俺のプライド的に、かなり重要だぞ! お前、俺に教わってるっていう自覚があるなら、少しは態度を改めろよな」


 バルはとっとと先に進み、階段の手前で振り返る。


「先生って呼んでやるよ。――先生、うるさいから黙ってくんねえ?」

「おまっ、ほんと……! 腹立つ!!」


 ダンダンと足踏みをしたところで、バルは気に留めてもいない。そのスルースキルはなんなんだ。

 修太はうんざりしたが、イスヴァンのことを思い出した。

 庭の手入れついでに、薬草について教える約束をしていたのだ。今日は紫の曜日なので、孤児院にいるだろう。


 バルに声をかけて孤児院に行き、イスヴァンを連れて戻ると、庭に出て二人にあれこれと教える。

 二人とも、教わる時はかなり素直だ。

 真面目に聞くので、自然と修太も丁寧に教える。

 生意気っぷりはさておき、庭の手入れも手伝ってくれたので、とりあえず良しとしておいた。


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